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対潜機

 対潜機


 どうやら、不機嫌そうな顔をしていたのかもしれない。

「機長、結果は撃沈判定です。申し分ないはずですが」

 不意にインカム越しに、操縦を任せていたコパイがそう話し掛けてきた。

 何か気を使わせたようなので、「ああ、そうだな」と視線を右側に送って答えた。

 このIl-38の目標捜索・追尾システム「ベルクート」のコンソールは、操作員が後部に向かって座るように配置されている。これは流石にソ連式であると思う。恐らく人に与える心理的影響よりも、キャビンのコンパクト化が優先されているのだろう。

 潜水艦を追い回す戦術運動は情け容赦ない。常に二名のオペレーターは、後ろ向きのローラーコースターに乗っているようなものだ。

 レーダー担当は、機首下部にあるレーダーで潜望鏡かスノーケルかを探知したとコール後、同時に自機からの方位、距離を報告してきた。勿論、相手にこちらの近接を極力悟らせないように、レーダーを間欠使用やモードチェンジなどして対処した。

 高度を下げながらその海域に到達した時には、当然相手も気付いて水没の後だった。

 そこに発煙マーカーを投下し、それを基点に円形のソノブイパターンを描いた。

 ディスプレイ担当は、リミッターを超えた音源に反応するソノブイを追い掛け、適切な次の敷設指示を挙げてきた。それを繰り返しながら、指向性パッシブを使用した段階で位置が局限できたので、MADで確認後、魚雷発射としてまた発煙マーカーを投下した。

 彼等は的確なオペレーションをした…文句はない。

 訓練統制官や統裁官との交話でも、当機への評価は高かった。

 だから、今日の訓練結果に満足せずに、何も渋い顔をしていた訳ではないはずだ。

 コパイが見た顔は、一体何を思っての顔だったのか…

 地上では滅多にない、男七名が密集するこの空間に苛ついたのではないだろう。

 パイロットの間に機関士が陣取り、後ろに航法士、コパイの後ろには通信士。クローゼットとトイレを挟んで、装置を前にしたオペレーターが二人。他に空間はない。コミュニケーションを取るのには最適であると開き直っている…これは考えても仕方がない事だ。

 そう、このキャビンが狭いのは今に始まったことではない。

 だからと言って、ライバル視されている米国のP-3Cを羨んではいない。あの機体の中心には前後を結ぶ通路があって、それを挟むように各器材が配置されている。さらにその後部には休憩区画があるらしい。まぁ…開発段階での用兵側の要求の違いだろう…

 ソ連時代の設計は戦闘を基準としているはずだ。…艦艇も同じ設計思想だな。あぁ…そうなのだ。我々は軍用機に搭乗している。ピクニックではない。戦闘をするためだ!

 今はこの古い四発プロペラ機の爆音と振動にも慣れている。…寧ろ愛着すらある。

 上空に浮かぶ雲を眺めながらあれこれ考えていると、急にそれを思い出した。

 コパイに声を掛けられる前に何を考えていたか…

 以前、春季演習で統制官の班員として太平洋艦隊司令部に詰めていた時の事だ。

 対潜機によるASWシナリオを確認している際、潜水艦は一定時間以降、レーダー探知される事が明記されていたのだ。対潜機は捜索過程が重点課題であり、潜水艦は被探知後の回避行動に力点があった。これは訓練を成立させるための判断なのかもしれない。

 他に情報や目的がなければ、当て推量でソノブイは撒かない。だから、レーダーか光学や赤外線カメラによる海面捜索が基本であるが、電波使用は相手に直ぐばれるものだ…

 実際には狩るよりも発見する方が困難だから、これを訓練しなければ意味がない。

 いつも探知できることに疑問はあったが、目の当たりにすると正直ショックだった。

 上層部では周知の事だが、訓練が中途半端で茶番であるとは口外していなかった。

 そうだ…今日の訓練も潜水艦が被探知に努めたのだろうと考えていたのだった…

 また、インカム越しにコパイが話し掛けてきた。

「機長、ニコラエフカに帰投したら7人で一杯やりませんか。今日の結果はそれに値します。明日の昼以降に入港予定の潜水艦には申し訳ないですがね」

 その言葉の裏には、我々は置かれた立場でベストを尽くしましたとあるのだろう…

「ああ、そうだな」と笑顔を右側に送って答えた。

 確かに、不機嫌そうな顔をしていたのかもしれない。


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