転籍艦
転籍艦
係留桟橋手前でトラックを止めた運転手は、出港する039型潜水艦を眺めていた。
ゆっくりと後進しながら桟橋から離れていく。
その左舷艦首と艦尾には、それぞれ舫を取った曳船が張付いていた。
運転手は、係留場所からその艦が東海艦隊からの転籍艦で、南側のドックでの整備と改修作業を終了し、昨日ここ青島潜水艦基地に戻ったものだと気付いた。
新型の039A型潜水艦が優先的に東海艦隊に編入されているので、余剰となった配備艦の039型は、北海と南海艦隊へ転籍されると基地では言われている。
確かに、数年前からその受入れ準備のため、二基の浮き桟橋が潜水艦用に替わり、最大八隻を同時収容できるようになった。それに伴い、敷地の狭い基地にも拘わらず、武器整備施設を始め、陸上訓練施設や講堂、居住棟などのインフラが増設された。
今では古い033型は姿を消し、035型も一隻が係留されているだけであった。
東海艦隊から転籍した艦は、回航後の早い時期にドック入りする事が決まっている。
艦体や機関の整備、電池交換は勿論、特に「北海艦隊仕様」と揶揄される改修は、魚雷発射管を含めた統合戦闘システムや各種センサー、通信装置など多岐に渡り、徹底的な作業が実施されていると、運転手は業務で立ち寄るドック内でよく耳にした。
当然、長いドック期間内に大幅な乗員の入れ替えも行われる。
ドック明け直後で、まだ艦に不慣れな者もいる中での出航となれば、乗員達は気が気ではないだろうと、狭い甲板上に並ぶ乗員達を見て運転手は感じた。
最初は基本的な訓練から徐々に実施されるが、北海艦隊での使用に堪える技量を一定期間内に到達させるため、これまでの艦同様に訓練漬けの日々となるのは明白であった。
今後、連続的な長期出港で缶詰状態が続く乗員達に同情しつつも、基地の車両班である気楽さは、階級や号俸でもペイできないと運転手は考えていた。
視線が甲板からセイルトップの人影に移ると、潜水艦の艦長達をワゴン車で北海艦隊司令部へ送迎した際、車中であった彼等の会話を思い出した。
80年代に計画された039型は、当時の西側諸国の技術を導入して、艦体を一軸推進の涙滴型に改め、他国の通常型潜水艦と同レベルの任務遂行を可能とするため、当初からUSMの運用能力を盛り込むなど、035型から一気に近代化を目指した野心的な存在であり、恐らく潜水艦乗り達は世界に肩を並べた夢を見たであろう。
これまでも039型の一隊が青島に配備されていたが、首都防衛が最重要任務である北海艦隊の主な行動海域は黄海で、十分な潜水艦運用には適さない浅海域である。全艦が039型で統一されると、整備や補給などの面では有効であるが、運用面では現場に厳しい対応を迫る事が予想できた。この点について艦長達も悪態をついていた。
確かに、艦長達の文句にもあったように、宝の持ち腐れと成り兼ねない可能性を孕んでいる。青島より北に位置する旅順では、実際まだ035型が主力であった。
さらに、首都防衛で漏れのない対処をするためとは言え、潜水艦にも管制運用を適用させていることへの不満が燻っていた。生粋のサブマリーナ達は潜水艦の本来あるべき姿について、復路でも永遠と議論を噴出し続けた。目前に深海の広がる南海艦隊を賛美する声が挙がったのも、現場サイドからの当然の思いであると運転手は理解できた。
だが、しかし…黒塗りのセダンも駆る運転手は、全面的にこの意見に同調しない。
これまでに乗せた将官達の複数の話を総合すれば、首都防衛で黄海の聖域化は必須である。既存のC4ISTARシステムで不特定多数の海空侵攻部隊の動静を把握し、各部隊を効率的且つ効果的に展開させ、対処することは可能であるが、想定される戦況の見積もりでは戦力不足が指摘されていて、特に打撃力不足が顕著であったようだ。039型の北海艦隊への配置転換の裏には、そのような背景があるらしいのである。
増強理由は他にもあって、今日の海軍戦略に従えば、東シナ海での作戦能力の強化も急務である。また、艦隊内での空母試験運用に対して、空母の護衛と攻撃任務の戦術構築支援が増え、もし朝鮮半島有事となれば陸上攻撃の指令も有り得るなどである。
そして艦隊上層部は、「北海艦隊仕様」と言われる039型の改修状況には満足のようだが、乗員の錬度と士気が水準に達していないという焦りがあるように感じ取れた。
転籍艦が港外へ向け回頭を始めたが、運転手は唯々黙して見送るだけであった。




