分析屋
分析屋
「中尉、郵便物です。受領のサインください」
郵便係のその声と同時に、机の脇に雑誌の束が大きな音を立てて置かれた。
「日本の海軍関連雑誌です」
自然と溜息が漏れた中尉は、見ていた回覧文書からその束に視線を向けると、
「ちょっと多くない?」と即座に、郵便係に聞いた。
「残念ですが中尉、今回は隔月と季刊誌が重なっています。間違いではありません」
無感情に発せられたその返答に、少々苛立ったが、提示された管理簿の受領欄には、納得して素直に署名した。
「徹夜でなければ良いですが」と言葉を残して、郵便係は部屋を出て行った。
もう一度、雑誌の束を見返す。
(確かにここ北京で、日本の販売日と大差なく入手できるのは、喜ばしいことだけど…)
気落ちしていても仕方がないので、中尉は作業工程を確認し始めた。
「先ずは、海自艦艇と航空機の動態、それと人事関連を抜き出して、軍共用ネットにアップ…明日までだろうな…次は海軍用ネットに運用や戦術、武器性能などの作戦情報、編成や整備計画、その他を含む基礎情報を、既定の各項目に書き込んで…」
「何をぶつぶつ言っている。早く回覧文書を回せ」
隣の少校が端末を叩きながら、声を掛けてきた。
「あっ、済みません。急に情報資料が来たもので…」と言って、読みかけの回覧文書を少校の机の端に置いた。
「情報資料か…確かにね」と少校は手を止めて、中尉に振り返った。
「こっちの軍事雑誌とは、載っている内容のレベルが違うからな」
「写真のクオリティも高いですし、記載内容も詳細です。これなら日本での情報収集は苦労しないですよ…その分、ちょっと私の処理する量が多いですが」
中尉はその情報資料を左手で軽く叩いて見せた。
「何だ…なら、こっちの分析と交換しよう」
「遠慮します。仕事の内容には満足しています。試してみたい事もありますし…」
中尉が直ぐ様答えると、少校は面白くないという表情を顔にした。
「そんな顔されても、私にインテリジェンス分野は未だ早いです。階級的に」
「そんなものかね」と、少校は惚けた顔で言った。
中尉は階級を理由にしたが、実際には分析を担当する自信がないのである。正直、少校の分析処理能力と、それを躊躇わずに発信する度胸には舌を巻いていた。
少校は日頃、分析作業を「点と点を結んで線に、線を組み合わせて立体的空間にして、そこに時間軸を入れ、必要な部分を抜き出す」と説明し、そして「足りないパーツは、知識と経験、閃きによって補う」と付け加える。抽象的、且つ簡単ではあるが、的を射ていると中尉は感じていた。だが、それは具体的に語る事の困難さ故とも理解していた。
中尉の解釈では、基本的な海軍戦術と海自データが頭にある状態で、雑誌やインターネットなどの写真や記事が、どこに当てはまるかを探す作業というものであった。
そして、頭の中が体系的に整理されているので、分析結果を口頭であっても、レポートにするにも、少校は相手に合わせて説明を展開できるのであろうと考えていた。
また、最終的に自分の分析が部内に配布され、対海自の基本戦術構築の一資料となる。
そう考えるだけで中尉は気が滅入る。生半可な実力で分析は担当できない。その点、隣の少校はタフである。あまり業務で悩んでいる姿を見せない。
「少校は、いつも自信有りげですね」と自然に口から出て、中尉自身が驚いた。
一呼吸置いた少校は、頭の中を探るような表情で話し始めた。
「インテリジェンスは100%ではない。当事者でも全てを完全に把握はできていないだろう。とすれば、100%に近づけるようベストを尽くせば良い。そう思っているだけだがね…中尉も海自と長く向合っている。何か自分なりの評価を持っているだろう」
急に振られたが、中尉は意を決して、普段から感じている海自の印象を口にした。
「海自の評価は異常に高く、実際は米海軍との協同が前提の組織と考えます」
「成程ね…簡潔明瞭。で…ここに分析屋が生まれた訳だ」と、少校は静かに言った。




