模擬戦
模擬戦
福建省台山市下川島には、中国海軍南海艦隊の第52潜水艦基地がある。
そしてこの基地に、035B型潜水艦を擁する第52潜水艦支隊が配置されていた。配備の035B型潜水艦は、ソナーの換装や衛星通信システムの追加搭載などの近代化改装が実施されており、035型潜水艦の系列で最高性能を有するタイプである。確かに、続々と建造され主力となりつつある039A/B型潜水艦に比べれば、既に旧式と言える。しかし、ここでは主力であった。
そして今、第52潜水艦支隊司令部は間もなく始まる訓練の準備に追われ、司令部内は喧噪の真っ直中にある。
「しかし、内容が濃過ぎるな…確実に対応できるか?」
作業に追われる参謀の集団の中で、最先任のぼやく声が漏れる。
「いつも冷や飯を食ってるんです、遣り甲斐があります」と、一人の参謀が返す。
予定の訓練は、中国初の空母となる「遼寧」を中心とする艦隊の洋上展開訓練である。
特に今回は、「遼寧」が初めて西太平洋上で行動することや、海軍トップの呉勝利司令員が「遼寧」に直接座乗することなどから、一部メディアでは、この行動は中国の真の実力を世界が実感するものとして、事前の取材が過熱気味でもあった。
第52潜水艦支隊がこの訓練で関わるのは、「遼寧」の艦隊が、西太平洋から台湾とフィリピンの間にあるバシー海峡を通過して、西進しながら海南島に入港するまでと、これとは逆に、海南島から出航し、北上して台湾海峡に至るまでの2回で、それぞれ支援と試験のフェーズに分かれていた。
「支援の方は、どの艦に担当させる?」と、最先任が担当の参謀に問う。
この支援とは、「遼寧」の艦隊に対する訓練支援と情報収集であった。具体的には、麾下の035B型潜水艦による実艦的ASW訓練の標的と音響観測である。
実艦的ASW訓練では、035B型潜水艦があらゆる想定下で艦隊のターゲットになる。換言すれば、艦隊が搭載する対潜ヘリと「遼寧」のエスコート艦のASW訓練に従事し、狩られ役を演じるというものであった。
また、音響観測は訓練海域における各個艦の音紋を採るだけでなく、各タイプ固有の音紋の識別と、艦隊行動による音響の推移を明確にすることが含まれていた。こうして採取された音響データの一部は、各種のデコイ用データなどに利用される。今回艦隊で編成されている艦艇は、空母「遼寧」の他、052D型、052C型DDGと054A型FFG、056型FFL、FUCHI型AORという今後中国海軍の主力となる最新鋭タイプばかりであった。
「ターゲットにはデリケートな操艦が求められますが、試験の方に技量の高い二隻を当てます。ですから、305と312を担当とします。如何でしょうか?」
担当の参謀は最先任の問いに応えた。
「305と312か…で、音響観測は?」と、最先任がさらに問うた。
「これは情報収集に定評のある308と、予備に306を当てます」
張りのある情報参謀の声が響く。
「…宜しい、適任であるな…では、試験の方だが、作戦参謀!」
最先任の問う声は、急に鋭くなった。
試験とは、「遼寧」の艦隊を目標として、第52潜水艦支隊が主体となる襲撃訓練であった。特に司令部内が張り詰めているのは、今回の襲撃訓練が、陸上の第52潜水艦支隊司令部から、攻撃目標の位置および的針的速などの情報とUSMや魚雷の発射タイミングを、衛星通信システムで直接指揮・管制するものだったからである。
1回次の襲撃訓練は、中国本土沿岸に来襲する米海軍の空母機動部隊を想定して、西進する艦隊への複数の035B型潜水艦によるUSM同時発射訓練である。
そして2回次は、北上する艦隊を捕捉して、同じく複数隻による魚雷同時発射訓練となっていた。
「技量の一番高い310を旗艦とするため、司令部から支援チームを派遣します」
作戦参謀の説明に大きく頷いてから、最先任は全参謀に言った。
「今回の試験は人民解放軍内でも注目されている。海軍首脳部も失敗が許されないため、配慮して艦隊速力を若干遅く設定している。皆の万全の処置を期待する」




