平壌カフェ
平壌カフェ
「つまり、今回参加した訓練には、他に別の意味があった可能性があると言うのですね」
現役パイロットで、平壌には休暇で来ていると語った少佐は、意を決したようだ。
「では、詳細に話しましょう」
壁に背を向けて座る少佐は、カフェ内をゆっくり見渡してから続ける。
「私は首都防空を担う第一戦闘機師団の順川基地で、ロシア製のMiG-29に搭乗しています。今回の命令は四機編隊で、配備基地から日本海側の元山基地への単なる展開訓練でした。編隊長は私が努めました。勿論、ただ単に飛行する訳ではありません。南側の捜索レーダーに探知されないように、飛行コース付近の山頂よりも低空飛行することを要求されます。編隊行動はより神経を使います」
少佐は間を置いて、テーブルのティーカップを取り上げると、紅茶を一口飲んだ。
「第一戦闘機師団には、MiG-29と23が集中的に配備され、パイロットの練度も高いです。これは平壌だけを防衛すれば良いというものではありません。残念ながら数の問題なのです」
少々熱くなった少佐は、自らトーンを下げるために一呼吸吐く。
「米軍偵察機などへの対処能力があるのは、実際に我が師団だけです。ですから、今回のような展開訓練もある訳です。有名な話では、〇三年三月に偵察飛行した米軍のRC-135を迎撃した時ですが、これも漁朗に展開した我が師団が対処したものです。ただ、肝心なのは迎撃したことではなく、そこに展開していたこと…」
近くを通るウェイターが遠ざかるまで、少佐は沈黙した。
「以前から我が師団は、我が軍の対外的な軍事行動の際、連動して事前に哨戒飛行するか、もしくはその近傍基地に展開する事を命じられます」
「135の時もミサイル発射絡みでしたね。確か…延坪島砲撃の件も、直前にMiG-23が哨戒飛行し、黄州に降りたという…」
少佐は黙ったまま頷き、
「それだけではないのです。第2次延坪海戦、天安艦事件の際にも、我が師団は哨戒飛行や他基地へ展開をしています」と加えた。
しかし少佐の顔からは、他の件にも関わっているようにも感じる。
「すると、今回の展開訓練の裏には、KN02の発射が絡んでいた可能性があると言いたい訳ですね。つまり、実際は訓練ではなく実働の展開であったかもしれないと」
単刀直入に少佐へ意見を打つけると、一瞬動揺したような表情を浮かべたように見えたが、大きく頷いたのではっきりとはしなかった。
「なるほど、今後は第一戦闘機師団の動きを注視すべきだということですね」
ここに長居もできないので、少佐に結論を促した。
「既に米軍や南側は、我が師団の行動を常時監視しているでしょう」
さり気無く発せられた言葉に、少し怒りを覚えたが、
「ただ、ブラフかもしれないのです」という不意な少佐の言葉に、それは冷めた。
「過去に我が師団の展開を掴んでいながら、その事を関連付けられず、南側は結果として、我が軍の攻撃に対応できませんでした。情報部にいた元将官も公に認めています。その負い目が南側にはあります。恐らく我が師団の展開は、その付近での軍事行動の前触れと結論付けるでしょう。軍隊は官僚組織です。特に実働部隊でない情報部では顕著でしょう。果たして、過去の結果を覆すような意見を事前に主張できるでしょうか。しかし、ステレオタイプではいけません。そこに隙ができるのです。敢えて我が師団を展開させ、実際は別地域で行動を起こすように画策しても構わないのです。真実は我が軍の上層部しか知り得ません。その可能性を伝えたかったのです」
急に捲くし立てられたが、十分に合点が行ったので、ゆっくり二回頷いて見せると、
「心理戦です」と言って、少佐は口元に笑みを浮かべながら、音もなく立ち上がると、ゆっくりとカフェの外へ出て行った。
その後ろ姿を満足しながら見送っていると、ふっと少佐の最後の顔を思い出して、身体が熱くなると同時に、焦燥感にかられた。
どう、解釈すべきなのだろうか…少佐の目は笑っていなかった。




