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情報観

 情報観


「先任、何を読んでるんですか」

 後ろから声を掛けられた山川1曹は、座ったまま振り返った。

 山川の視界は、近づくギラついた海野3曹の顔で覆われる。

 ここの情報作業班が五年目の海野は、ここでの業務を卒なくこなし、幹部達からも一目置かれる存在で、本人もかなり自信があり、司令部内では行き脚のある若者であった。

「前から気になってる奴だ」と言いながら、山川は読んでいた用紙を海野に手渡した。

 その用紙を受け取った海野は、紙面をさらっと読んで、山川に問うた。

「この『北斗』ってのは、中国版のGPSですよね。確かに軍事増強している中国としては、自前の衛星測位システムは欲しいでしょう。現にロシアやEUでも独自に運用しています。でも、前からありますよね。そもそもGPS程の性能はないんでしょ、これ」

 何を問題視しているんだと言わん許の表情で、海野は山川を見入る。

「今は地域限定の運用で、中国近海だけの世界規模じゃない。しかし、双方向のショートメールが可能だ。ちょっとした通信衛星機能が付与されている」

「中国の民間船舶が積んでるんですよね。航行警報とか、緊急連絡用でしょう」

 一呼吸置いた山川は、海野に正対してから、ゆっくりと自論を語り始めた。

「使用には中国の許可が必要だから、詳しい性能は判ってない。現在知り得る情報で考えれば、多くの中国船舶が『北斗』を搭載している。中国当局はその船舶の位置情報を把握できる。携帯と同じだ。そしてメール機能。無線より確実で秘匿性がある。艦艇や公船、航空機を視認した船舶は報告義務があるだろう。ソ連時代の商船隊や漁船隊同様にだ。つまり、『北斗』エリア内の船舶の所在位置は、そのまま中国監視網の範囲になる」

 山川の主張を聞いた海野は、苦言を呈するように言う。

「怪しい貨物船なら兎も角、漁船一隻からのデータなんて入ってませんよ、動態に」

「だから気になってんだ。着任から動態図を作成してるけど、重視するのは艦艇や軍用機ばかりで、民間船舶の情報はあまり気にしていない」と、ぼやくように山川は言った。

「当たり前ですよ、先任。動態は対象国の艦艇や航空機、それと特別な目標、それに自衛隊や米軍などの動きを加味して把握するものですよ」と、海野は語気を強めて言う。

「だから、対象国の監視範囲を把握する必要もあるんじゃないか。友軍の行動のために」

「そうですがね、広範囲で、数も多過ぎて全てを把握なんて無理ですよ。それでも大きい目標や漁船群は、ある程度哨戒機や艦艇が情報収集してますから…」

「リアルタイムで動態に反映しなけりゃ意味がない」と、山川の口調がやや強くなる。

「気になるなら、幹部にでも意見具申して下さい。そこまで求められてませんから」

「さらにだ。東京オリンピック頃までに『北斗』はバージョンアップする。衛星の基数を増加させ、GPSのような世界規模の運用になるんだ」

 治まる気配のない山川に対して、うんざりした顔の海野は後を続けた。

「それで中国の監視網は世界規模に拡大するって訳ですね。但し、中国船舶がいれば」

 海野のその言葉には、やや批判的な感情が含まれていた。

 そんな海野の言葉を気にする素振りも見せずに、山川は話を進める。

「ここからは単なる仮説…憶測かもしれないが、世界的な監視網の構築以外も考えられると思う。技術的にはっきり言えないが、世界規模の巡航ミサイル攻撃が可能とかね。…監視網で目標の位置情報を得たならば、中国国内の司令部から攻撃の指令を、メール機能で直接巡航ミサイルに送信する。それを受けた巡航ミサイルは自体の位置を確認、目標との位置関係を計算して、目標に向け飛翔し、『北斗』のアシストで修正しつつ近接する。最後は自身のシーカーを起動させる。今あるDH-10の射程は二千キロ、ジェーンでは四千キロともある。艦載型が開発中らしいが、現用の物でも、ある程度の船舶なら搭載、発射は可能だ。…と言っても証拠も根拠もないけどね。しかし、追えば何かは得られるかも」

「まぁ、ゼロじゃないですが。…先任、情本の人って、いつもそんな事ばかり考えてるんですか。でも海自の情報はどこも動態メインです。敵情把握が一番重要ですからね。あるとすれば作情か基礎情くらいかな。それより先任、早くここの業務を覚えて下さいよ」

 そう言い残して海野は、鼻歌を歌いながら山川の傍から離れて行った。

「確かに動態も情報だ。だが…インフォメーションの域だよな」と、山川は呟いた。


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