散歩道
散歩道
江戸時代に訪日した仏国技術者の名に因む海辺の公園に老人が一人。視界に広がる艟艨の群を眺めている。
そこに、老犬を連れた白髪の老人が現れる。
佐藤「おはようございます、鈴木さん。今日は早いですね。寒くなかったですか」
鈴木「おはようございます。いつも佐藤さんに声を掛けてますがね…ただ、昨日見た時に
あの手前の潜水艦が補給してたんで、朝一で出港するかなと思いましてね。寒さよ
りも、動いている艦を見たいですからね…おぉ、タローもおはよう」
佐藤「あぁ、『うずしお』ですか。外側の係留ですし、そんなに補給量も多くないんじゃな
いかなー。恐らく、短い航海でしょうね。ドック入り以外は全艦係留され動きなし」
鈴木「流石ですな、ウォッチャー佐藤。双眼鏡で見てたんですか」
佐藤「日に何回かのタローとの散歩と、これが私の生き甲斐ですよ。そう言う鈴木さんも
負けてないでしょう。よくお会いしますよ」
鈴木「ですね」
二人の老人、互いを見て大きく笑う。
佐藤「その内側は乗員の部隊帽の雰囲気から、『たかしお』だと思うんですがね。『たか
しお』の方がこれから長い航海に出そうですよ。何回も補給を続けてますし、細かい
物を持った乗員の出入りも多いです。ただ、甲板に上がっている乗員が少ないんで、
続いての出港はないでしょうね」
鈴木「敵いませんね、佐藤さんには…そんな読みまで。勉強になりますけどね」
佐藤「若い時から好きで見てますから。でも私だってマニアの方々には負けますよ」
鈴木「若い時って、呉でしたっけ」
佐藤「はい。今もそうかなー。あそこは壁でなく柵で、それで直ぐに潜水艦の係留桟橋に
なってるもんだから、良く見えるんですよ。子供と一緒に見に行ったなー」
鈴木「そうでしたか…じゃぁ、私なんかはまだ序の口ですね」
佐藤「そんなことは……!。1・1・0!」
鈴木「!」
佐藤「あっ、申し訳ない鈴木さん。急に大きな声を出しまして」
鈴木「どうしたんですか」
佐藤「昨日、帰港した『たかなみ』が出港準備を始めたんで…朝一では動かないと思っ
たんだけどな…じゃ、帰港の理由は何だ」
鈴木「あぁ、ヘリ甲板にまだヘリが載ってますから、館山沖まで行くんじゃないですか」
佐藤「昨日の航海が二日間。対潜ヘリを載せたまま。入港したのは三時半頃…。それで
今日、潜水艦も出港するか…ってことは、昨日の夕刻に訓練の事前研究会でもし
て、今日から対潜訓練か襲撃訓練ってとこかな…魚雷搭載は見てないから模擬。二
日かな」
鈴木「いやー、佐藤さんには参りました。私なんかは艦の出入りくらいで、そんな関連性
を含めて読む事はできませんよ」
佐藤「感心する話じゃない。単なる憶測です。残りの艦はレーダーを回してませんし、艦
長不在旗の揚がっている艦もあります。水上艦は『たかなみ』だけのようだとか…一
緒に潜水艦が出てますから、近海で…大島沖辺りでの訓練ですかね…とすれば、厚
木は出てこないかなってね……あっ、申し訳ないが、この辺で。また夕方にでも」
鈴木「おぉ、そうですか、ではまた夕方に」
そして、老犬を連れた白髪の老人が離れる。
鈴木「しかし、佐藤さんの訛りは何処のかな。『ゼロ』が『チェロ』に聞こえたけどな…」
一人呟くと、海辺の公園の老人は、視界に広がる艟艨の群に視線を移した。