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定食屋

 定食屋


 新橋の一角にある定食屋は、ワイシャツ姿の男達でごった返していた。

 無言の彼等は一様に背を丸くして、目の前のカロリーを掻き込んでいる。

 早く胃袋を満たし、少しでも多くの休息を取らねば、残業までを戦えない。

 店の従業員達も額に汗しながら、大声を上げて動き回る。

 ここは正に、コンクリートジャングルの戦場の断片と言って過言ではない…

 その店内の片隅で、古惚けた小さなテレビは、昼のニュースを流し続けていた。

「次のニュースです。本日未明、中国海警局所属の公船三隻が、尖閣諸島の領海内に侵入するのを、第11管区海上保安本部の巡視船が確認しました。これで今月の中国公船…」

「またこれか…これニュースの価値あるのかな…」

 テレビの傍でニュースを耳にした若い男は、箸を止めて画面を見ると、そう呟いた。

「やられてるね~。いつもの光景だと思ったんだろう?」

 若い男が右隣の声の主に振り向くと、食事を終えた中年男が緑茶を啜っていた。

「何ですか?主任」

 茶化されたように感じた若い男は、眉間に皺を寄せて返した。

「怒んなさんな。お前さんだけじゃない。日本人が嵌まりつつあるのかもしれん」

「だから、何がですか?」

 若い男は怪訝そうな表情を浮かべ、隣の中年に食って掛かる。

「『尖閣は日本固有の領土』じゃないのか?」

 用意していたかのように、直ぐ様質問が返る。

「ぇえ~。こっちが質問したのに…そうですよ。領土だと政府は言ってますよ」

 そう聞いた脂でてかる顔に、笑みが浮かんだ。

「他人事のようだな。我々の領土とは言わないんだね~。領海侵犯は絶対に許さないと思わない。いつもの事として頭の片隅に追い遣る。そして争いのある事を自然に感じる」

「私だけじゃないでしょう。他の人もそう思ってますよ。何か悪いんですか?」

 今度は攻められているように聞こえ、若い男は声を荒げて抵抗の姿勢を見せる。

「誰もがそう思う。つまり常態化している…これは三戦の成果かもしれないってことだ」

「三戦?」

「世論戦、心理戦、法律戦。中国の掲げる対外工作だ。自分の論理をメディアや国際法とかを使って正当化し、相手にプレッシャーを掛けて目標を達成させる戦略ってとこだな。世界に尖閣が係争地と認識させるのが到達点ならば、まだまだ続きそうだ」

 中国政治に疎いらしい部下に対して、主任は簡単に説明を加えた。

「確か…中国外相が米国で発言してましたね…米国からの発信なら世界は注目する」

 言われた部下は、独り言のように納得する。

「東シナ海の一角の洋上で、白い船舶が犇めき合っている状況。尋常ではないだろう。これは正に、中国が仕掛ける静かな戦争の断片と言って過言ではない…」

「それじゃ主任は、今が有事だと?」

「ドンパチだけが戦争じゃない。外交の延長上に武力行使があるならば、外交上の争いも戦争と言えないか?」

「国交も断絶してませんし、経済活動もしてますが?」

 興味の湧いた若人は、思索を巡らす年長者の言葉を待った。

「そこが有事と感じない、三戦のポイントなんだろう。恐らく、情報戦の類いに入るんだろうが、国家戦略として目標が明確化して表に出ている分、あらゆる手段の集約化が容易に出来ている感じがする。ある意味、総力戦ってことだな」

「そういう目で見ると、全てが怪しく見えてきますね」

「そうだ…さらに世論戦は日本のマスコミも対象かもしれん。中国国内政治のスキャンダルは報じても、近海の洋上ガス田や、北朝鮮に権益を持つ羅津港での開発なんかはスポット的だ。軍艦の出入りはそんなに深刻じゃない。自衛艦だって世界一周してるんだ」

 深刻な顔で話を聞いている部下に気付いた男は、徐に一口冷めた緑の液体を流し込む。

「真相は分からんよ。だが、疑って見てないと、知らん内に詰んどる可能性もある」

 新橋の一角にある定食屋の喧騒は、まだ終わっていない…


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