内輪談
内輪談
鏡のようなクルトゥチノエ湖を左手に望みながら、レーニン広場の方へとゆっくり歩いて来ると、二人の男が湖畔の公園で《カムチャツカ №1》のビール瓶を片手に、大声で立ち話をしている姿が視界に入ってきた。
男達はラフな格好であったが、醸し出すニオイで直ぐに軍人だと判断できた。
さらに、鋭い眼光と引き締まった身体を持つ大きい方の男は海軍歩兵であり、隣の小さい方の男は、その佇まいからヘリパイだと感じた。
素知らぬ顔でそのまま彼等に近づくが、弾む会話が止まる様子は全くなく、次第にその話の内容が耳に入る。
「前回の訓練の艦砲射撃は、かなりピンポイントに撃っていたよな」と大きな男の声。
「訓練シナリオが石油施設の奪還だったからな。それも正規軍じゃない。武装テロ組織レベルの想定だった…にしては、規模がちょっと大きかったけどね」
「巡洋艦や駆逐艦などの大型艦だけでも五隻だった…確かに」
「他の艦艇も合わせれば、結構な数だ」
「俺も乗っていたが、上陸に大型揚陸艦を四隻も投入しているしな」
「そうだ。基本的な上陸作戦の流れと違いはない。艦砲射撃が海岸線制圧から橋頭堡確保目的になったが、その後の揚陸艦用の機雷掃海があった。自分も参加したけど、カモフによる内陸部の敵拠点へのロケット攻撃もあった」
明らかに職務の話だった。
周囲に視線を走らせると、離れた所に一組の親子連れが居るだけで、他に人気がないのを確認した。
「俺の偵察部隊でも、航空部隊との連携が重点項目として示されてあったな…複合的だ」
「今、太平洋地域に機雷や対艦ロケットを持ったテロ集団なんて居るのかい?」
「つまり、政治的配慮って奴か?周辺国を刺激しないための…」
「そうでも言わないと、訓練の理由が立たないからね。妙にマスコミが騒ぐ国がある」
「しかし、何だって上はそんな規模の訓練をしたがる?」
視線を合わさずに酔っ払い達の横を素通りして、やや先の方で歩みを止める。
そこで大きく伸びをしながら湖を眺める振りをして、止まない話に聞き耳を立てた。
「…恐らく、仏製強襲揚陸艦が極東配備の予定だからじゃないかな」
「あのヘリ空母みたいな奴か…二隻だったな」
「艦隊編入後、直ちに戦力化したいんだろう」
「表向きは対テロだが、真の目的は新型揚陸艦を視野に入れた錬度向上か…」
「ああ。去年のようなヘリの集中運用もこれまでになかった。完全に意識している」
「そうか…だけど、その艦の定係港はウラジオの方だろう?」
「当然だろう。ただペトロでも訓練はやるはずだ。当然、専用岸壁が必要になる」
「潜水艦基地側じゃないだろう?」
「分からんが、ラコバヤじゃないかな」
「その艦で訓練する時、俺は海岸までエアクッション艇に身を委ねる訳か…」
「嫌そうだな」
「その艇長は海軍歩兵の人間なんだろうな?」
「艦の乗員じゃないか?それもウラジオの」
「参ったな。顔も知らんような奴に命を預けることになるのか」
そう言った大男が不意に顔をこちらに向けたので、互いの視線が合ってしまった。
気まずい空気が流れる。
一瞬その目に殺気を見せた男は、無言で隣の男の肩を叩いた。
叩かれた男も気付いたらしく、黙ってこちらを覗く様に見る。
ここでゆっくりと視線を湖の方へと外した。
すると、やや間があって、沈黙して離れて行く二人の靴音が聞こえた。
自分を落ち着かせるために、大きく息を吐く。
この辺の人間は、殆どが軍か漁業関係者であろうが、外で口にすべき話ではない。
もう一度、遠ざかる後ろ姿を確認してから、帰るべき海軍宿舎に足を向ける。
正面には、沈黙のレーニン像が聳え立っていた。