専用港
専用港
バスが左折すると、右側の車窓から、水上艦艇の群れが望めた。
最新型に属する051C型や、近代化改修を終えた052A型といった北海艦隊の主力導弾駆逐艦が目を引く。建造の続く054A型導弾護衛艦の姿もある。
「ここは既存の係留地区です」
運転席の後ろに座る広報担当の上尉は、やや自信に満ちた声で言った。
その他にも、旧式ではあるが別型の水上艦や補助艦艇が、数多く存在していた。
配備されている艦艇もさる事ながら、まだ多く空いている係留バースから、その収容能力の多さが判り、 この基地の性格の一面を知ることができる。
そして上尉は続けて、係留地区の後背にある小高い岩山を指して、
「あの山は全体が基地に含まれ、天然の強固な弾薬庫となっています」と明かした。
もし、山全体がそうであれば、その備蓄量は膨大なものである。
海軍としては、ここを北海艦隊の重要拠点として考えているのであろう。
北海艦隊の司令部が置かれている青島から、南西へ約五十㎞にあるこの巨大な水上艦基地は、小さな漁村を接取して整備されたもので、青島や旅順の基地に比べれば、歴史はまだ浅いが、立地条件は恵まれていると、乗車前のブリーフィングで上尉が説明していた。
その中には、最も近い嘐南市でも十五㎞程あって、ここの周囲には小さな町や村しかなく、不特定多数の目に晒されないということも含まれていた。歴史的遺跡があり、都市化の進む青島や旅順では、艦艇の出入港を多くの観光客やビジネスマンが目にする。
係留地区を後にしたバスは、少し直進すると、ゆっくりと右折した。
「正面に見える簡易ゲートの先が、新設された空母専用港の地区になります」
後ろに振り向いた上尉は、声を張って言った。
その張りのある声を聞くと、先程の上尉の説明を思い出した。
自由主義諸国の報道の一部にある、「海南島三亜市の亜龍湾にある軍港が、空母の母港」とする評論を否定した後、一連の空母計画において「遼寧」の母港は、北海艦隊内に決まっていたと話した。
ウクライナから未完成で購入した「遼寧」は、国産空母に向けてのデータ収集が最重要任務である。艦載機の発着艦訓練や、空母用の兵器、装備試験などの他に、空母艦隊の運用訓練や、対空母戦術訓練にも使用される。これまでも艦艇の各種試験のデータ収集や支援は、北海艦隊が任務の一つとして実施しており、その支援施設を多数管轄している。
また、艦載予定機である殲撃15型のメーカーも、専用訓練基地も遼寧省に存在する。
試験中のトラブル対処のため、大連や大型ドックを有する港湾を、定係港とすべきとの声もあったが、専門家の調査と分析結果によって、「遼寧」がある程度の稼動が望めることが確認されると、この基地を母港化することが決定されたと解説した。
そして四年前から、この基地に隣接する湘子門の漁村と、裏側にある魚池の農村を接取し、拡張工事を進めてきたと語った。
上尉は最後に、急な基地の増設に、現地では「空母の母港化」という噂が起こったが、大きく情報が出なかったのは、立地場所の影響が大であると自嘲気味に口にしていた。
真新しい建物の間を、バスはゆっくりと進むが、内部が工事中の建屋も少なくない。全体的な港湾工事もまだ終了していない様で、多くの工事関係車両とも擦れ違う。
突堤式埠頭の前でバスが止まると、上尉は立ち上がって説明を始めた。
「ここが空母用の係留施設です。概ね南へ伸びており、係留部分の全長は約五〇〇m。幅は約一二〇mで、そこにも支援艦船の係留が可能です。現在は西側に大型の移動式ジブクレーンが一基だけですが、東側にもクレーン用のレールは敷設されています。高い飛行甲板を有する空母への物品搭載、陸揚げには必要な設備です。さらにここには、燃料、水道、電気そして通信インフラなどのラインが埋設されており、空母に直接供給できます。中央にある大きな施設は、各種事務室や講堂、簡易倉庫などの複合型施設です。今後、試験や訓練で各地の港に入るでしょうが、ここが最適な港であることを実感するでしょう。残念ながら、ほぼ完成しているのは埠頭周辺だけです。後方や補給、整備、修理部門、そして乗員や関連従業員の居住インフラなどは未だで、専用港全体の完成には、もう少し時間が掛かると思います。では、降りてここを歩いてみましょう」