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黒き獣と赤の少女  作者: 竜胆 梓
番外
35/35

EX VS《魔石獣》

二章終了直後。氷髪の魔術師視点。

 独特の臭気と殺意とが入り交じった空気が、洞窟最奥の根部屋を満たす。

 これらを放っているのは、目の前にいる|《魔石獣》(ユウェルディール)。主の命に忠実に、こちらの行く手を阻むよう立ちふさがるその姿は、まさに異形としか言いようがない有様で――


「――っ、くそ!」


 これを、放置することなんてあたしにはできない。だってこれは――っ。


 それを見越した上で差し向けてくれたのだから、あいつの趣味の悪さには全く、呆れを通り越して反吐が出るっ。あたしが無視できない、足を止めざるをえない存在だと解って、躊躇いなく使ってくるあたりが特に、もう嫌らしいったらありゃしないっ!


「アル姉、二人が――」

「解ってる! とにかく、白はリュートの安全確保! 下がってて!」

「で、でもっ」


 背中越しに食い下がる気配が伝わってくるけど、無視。まさか白をカモネギ状態であいつの元に向かわせる訳にはいかないし――


「――同族と、戦わせられるわけにはいかないでしょ」


 呟くような、けれどはっきりと紡ぐ言葉。

 正論に、反論することができないんだろう。ぐっと押し黙る白。

 言い過ぎたか、と思わず苦笑してしまう。どちらからも言い返すような気配がない――たぶん、リュートは気を失ったんだろうと推測できる。小さなあの子には――あまりにも、酷な現実の連続だから。むしろ今の今まで意識があった方が驚きだ。


 ――強いね、本当に。


 聞こえているはずがない少女に向け、心の中で言葉をかける。

 彼女はあたしのことを強いといったけれど、そんな事はない。あたしの持っている強さなんて、表面的なモノに過ぎない。確かにそれも強さの一つ、だけど彼女の強さと比べたら……

 だって彼女は戦う力を持たないのに、小さな手のひらで、それでも必死に何かを得ようと手を伸ばした。まっすぐに、まぶしいくらいただ純粋に。

 それができる方が、よっぽど強いってことに、彼女は気づいていない。

 本当に――うらやましくなってしまう。


 感慨に浸るのは後でもできる。思考は一瞬。目の前の|《魔石獣》(ユウェルディール)に向き直る。

 禍々しい毛並み、ねじくれた四肢。既存のどの獣とも似ているようで、似ていない肉体。見る者の不安をかき立てる出で立ちは、まさに異形と呼ぶにふさわしい――悲しい獣。


 初めてその存在を、机上に綴られた構想として知った時には反吐が出た。

 実現しようと動く者達を見ては不快感が込み上げ、研究を消すべく刃を振るった。

 ――でも、いくら潰しても、いくら消してもその妄執を完全に消し去ることは出来なかった。


 その結果が、今、目の前にあるこれ。

 本来あるべき命をねじ曲げられた存在に、恐ろしさよりも哀れみの方が勝ってしまう。

 そして同時に、こんなモノを生み出してしまう人の業にも。


「待たせたわね――眠ってもらうわ、あなたには」


 口にしながら、手にしていた杖を投げ捨てる。空になった手に取るのは、この騒動の間背負ったまま一度も抜かなかった一降りの剣。


「《魔力剣》よ――リカオンよ、軌跡を導け。そしてかの者の解放を」


 祈りのように囁く。事実、これは祈りだ。犠牲となった者への、この世界への切なる祈り。

 対|《魔石兵器》(リトスポプリスマ)用に作られた特殊魔術が施された《魔力剣》。その内に秘められた力を解放する。

 手の平が触れる部分からリカオンに向け、魔力が流れる感覚。

 術の源となる魔力を得て、切るべき軌跡が視界に映し――出されない。


「――へ?」


 思わずこぼれる間の抜けた声。剣の魔力に刺激されたのか、それとも別の理由か、|《魔石獣》(ユウェルディール)は唸り声と共に突進する。


「わっ、ちょ――」


 咄嗟に生み出した氷の固まり。盾のように割り込ませたおかげで事なきを得た物の、危なく直撃を受けるところだった。盛大な音を立てて固い氷固と正面衝突した|《魔石獣》(ユウェルディール)は、軽い脳震盪でも起こしたのか、おぼつかない足取りで数歩下がる。


「アル姉っ?!」

「心配ないわ! 白は引き続き守りを!」

「で、でも――」

「――でももへったくれもない。同じ事、何度も言わせないで」


 ぴしゃりと言い放ち、白の反論を封じる。物言いたげな気配が背中越しに伝わってくるけれど、気にしてなんかいられない。


 ――だって、そうでしょ? 同族殺しなんて十字架、あの子に背負わせたくない。


 だから、こいつはあたし一人でやるしかない。血の臭いを纏いすぎた、このあたしが。


 思い出せ――あの時見た資料には、なんて書いてあった。

 かつて見た資料に書かれていた|《魔石獣》(ユウェルディール)の理論。その時は机上の空論だと思えたそれも、こうして現実に突きつけられれば認めざるを得ない。こんなモノを生み出してしまう技術には素直に感嘆の意を表するけれど、認めるなんてできはしない。

 魔術で生み出した合成獣も、核となる術式を破壊することで動きを止める。

 なら、似た原理で動く|《魔石獣》(ユウェルディール)も核を破壊、あるいは本体から切り離すことで他の|《魔石兵器》(リトスポプリスマ)同様に力を失うはず。

 核があるのは、確か――


「貫け!」


 声と共に、あたしの魔力に反応した大気が凍り付く。瞬時に巨大な棘を形作ると猛スピードで射出、|《魔石獣》(ユウェルディール)を地面に縫いつける。

 絶叫が、大気を震わす。

 周囲の岩壁に反響して、四方八方から襲いかかる音の攻撃に方向感覚を狂わす。


「く――っ」


 片手で耳を塞いでも、体の心から揺さぶるような感覚が襲ってくる。苦しむように、嘆くように――まるで助けを求めるように。

 その声に答えることのできない自分が悔しくて、あたしはきつく唇をかみしめる。

 身動きを封じた|《魔石獣》(ユウェルディール)の懐に滑り込み、喉元に《魔力剣》を叩きつけるも、固い体毛に阻まれ、まるで石でも切りつけたみたいに固い音を立てて弾かれる。


 ――どんな固さしてるのよっ?!


 心の中で毒づくと同時、ミシリときしむ音。


「へ――って、わわっ! ちょっ、たんまたんま!」


 |《魔石獣》(ユウェルディール)があろう事か力任せに氷の拘束を破り、今まさに憎悪を込め、その凶爪をこちらに降りおろそうとしているところだった。とっさに事なきを得る物の、こうもあっさり砕かれると同じ方法で拘束してもすぐに砕かれてしまうのではないだろうかと嫌な予感が拭えない。

 内心嫌な予感を拭えない間にも、|《魔石獣》(ユウェルディール)は矢継ぎ早に攻撃を繰り出す。牙、爪、時にはその身を突進させて。さながら、その様子はちっぽけな人間など簡単に吹き飛ばせるのだと言っているような――あるいは、酷く怯えているようにさえ、思えてしまう。


 たぶん、そう思えてしまうのはあたしが|《魔石獣》(これ)の成り立ちを知っているからだろうけど――


 余計な思考に頭を割いていたせいだろう、気付けば|《魔石獣》(ユウェルディール)牙が目前に迫る――


「アル姉!」

「問題、ないっ!」


 気合い一発。無詠唱による魔術の試行。

 生み出したのは巨大な氷柱。地面から斜めに突き出す、まるで槍衾のようなそれは迫りくる|《魔石獣》(ユウェルディール)を迎え打つ。

 突然の出現に、今更勢いを緩められるはずもない|《魔石獣》(ユウェルディール)は為すすべもなく氷柱に突進し――自ら串刺しとなる。

 しんと静まり返る空気。さすがの|《魔石獣》(ユウェルディール)も、こうなっては動けないのか先ほどのように氷の柱を砕くことはできないようだ。

 念のため、魔術で氷の枷を生み出し手足を再び拘束した。|《魔石獣》(ユウェルディール)から流れ出た赤黒い血液の中で煌めく無色透明の氷柱。生命と死と、相反する色合いが絡み合う光景は、まるで一つのオブジェのよう。

 頭の隅に浮かんだ印象を、あわてて振り払う。そんな悪趣味な存在を――認めては、いけないのだから。


「手荒な事しかできなくて、ごめんね」


 唇が紡いだのは謝罪の言葉。もはや理性など残っているはずもなく、また残っていたとしても悲惨でしかないと言うのに、どうしてこんな事を言ってしまうのか。

 それは己に対する言い訳なのか、これからする事への贖罪なのか、解らなくて。


「必ずの元へ送り届ける。だから――今は、眠って」


 苦しげなうめき声をBGMに、剣を降り下ろす。狙うは心臓――が、あるはずの場所の、ほんの下。

 氷柱が貫いたせいか、それとも別の要因か、今度は毛皮に阻まれることもなく、すんなりと吸い込まれる《魔力剣》。手に伝わる肉を切る感触にほんの少しだけわき起こる罪悪感を飲み下し、一息にひねる。

 どちゃりと生々しい音を立て、一欠片の肉片が血溜まりの中に落ちる。

 跳ね上げられた血液がイノーヴァ地方の民族衣装を汚すのもいとわず、あたしは間近で微動たりともせず、その光景を網膜に焼き付ける。

 自分のやったことから、目を背けたくない。こんなあたしが持っている、最低限の倫理感。

 核を失った|《魔石獣》(ユウェルディール)が、体の端から崩れて――消滅していく。自らを維持していた力の固まりを失った、歪な命がたどる末路。

 後に残されたのは魔術によって生み出された氷の柱と、地面の上に転がる拳大の石――まるで宝石の原石のように、かすかな煌めきを内包している――のみ。


「安らかな眠りを。そしてどうか、次の生に幸多からんことを」


 気がつけば、祈りの言葉を口にしていた。

 こんなあたしにそんな言葉を、祈りをする資格などないのだけれど――願わずには、いられない。


「……アル姉」


 戦いの間、距離を取っていた白がおずおずと声をかける。


「解ってる」


 白が言わんとしていることは解る。戦いに時間をかけすぎた。すでにあいつの気配はなく、後を追おうにもご丁寧に、形跡を消し去ってくれている。これを探すとなると骨だし、そんなことをしながら後を追って、追いつけるかって言えば答えは否だ。


 ……本当に、敵ながらやることなすこと、見事すぎて反吐が出る。


「とにかく、まずはその子を休ませないと」


 その後どうするかな、と言いかけたあたしの感覚が、ふと人の気配を拾う。同じ物に白も気づいたらしく、警戒態勢を取る。

 拘束した盗賊連中が起き出したか? と思ったけれど、違う――洞窟内を反響しながら聞こえてくるのは複数の金属音。

 まるで大勢の兵士が踏み込んだみたいな、音。


「――って、マズっ。とっととずらからなきゃ!」


 突入してきたのはたぶん、近場の兵士たち。ここに巣くっていた盗賊連中についに業を煮やして兵を挙げた――だったら、どれだけ嬉しいか。

 大方あのバカ野郎が適当な理由をでっち上げて動かしたんだろう。そういうことは得意な奴だ、それくらい簡単にやってのけるって簡単に想像がつく。

 このままもたもたしていたら、一味の連中として捕まるか、あるいは被害者として保護されてしまうか――とにかく面倒な事になるのは目に見えている。こう言うときは、さっさと逃げるに限る。



 こうしてあたしたちは追われるように盗賊のねぐらを後にし、近くに準備しておいた野営地――つまり、ジークとリュートに食事を振る舞ったあの場所にいったん戻り、その後あたしだけ様子見に戻ったわけだけれど。


「……やってくれたわね、あの野郎」


 こっそり戻って確認した兵士たちの会話から解ったのは、盗賊団への襲撃はすっかり|《死刑執行人》(あたし)の仕業にされているって事。そして――盗賊たちは見るも無惨な状態で、皆殺しにされていたって事。

 いや、まぁ|《魔石獣》(ユウェルディール)が血の臭いを纏っていた時点でだいたい想像はできたし、あの場所にいた首領も躊躇なく踏みつぶしてた時点で想像はできたけどっ!

 また一つ悪名が増えることにうんざりしながら、ご丁寧に動けなくなった連中をなぶり殺したあいつに対し憎悪が増す。……人殺しについては、あたしにいえた事じゃないんだけれど。

 ともかく、これでしばらくあたしは動きが取りにくくなった。一応|《死刑執行人》(ディアノーディル)=あたしとほとんどの人に認知されていないものの、その関係者とは認識されている。まあ、ギルドに依頼を受けにいくとき|《死刑執行人》(ディアノーディル)のギルドカードを使っているから、むしろ本人と認識されない方につっこみを入れたいわけだけど――

 閑話休題。とにかくあたしの姿は道すがらの村々で確認されているだろうし、あの野郎が吹き込んだであろう話は、あながちすべてが嘘ではない。だからこそ厄介だ。

 いや、まあ普通の盗賊団とかならやりすぎだー程度のお叱りですむのだろうけど、何せここに巣くっていた連中はただの盗賊団ではなくて、ここ数年の不作によって膨れ上がっていた――食い積めただけの農民が、かなりの数含まれていた。

 そういう人たちには当然、この地方に親類もいるわ知り合いもいるわけで――討伐対がなかなか思い切ったことのできない理由の一つで、やはり身内に対し剣を向けることに抵抗感があったらしい。それを惨い方法で皆殺しにすれば、どうなるかは言うまでもない。

 本当に、人の情というものは厄介だ。どんな状況になっても、更正してくれると信じ説得し続けてた人たちから見れば、皆殺しという結果はけして喜べるものではない。例え殺されたのが自業自得といえるならず者まで落ちていたとしても、だ。

 また、恨み買っちゃったんだろーなとどこか人事のように呟いて、こりゃ長居は無用と思考を切り替える。

 恨みを買うのもいつものこと。こうやって、人から恨みを買うことにも慣れてしまった自分がいる。

 そんな自分に苦笑して、気配を殺し、身を隠していた岩陰から音もなく走り去る。

 さて、どう動くか――まずは彼女が目覚めてから。でなければ、動き用はないのだけれど。


「今度こそ、決める――」


 ――こんな事を、もうこれ以上繰り返すべきではないのだから。許すことなどできないのだから。

2013/06/26 公開

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