6 -覚醒-
「……あんの、バカっ」
苛立ちも顕わな声は、いったい誰に向けたものだろうか。
最初から気づくべきだったんだ――状況の不自然さに。
|《人喰らい》(マン・イーター)を押さえ込む作戦は、一見上手くいっているように見えていた。
でも、それがそもそもおかしい。だってあたしの身体能力は例え【身体強化】を使っても精々そこそこ鍛えた|《獣人》(けもののひと)に拮抗するかどうかといったところ。とてもではないけれど一人で――京子の補助を受けながらとはいえ、間違っても前衛に立って|《人喰らい》(マン・イーター)を抑えるなんて出来ないし、してもいけない。
それでもこの隊列にせざるをえなかったのは――戦闘中に捕食行為をされてしまえば、ますます事態を悪化させるからだ。
その点でいえば、まさしくあたしは|《人喰らい》(マン・イーター)に喰われる可能性のない存在な訳で――つまりは適材適所、だったわけなのだけど。
他にも京子が二人の元に向かおうとすれば、まるでそれを阻むような行動を取り、妨害をせざるを得ない状況を作り出して、結果として京子はこちらに足止めを余儀なくされた。本当に足止めが成功していて、余裕がない状態であるのならそんな事なんて不可能であるにも関わらず――だ。
今更すぎる後悔は、獣の咆吼によって断ち切られた。
空気が震える。肌を刺すような嫌な空気。
何もジークの上げた獣じみた咆吼だけのせいではない――大気中に、あるいは洞窟の岩壁など、あらゆるモノの中に存在している魔力が、ジークが放出する魔力に感化され、呼応するように震えている。
魔力は、何もあたしのような|《七族》(セッテラッツァ)、ルマソイドだけが持ち得る特別な力ではない。
水に、空に、地に、生き物に――この世界に存在する、ありとあらゆるモノに、量や質の差異はあれど内包されている。《存在の根本》から分化した、この世界のありとあらゆるモノの源となる、本来目に見えることのない要素。
けれど今、あたしの目には魔力の活性化を示す燐光が、薄暗い洞窟を華やかに彩っていた。
魔力を目視できるあたしにとって、ある意味では見慣れた光景。
だけど、いくら全ての存在がその内に魔力を内包しているからといっても今目の前で起こっているような現象は、そうそう起こるものではない。ましてや魔力に対する親和性が人間三種の中で最も低いとされるヒュームリアが単身、こんな現象引き起こすなんてあり得ない。
だって、ヒュームリアは三つの人種の中で体内に内包する魔力が最も少ない。そして魔力への親和性――魔力に対しイメージを伝えるなど様々な干渉を行う力――は大抵の場合、所有魔力に比例している。平均してみた場合、これもまた三種中最低となる。
なら、目の前で起こっている現象はどう説明するのかって――?
そんなの、前提が違っていれば異なる結果が導き出されるのは、ある種必然。
そのことを肯定するかのように、まるで泣き叫ぶように吠えるジークの姿に、異変が現れる。
黒い長髪に黒っぽい服、元から黒ずくめだった外見は肌すらも闇夜を思わせる漆黒に染まる。剣を生業にする者らしくやや細めではあるものの、しっかりと筋力のついていた体は見る見るその形を変え、今では一回りほど大きくなり、そこで悲しげな遠吠えを上げているのは大人の背を越える漆黒の巨狼。
口内にぞろりと列ぶ鋭利な牙、人を遙かに超える斥力を秘めた四肢。強靱な肉体同様気の弱い者ならば一睨みですくみ上がらせるであろう鋭い藍色の瞳は、今は怒りと悲しみに染まっていた。
人から獣への変化――魔術などの術を持ちいずにそんなことが可能なのは、古今東西あらゆる人種・亜人種含めてたった一種族しか存在しない。
|《獣人》(けもののひと)アニマロイド。|《獣島》(けもののしま)と呼ばれる島に暮らす人々は、人と半人半中の姿を生来持ち合わせている。
見る者に言い知れない不安と恐怖と不快感を振りまくのが|《魔石獣》(ユウェルディール)なら、漆黒の巨狼が纏う空気は|《魔石獣》(ユウェルディール)のそれのように不自然なモノから来る嫌悪感がまったく感じられない。むしろ清涼なものと言えるだろう――もっとも、全身から迸る隠すことすらしない激情がなければ、の話しだけれど。
突然の出来事に半ば呆然と立ち尽くしていた|《魔石獣》(ユウェルディール)が、巨狼が放つ威圧感を感じたかじりりと後ずさる。
それが引き金となった。怖じ気づく|《魔石獣》(ユウェルディール)に藍色の眼差しを向けると、漆黒の巨狼は激情と共に飛び掛かる。
その動きは、巨体にも関わらずまるで矢のように速い――【身体強化】を使い魔力によって身体能力の底上げをしていなければ、きっと身体能力的には平凡なルマソイドにすぎないあたしには黒い風が走り抜けたようにしか認識することは出来なかっただろう。
文字通り瞬き一つの間に肉迫し、漆黒の巨狼は|《魔石獣》(ユウェルディール)の歪な喉元に鋭い牙を突き立てる。
とたん、噎せ返るような血の匂いが洞窟内に充満する。
勢いよく吹き出した赤黒い血を気に止めることなく、漆黒の巨狼は頭を一降り――|《魔石獣》(ユウェルディール)の咽を食い破る。体格的に考えれば、|《魔石獣》(ユウェルディール)の方が漆黒の巨狼よりも一回りも二回りも大きい。だけど両者の間にある体格差など、まったくもって問題にはならなかった。
明らかに致命傷を負った|《魔石獣》(ユウェルディール)を、漆黒の巨狼は尚も飽き足らないのか力任せに引きずり倒す。もはやそこにあるのは圧倒的な力を振るった|《魔石獣》(驚異)ではなく、絶対的強者の手によって狩られる運命にある哀れな|獲物(弱者)でしかなかった。
轟音、悲鳴。くぐもった断末魔と共に生々しい水音。びちゃりと飛び散る音と共に、生臭い血の匂いがいっそう濃くなった。
「は……はははっ! なんだよ、あれ。初めての変化であの威力かよ……! とんだ当たりだなぁ、オイ!」
「|《人喰らい》(マン・イーター)ぁっ! あんた――初めから、これが狙いで……っ!」
「オイオイ、何今更なコト言ってるんだよ? んなこたぁ元より判りきってたことだろう?」
ジークの異変――|《変化》(へんげ)、いや《獣化》につい気を取られていたあたしの意識を引き戻したのは、皮肉なことに|《人喰らい》(マン・イーター)の声だった。
隠しきれない狂気が滲むその声は、聞く者に途方もない不快感を、嫌悪感を振りまく。
「ああ、そうね――だからあんたは……彼女にあんな事を吹き込んだのか……っ!」
怒りを抑えることをしない声に、けれど|《人喰らい》(マン・イーター)は涼しい顔。
「おうよ。それ以外に何があるってんだ? お前は敵意を向けた奴にゃ容赦しないからな。あっさり返り討ちになるとふんでたんだが……それが何をどう転んだか、手を組むなんて事になったんだか。てんで想像もつかねぇ……つか、何で仇と手を組むんだよ? だいたいお嬢はお前にとっちゃ討伐対象だろ?」
「お生憎様、彼女は親のしていたことを何一つ知らないわ」
「はん、咎人の子に罪は無しってか。……らしくねぇ正論振りまわしてるんじゃねーよ」
「まさか。でも……そうね、当人が選んだわけでもないモノで咎めるなんて、なんとも心の狭い行いでしょう?」
「けっ、どの口がぬかす」
「お互い様でしょう、それは」
「――ああ、そうだな」
今にもはち切れそうな空気の中、言葉の応酬を止めない。にぃと唇の端をつり上げた顔には、隠すことない狂気が浮かぶ。
「未熟より完熟。未覚醒よりも覚醒済の《魔石》の方が、吸収できる力も多い。久々に見つけた獲物なんだぜ? ちゃんと調理しなけりゃせっかくの素材が台無しってもんだろう?」
「――そう、だったわね。今更よね。……にしちゃ、随分とまぁ浪費してるみたいだけど? たった一つの《心臓石》を得るために、何体もの|《魔石獣》(ユウェルディール)を用意しちゃって……《心臓石》を使いまくっちゃって。コストが釣り合っていないんじゃない?」
「はん、今更あんな屑石喰ったってろくな足しにもなりゃしねぇんだよ」
「……ホント、最低ね、あんた」
「はっ、てめぇが言えた義理かよ」
言葉の応酬をしている間も、あたしと|《人喰らい》(マン・イーター)との間では剣と氷の槍が火花を散らす。死角から襲わせたはずの氷槍はこともなげに避けられる。避けた先、串刺しにするように襲いかかる別の氷槍は剣の一降りで叩き落とす。
|《人喰らい》(マン・イーター)と比較した場合、近接戦闘におけるあたしの身体能力は明らかに劣っている。元より《御霊喰らい》を繰り返し人外の力を手に入れた|《人喰らい》(マン・イーター)を相手に、正面からの力比べで分があるなんて夢にも思っちゃいない。
標的を外し体勢の崩れたあたしに向け、牽制を弾き飛ばし追い打ちをかけようとする|《人喰らい》(マン・イーター)。繰り出される剣をすんでのところで身を沈めかわし、すれ違いざまに別の魔術を発動。|《人喰らい》(マン・イーター)が持つ剣に薄い水色の燐光がまとわりつき、次の瞬間にはぶ厚い氷に被われる。
そのまま掴んでいてくれれば腕の一つを封じることが出来ただろうけれど、そうは問屋が下ろさない。剣が冷気を帯びた時点で異常を察知した|《人喰らい》(マン・イーター)は、自らに被害が及ぶ前にもはや鈍器としてしか役に立たなくなった剣を呆気なく投げ捨てている。
面倒そうな舌打ち一つ、けれどその動きは鈍くなるどころか、むしろ余計な重りが無くなったことで速度を増す。四方八方から襲いかかる氷槍をこともなげにかわす姿はさながら曲芸師のようだ。
元々はどうだったかは知らないけれど、|《人喰らい》(マン・イーター)の戦闘スタイルに特定の武器は含まれない。身体能力が高い分、素手での格闘も問題なくこなす。空振りした魔術から意識を引き上げ、目の前に氷の剣を生成。迫り来る拳をどうにか受け流す。
「ちっ」
けれどそこにある斥力の差は明らか。元々三種中身体能力最低クラスのルマソイドだと言うこと、男と女の性差、年齢的なもの――様々な要素はことごとくが|《人喰らい》(マン・イーター)に軍配をあげている。殺しきれなかった衝撃が腕を通じて体の芯に鈍い痛みを与える。
たたらを踏むあたしに向け、更なる追撃を繰り出す|《人喰らい》(マン・イーター)。氷の盾を生成し、進路を妨害――さらには盾を苗床に、氷の蔦を生み出す。絡み付こうとする蔦から逃れるため、|《人喰らい》(マン・イーター)は背後に飛ぶ。
その場所に、待ち構えているのは無数の氷槍――
「白、なにぼーっとしてるの! あの子の所へ行って治療、それと簡易でいい、結界の展開!」
「え――? で、でもっ」
「でももへったくれもない! あたしはこいつの相手で手が離せないっ。それに――あたしが今行ったら、とどめをしに行くよーなものでしょうがっ!」
あたしと同じようジークの《獣化》に当てられ呆然と立ち尽くしていた京子に向け、檄を飛ばす。
何か言いたげではあったけれど、結局京子はあたしの声に背を押される形で倒れたリュートの元へと駆けて行く。
――それで、いい。だってあたしがあんな事になっている場所に行こうものなら、どんな結果が待っているか……それは、このあたしが何よりも誰よりも知っているのだから。
だからきっと、この胸の内に蟠る無力感は身勝手な感情。
「へぇ、流石の|《殺し屋K》(キラー)殿も、ご自分の資質はしっかり弁えてらっしゃるよーで」
「……いちいち五月蠅いわね。減らず口の多い男はモテないわよ」
四方八方から、いっそ針ネズミにしてやるつもりで氷槍を雨あられと降らせたにも関わらず、難なく躱して平然とした様子の|《人喰らい》(マン・イーター)に苛立ちは隠せない。
「ははっ、そう言う生意気な女は男からすりゃ征服意欲を刺激されるんだぜ?」
「気持ち悪いセリフをどうもありがとう。お礼に二度とそんなことが考えられないようにしてあげるわ」
「安心しな、いくら飢えててもてめぇみたいなまな板相手にさからねっての」
「うん、黙ろうかゲス野郎」
交わされるのは険悪な言葉。
間髪置かず第二ラウンドが始まったことは、もはや言うまでもない。
「ん……っ?」
「よかった……間にあったぁ」
胸に熱を感じて、重い瞼を上げる。たったそれだけの事なのに体は重くて、気だるさから思うように動けない。そのまま眠ってしまいたい――そんな誘惑が、すごく魅力的で。
だけど焦点の合わさらないぼんやりとした中、心配顔の京子がわたしのことを覗き込んでいて、|《変化》(へんげ)の影響か縦に割れた瞳孔が、化け物の瞳を連想させて――
「ジークは――いっ!」
「むり、しちゃダメ! 血、いっぱい出て、傷もふさいだけどちゃんと治せたわけちがうから……」
「……ジークは?」
気遣う言葉と、背中に走った引きつるような痛みで思い出す――出口についたと油断して、|《魔石獣》(ユウェルディール)に襲われて、咄嗟にジークを突き倒して、それで――
「じーくは、怪我、してないよ……りゅーが、そんななってまで守ったもん……」
なら、どうしてそんなに歯切れが悪いんだろう?
京子の様子から悪い予想を浮かべるのは簡単で、ジークの姿を探し暗闇の中目を懲らす。
そこで目にしたものに、呆然と言葉を失う。
暗闇の中にいたのは、二頭の獣。
一頭は今まで似たものを何度も見ているから、言われなくても判る。禍々しい赤の毛並みは見る人に吐き気を与え、いびつに歪んだ四肢は本能的な嫌悪感を呼び覚ます――|《魔石獣》(ユウェルディール)。
|《魔石獣》(ユウェルディール)と相対するのは一回りも二回りも小さな獣。牙も、爪も、体を覆う毛皮も光を吸い込むような漆黒なのに、瞳だけがほんの少しだけ青みを帯びた藍色をしている。闇に溶ける漆黒の毛並みはまるで雨に濡れたみたいに、てらてらと艶を帯びていた。
見た事のない獣のはずなのに、どうしてだろう、黒い獣を目にしたとたんどうしようもない感覚が沸き上がってくる。
呆然とするわたしの視線なんて気にも止めず、二頭の獣は唸り声を上げたまま、互いに牙を、爪をぶつけ合う。そんな二頭の足下には、何かが転がっている。薄暗くて何なのかは判らなくて、そんなことを考えている間にも黒い獣と|《魔石獣》(ユウェルディール)の戦いは続く。
体格では|《魔石獣》(ユウェルディール)の方が飼っているはずなのに、体に秘めている力は黒い獣の方が強かったんだろう――正面からの押し合いは黒い獣に軍配が上がる。体勢を崩した|《魔石獣》(ユウェルディール)の喉元へ向け牙を突き立てた黒い獣は、そのまま地面に引き倒す。
黒い獣の牙を外そうと|《魔石獣》(ユウェルディール)も抵抗するけれど、体勢の悪さもあってか逃げ出すことが出来ない。その内に、暴れていた手足が力を無くして動きを止めて――ばきん、とやけに生々しい音。
|《魔石獣》(ユウェルディール)の首があってはならない方向に折れ曲がり、元々の歪さかさらに増した。まるで狂った彫刻家が作り上げた彫像のようだ――そんな想いがちらりと頭を掠める。
黒い獣は動かなくなった|《魔石獣》(ユウェルディール)に対して興味を失ったのか、無造作に投げ捨てられて、先に散らばっていた肉片の仲間入りした。
蹂躙。
目の前で繰り広げられた惨劇は、もうそうとしか言いようがなくて。
普段なら絶対目を背けるはずの光景に、でもどうしてかこの時わたしは目を話すことが出来なかった。
「……ジーク?」
唇からこぼれたのは見知った人の名前。
そんなはず無いのに、どう見ても違うのに、一度口に出した言葉は何故かすんなりと胸に落ちて、そのことにますます訳がわからなくなってしまう。
一瞬だけ、黒い獣の耳がこっちに向いたような気がするけど、そんなはずないんだよね――?
わたしの疑問に応えることなく、黒い獣はどこからか現れた新手の|《魔石獣》(ユウェルディール)に向き直る。
黒い獣の足下には、ついさっきまで動いていた|《魔石獣》(ユウェルディール)の亡骸が転がっているけれど、新手の|《魔石獣》(ユウェルディール)はそんなものなんてまるで気にした様子もない。血と肉でぬかるむ地面の上、二頭の獣はぶつかり合う。
「……わかるの?」
「え? わかるって……なにが? ねえ、いったいどうなってるの? ジークは? 何で|《魔石獣》(ユウェルディール)があんなに……それに、あの黒い獣は……?」
「………」
矢継ぎ早に向けた疑問に、京子は押し黙ってしまう。その行動が、沈黙がますます不安をかき立てる。次の言葉を続けようとした丁度その時、京子は口を開く。
「あの黒いのはじーくが|《変化》(へんげ)した姿なの……。じーく、みやと同じ|《獣人》(けもののひと)》」
「え……?」
一瞬、京子がなにを言ったのかわからなくて――言葉を理解しても、意味がわからない。浮かんでくるのは数々の疑問。
「嘘……だよね? だって、ジークは大陸で生まれたんだよ……? ジークの村の人も普通の人だし、そんなこと、だって今まで一言も」
「|《獣人》(けもののひと)、|《獣島》(けもののしま)だけにすんでる、違う。獣の力、宿すことできる人のこという」
「でも! 一緒に旅してたけど、こんなこと今まで無かった!」
思わず大きくなる声に、京子は静かに首を振る。
「|《変化》(へんげ)は|《獣人》(けもののひと)みんなできるけど、ちーさいときに周りの人がしてないと、けっこう気づかない。そのまま大人になって、|《変化》(へんげ)できるってじぶんでもおもってない」
「でも……」
「じーく、ほかの人に比べて力強いとか、そんなことなかった?」
真っ直ぐに向けられる、わたしの目とよく似た金色の瞳。アルフのアイスブルーの瞳とは違う、でも心の中を覗くような瞳に見つめられて、反論することが出来なくなる。
確かに、ジークは細身な方で、なのに力が強いってよく言われる。ジークだって体を鍛えていない訳じゃないんだけど、ギルドに登録している人達はもっと手足が太くて丸太みたいになっている人だっている。だから普通くらいのジークが余計に細く見えてしまうんだろう。そのせいか、時々依頼した人がジークを見て本当に仕事が出来るのかって心配することも少なくない。
それに――わたし自身が、京子の言ったことを心の底から否定できないでいる。むしろそう言われて、ああそうなんだって納得してしまっている。
「……本当、なの?」
「うん……」
頷く京子。その姿は、とてもではないけれど嘘をついているようには見えない。
本当、なんだと思い知る。
「なんで……?」
どうしてジークは自分のことを|《獣人》(けもののひと)だって教えてくれなかったの? 知らなかったの? どうして?
自分でもわからないもやもやした気持ちは、言葉になることはなかった。
|《魔石獣》(ユウェルディール)たちが振りかざす毒々しい色をした爪も牙も、そのどれもがジークに当たることはなかった。虚しく空を裂き、空振りで体勢が崩れた|《魔石獣》(ユウェルディール)を確実に、躊躇いなく仕留めていく。ジークは簡単に避けているように見えるけれど、|《魔石獣》(ユウェルディール)の動きはとても速い。もしわたしがあの場所にいたとしたら、きっと避けることどころか反応することだって出来無いと思う。
対するジークは|《魔石獣》(ユウェルディール)と比べたら小さな体を利用して、群がる|《魔石獣》(ユウェルディール)たちの間を縫うように駆け回っている。風のように素早く懐に潜り込んで喉元に牙を突き立てたかと思えば、瞬き一つの間に別の|《魔石獣》(ユウェルディール)に襲いかかっている。ジークがのまるで泣き声のような唸り声と、身の毛のよだつような悲鳴が上がる度に、赤黒い血が飛び散ってジークの黒い毛並みを濡らしてゆく。
たくさんの|《魔石獣》(ユウェルディール)がいたはずなのに、もう立っているのは一匹しかいない。その一匹も仲間が惨殺されたことに怯えたのか足を止めた。そこを強襲されて、引き裂かれた脇腹から勢いよく流れ出す血と一緒に臓器がこぼれ落ちた。
「は……化け物かよ、あれは」
|《魔石獣》(ユウェルディール)の力ないうめき声が消えていく中、聞こえてきたのはそんな言葉。
はじかれたように視線を向けると、視線の先で榮が嬉しそうに呆れたように嗤っていた。
「榮……? なんで、そんな酷いこと言うの? 榮だって同じ|《獣人》(けもののひと)なんでしょ……なのに、なんで……?」
「やっぱり……あんた、《魔石使い》か――っ!」
戸惑うわたしとは正反対に、隠すことの出来ないいか入りと憤りを露わにしたアルフの声。
「魔石……使い?」
「大陸の人のなかで、魔力使うこと、得意な人たちのことみやたちそーよんでる。大陸の人、魔力もってるのすくないからまこー石や《魔石》がないとアル姉みたいに魔術、使えないけど……」
わたしの疑問に答えたのは、すぐ側にいる京子だった。たどたどしい言葉とは正反対に、その内容はわたしを驚かせるには十分で。
「みやたち|《獣人》(けもののひと)、|《変化》(へんげ)するために体のなか、魔力もってる。《心臓石》てよぶ……《心臓石》は、魔力もった石。だから……」
「《魔石》って、よばれてる」
だからわたしは――告げられた言葉の意味を、すぐには理解することが出来なかった。
「冗談……だよ、ね……?」
「……だったら、よかったのにね。そうだったら《大戦》なんてなかったのに」
肯定して欲しかった言葉は、悲しいくらいあっさりと否定される。
悲しそうな顔が、やりきれない気持ちがにじみ出す言葉が、京子が言ったことが冗談なんかじゃないってことを、本当のことだということをなによりも雄弁に語っていた。




