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黒き獣と赤の少女  作者: 竜胆 梓
三章 《狂獣》
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2 -人殺しのささやき-

「とりあえずいろいろ聞きたいことはあるでしょうけど――ここはひとまず、お互い状況把握のためにも情報公開といかない?」


 おどけたようなアルフの言葉。だけどその目にはついさっきまで見せていた茶化すような雰囲気はなくて。わたしはなにも言い返すことが出来ずに、ただ黙ってアルフを見上げるしかできなかった。



「先にあたし達がここに来た理由を話そうか。

 突入前に話した通り、あたし達はあるモノの回収に来た――この辺り一帯を根城にしていたあの連中が、大量の《魔石》を所持・売買しているって噂があってね。その回収に、ね。おまけにその連中に|《人喰らい》(マン・イーター)も絡んでるとか耳に挟んだら、尚更ね。

 《魔石》は知ってる? ……その顔は聞いたことはある、かな。そう、魔鉱石とも呼ばれる物――ね。え? 取引は禁止されてるって? うん、その通り。だけど世の中、決まり事を守らない不届き者は掃いて捨てるほどいるのよ。

 ……|《魔石》(あれ)は強い魔力を内包している。強い力は、当事者が望む望まざるに関わらず欲深な人間を引き寄せる……多少の罰則だあったところで、それ以上の利益があると判断すればその前の障害なんて歯牙にもかけない。そんな輩が、いつの時代にもいるのよ。

 ああ、話が逸れちゃったわね。とまぁそんな訳で《魔石》の回収に来たんだけど、あの後――別れた後、ね。盗賊達の倉庫に行ったんだけど、倉庫にあるはずの《魔石》は姿も無し。で、嫌な予感がしたから慌てて引き返してみれば、|《人喰らい》(あの野郎)が出てくるわ|《魔石獣》(ユウェルディール)を呼び出すわで――

 うん? ……あ、そっか|《魔石獣》(ユウェルディール)を知らないか。ああ、バカにしてるわけじゃないわ。むしろ知ってる方が問題だし――貴女も見たでしょう? あいつが呼びだした異形の獣。あれの事よ。あたし達は、あの存在を|《魔石獣》(ユウェルディール)って呼んでいるの。

 その名の通り、あれは《魔石》を核にしている。魔力の固まりである《魔石》を核に生み出された召喚獣であり、ある種の人工精霊にも近い。そうね……ゴーレムとかの《魔法生物》は知ってる? あれの一種、って考えてくれればいい。

 それが、まぁあの後好き勝手暴れ回ってくれちゃってね。どうにか静めた頃には、|《人喰らい》(マン・イーター)にはジークを連れてまんまと逃げられるし、あっちこちほんともう酷い有り様で……複数、居たのよ。

 あの場所以外にも、もう数体。あんな姿じゃ、もう理性なんて残っちゃいない。主に下された命令にただ従うのみ……たぶん、あそこにいる人間を手当たり次第殺すように命令されていたんでしょうね。相手が動ける状態であろうとなかろうと、その命令のまま動いた……そういう事よ。

 ああ、見に行かない方がいい。今この地方の兵士達がこぞって押しかけてる。下手に顔を出したら面倒なことになるわ。

 ……兵士がなんで来てるかって? 大方あいつが適当な事言って引っ張り出してきたんでしょうよ。……ったく、こういうところだけは嫌味なくらいに抜かりがない……

 とにかく、あんな状況じゃ落ち着いてられない、下手したら参考人どころか色々面倒なことになるしね。さっさとここまで退散した――って訳」



 一人話し続けたアルフは、話しに区切りがついたと宣言するように手にしていたカップを仰いで咽を湿らせる。


「――と、まあ今あたし達が把握しているのは、だいたいこんな所かしら」


 まるでなんでもないことのように、あっさりと締めくくる。

 アルフの話しを聞いていたわたしと言えば、あまりのもたくさんのことを伝えられて頭が追いつかなくて――アルフが話したことが本当なのか、それとも作り話なのかわからなくて、ただただ困惑するばかりだった。

 状況を整理しようと客観的に聞いたことを整理してみる。でもそうするとアルフはわざわざわたしを助けてくれたみたいで――でも、そのことを認めたくない自分がいた。


 だって、アルフはお父さんとお母さんを殺した。それは、本人だって否定していない。


 なのに――なんで……


「……どうして」


 こんなことを教えるの?

 仇じゃないの?

 なんでえいはジークにあんなことをしたの?

 わたしのこと、助けたの?

 お父さんとお母さんを殺したのに、なんで? どうして? なんで?


 疑問ばかりが頭の中をぐるぐると回って、きちんと言葉が出てこない。


「別に? 恩をきせるつもりもこれっぽっちもありゃしない。――今回のこと、こっちが巻き込んじゃったみたいなものだしね。そうだとしても、貴女は当事者なんだ。保護者をあのバカがかっ攫っていってくれたし、状況を知る権利はあると思ったから。……それだけよ」


 そうやってわたしの疑問に答えて、さてと言葉を切るアルフ。

「こっちの事情は話したわ。――貴女の事情を教えてくれない?」

「……知ってるくせに」

「あら、それは単なる状況からの推測にすぎないわ。どうしてここへ来たのか、なんのためにここへ来たのか――当事者の口から、きちんと聞きたいと思うのは、そんなにおかしな事かしら?」

「………」


 わたしを見つめる氷色の瞳。なにもかもを凍てつかせてしまうような、冷たい色。

 そのはずなのに、それだけじゃなくて――


「……この地方に行けば、仇の手掛かりがあるって……榮が」


 気が付けば、わたしはぽつりぽつりとこの場所に来ることになった理由を口にしていた。


「三年前にお父さんとお母さんが殺されて、わたしは一人になって――でも、ジークがいてくれて、一緒に仇を討とうって、そう言ってくれて――」


 もしあの時ジークが連れ出してくれなかったら、今頃わたしはどうなっていたんだろう?

 不安と悲しさでいっぱいになって、他のことなんてほとんど考えることができなくなっていたあの時。たった一人で知らない場所に行っていたら、どうなっていたんだろう――込み上げてくる不安と悲しみ。理不尽に対する怒りが――沈めたはずの気持ちが、止まらない。


「なん、でっ――お父さんとお母さんを殺したのっ?! ジークは、なんで榮に……なんでっ」


 止まらない疑問。責め立てる言葉を、アルフは目をそらすことなく受け止めた。

 そのことが、余計に気に障る。

 だって、この人はあんな酷いコトをしたのに――どうして、こんなふうにしていられるの――っ!


「……それを知って、どうするつもり?」

「え……?」

「今回のことは、あたしの落ち度でもある。きな臭いのはわかっていたはずなのに、貴方達を巻き込んじゃったどころか、あいつにまんまと出し抜かれたわけだしね――だから、あたしには貴女の疑問に答える義務がある。もっと言うなら、貴女の望みを叶える義務、かな」

「だったら――」

「ただし、答えるのは、叶える願いは一つだけよ」


 突き放すように告げる。


「なんでっ!」

「なんでもなにも、それが相応でしょう? 流石に死ねって言われたら、はいそーですかとは言えないけどね。

 一つの|事象(厄介事)に巻き込んだから、一つの願いを叶える。――偏った天秤は崩壊を招く。他者に何かを望むのであれば、相応の対価が必要となるのは世の常よ」


 あっさりと答えて、アルフは真っ直ぐに視線を向ける。そこには嘘もわたしを見下しているような様子も何も無くて、ただ瞳の色と同じ、透明な氷のような――

 氷色の瞳に見据えられて、気付いてしまう。どれだけ食い下がったとしても、アルフは宣言した以上それを守るってことに。


 ――でも、そうだとしても相手はお父さんとお母さんの仇で、そんな人の言葉を簡単に信じるなんてできなくて……ううん、違う。信じられないんじゃなくて、信じてしまいそうになるわたしが、嫌なんだ。

 アルフの言ったことを認めてしまえば――お父さんとお母さんを殺されたことを認めてしまうみたいで、そんな人に頼みごとをすることが嫌で――


「別に、さっきも言ったけど恩をきせようなんて思っちゃいない。むしろ憎んでもらって構わないわよ」

「え……」


 まるでわたしの心が聞こえていたみたいに、向けられたのはそんな言葉。

 何気なく向けられた言葉にはやっぱり気負った様子は全然なくて、だからこそ何を言われたのか、わたしはわからなくなる。


「なーに意外そうな顔してるの? だって、事実でしょ? あたしは貴女が当たり前に受ける事のできるはずだったものを奪った――自分勝手な、あたし自信の都合で。そのことは、例え天地が逆さになろうと変わることない純然たる事実。

 だから貴女がそうしたいのなら罵倒だろうと敵討ちだろうと、好きなことをすればいい。あたしは止めもしないし、そんな権利端から持ち合わせちゃいない」


 ――何を言っているんだろう、この人は。


 淡々と語られる言葉の意味は知っているはずなのに、それら全ての意味することが理解できない。まるで頭が理解する事を拒んでいるみたいで――


「ま、勿論仇を討とうっていうのなら――こちも全力全開で抵抗させてもらうけどね」


 きっぱりと、なんの戸惑いもなく宣言。


「な……なにそれ、そんなの……」

「うん? 別段おかしな事でもなんでもないでしょう? 自分を害そうって輩を前に、無抵抗にはいどーぞって命を投げ出すほど、人間出来ちゃいないのよあたしは」

「――っ、ふざけないで!」


 おどけたように言うアルフに向け、気が付けば怒りの声を張り上げていた。


「別にふざけてなんかいないわ。殺されそうになったら抵抗する、そんなの生きている者としては至極当たり前のことでしょ。だから貴女が望むのなら、そうすればいい。仇討ちを挑んで、この首、あいつが言ったように討ち取って持って行けばいい。――問答無用で無差別に毒薬ばらまくよーなの信用するのなら、の話しだけどね」

「あたりまえって――」


 あっさりと返ってきた言葉に、言い返す言葉が見付からない。同じ言葉を喋っているはずなのに、どうしてこうも会話がかみ合わないんだろうか。

 怒ったように声を大きくしているわけでも、特別強い口調をしているわけでもないのにアルフの顔には焦りの一つもなくて、余裕すら浮かんでいる。上手く言葉に出来ない、薄ら寒いものが背中を駆け上がる。


「当たり前は当たり前でしょう? 例えどんな理由があろうと、人殺しは所詮人殺し。他者を害しようというのなら、同じように自分が害される可能性も考慮しておかなきゃ。

 ――ねえ、もしかしてあたしがあの時なんの前触れもなく凶行に及んだと思ってる? 貴女の両親にも屋敷の住人にも気取られることなく、問答無用でそれらを為したと。

 残念ながら、どちらもハズレよ。あの件はあの人達が回避しようと思えば回避する事だって出来たし、そもそもこちらは再三警告をしていた。もっといえばあの日、あたしを返り討ちにすることだって不可能ではなかった。……何しろ地の利は向こうにあった。向こうは所謂ホームグランドで、あたしは単身適地に飛び込んでいったわけだからね。

 結果的にはそうならなかっただけで、あたしが返り討ちにされている可能性だって、十分にあったわ」


 まるでなんでもないことを話すように、まるで他人ごとみたいに、まるで聞き分けのない子供に言い聞かせるみたいに、言う。


「――それに、さ。貴女にあるの? その覚悟が」

「かく、ご……?」

「人を殺す、その覚悟が」


 思いもかけず向けられた、強い口調。思わず視線を上げると、怯むことのない氷色の眼差しがわたしを見下ろしていた。


「だって、貴女何かを殺した事、ないでしょう?」

「――っ」


 図星、だった。

 街から街に移動しながら暮らす人達は、街の中で暮らす人よりもそんな場面に立ち会うことが多い。勿論みんながみんなそうじゃないけれど、少なくとも全体で見たらそうなっているんだって。

 わたしも旅をしているわけだから、食べるためや生きるために何かを殺すことはあるはずだったんだけど――そう言う時、例えば獣の群れに襲われた時とか盗賊の襲撃を受けた時なんかはわたしは馬車の中に隠れていて、矢面に立つのはいつもジークだった。野宿をする時に調理する獣の肉だって、ジークが先に絞めてくれていたから、わたしの手でそれをしたことはない。


 だからわたしは、わたしの手はなにかを殺したことが――無い。


「殺すって、口では簡単に言える。けど、それに伴い発生する諸々は様々よ。どんな相手だろうと、どんなに憎い存在であろうと、どんなに極悪な犯罪者であろうと――別の誰かと繋がっている。もしかしたら、愛している者だって居るかもしれない、好感を持っている者だって居るかもしれない。

 それを、自分の都合で殺すんだ。恨まれもする、憎まれもする、仇を討ちたいと願うほど、憎悪を燃やす人だっているかもしれない――今の、貴女みたいに。

 どんなに綺麗事を並べようと、どんなに正当な理由があろうと、人殺しは所詮人殺し。恨まれもする、憎まれもする、疎まれもする――恐怖される。

 ねえ、それら全てを受け止めて、背負う覚悟が貴女にあるの? 三年間憎悪し続けてきた相手と、同じところに墜ちる、その覚悟が――貴女にあるの?」


 まるで歌を歌うように、問う。


 勝手な言い分だと思う。そう言ってしまうのは簡単だ。

 だってアルフはわたしのお父さんとお母さんを殺している。今更そんなことを言う資格なんて無いって、そう否定したい。

 でも喉元まで出かかっていた言葉を口にすることが出来ないのはいつもの発作じゃなくて、それが正論だって解ってしまっているからで。

 じっと見つめるアルフの視線は、今でも命を奪う覚悟が出来ているのか、そう問い掛けているみたいに見えた。

 氷色の眼差しに見つめられて、反論一つ出来ないことが悔しくて――


 あの日の光景が頭に浮かんだ。朱に彩られた記憶。今でも繰り返し見る悪夢。

 逃げ惑う無力な子供わたし、真っ赤な床に倒れたお父さんとお母さんの姿、燃え上がる炎に呑み込まれる懐かしい場所。

 地獄のような光景。そんな場所から助け出してくれたのがジークだった。その後も、わたしの側にはいつもジークがいてくれた。旅に連れ出してくれたのもジーク。旅の間、いつも側に感じていたジークの存在が、今は感じられない。


 そのことがたまらなく寂しくて、悲しくて――薄暗い洞窟での記憶が洪水のように押し寄せてくる。

 朱と黒、二つの悪夢は混ざり合って、ぐちゃぐちゃになって――



「わたし、は――」

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