0 -残響-
地の底から音が響く。
まるで唸り声のような風の鳴き声。ごうごうと響く音に反し、周囲の空気は重くよどみ、ただ息をする事さえ億劫だ。
気怠い体をどうにか動かそうとし、出来ない。仕方なく目を懲らしても周囲は薄暗く薄ぼんやりとしており、どうにか物の輪郭が確認出来る程度。暗闇の中むき出しの地面に身を横たえたまま、いったいもうどれだけこの場所にいるのか、こうしているのか、もはや彼には推し量る事すらできない。
手足は鉛のように重く――否、まるで己のものではないかのように、彼の意思に応えようとしない。何故、どうしてという戸惑いは、明確な形をなす前に端からほどけてしまい、思考からこぼれ落ちる。
まるで霞がかったように、明瞭としない意識。それでもどうにか己が置かれた状況を把握しようとするが、そんな感情すら浮かべた端から霞に沈み、意識を保つ事すら困難で。
もどかしさや無力感すら胸中に止まる事なくこぼれてゆき、残されるのは本人にすら理由のわからない焦燥感。
早く、早くと急かす思いとは裏腹に、体は動く気配すらない。
いったい自分は何故この場所にいつのか、何をこれほど焦っているのか――そんな思いも端からほどけ、ここに至るまでの記憶をたどる事すらままならない。
そんな彼を嘲笑うかの如く、風の音は勢いを増す。風――聞く者によってはまるで人の声のように聞こえるそれは、様々な感情を歌い上げる。
憎しみ、苦しみ、妬み、嘆き、恨み、僻み、悲しみ――
幾重にも折り重なった負の感情。誘うように――警告するように――繰り返される声は、重苦しい空気と混じり合い更なる息苦しさを作り出す。
ともすれば己の同類に引きずり込もうとまとわりつく怨嗟の念。苦しみや嘆きといった強い負の感情。
もはや変わる事のできないそれらが、ただでさえ散漫な青年の意識を霧散させる。
まるで地獄の一部であると言われても信じてしまえるだろう負の感情の坩堝。そんな中にどれだけいたのか、どれだけの時が過ぎたのか、いい加減わからなくなった頃――
土を踏みしめる音が、鼓膜を揺らす。
その音に初めて今まで感じていた声は現実のものではなく、焼き付いた今の際の感情である事を知る。
現れたのは一人の男。その足取りは何に躊躇する事もなく、周囲に満ちた負の感情を気に止める様子もない。むしろ男の存在に、怨嗟の声がいっそう音を増す。
まるで男に怯えるように。まるで一矢報いようと届かぬ敵意を向けるように。
怯え、恨み、憎しみ、怒り――様々な感情を向けられて尚、男は気に止めた様子もなく、周囲を満たす異様な空気の中で平然としていた。
声共があの手この手を用い男を害しようと試みるも、そのどれ一つとして成功する事はない。
そうして、どれ程経ったか――土を踏みしめる音が、再び青年の耳に届く。
男のものよりも小さく、僅かに確認出来るたいまつの明かり同様頼りない足取り。やがてその場所に姿を現したのは、まだ年端もいかない一人の少女。
その姿を目にした瞬間、青年の中にあった焦燥がいっそう高まる。
いまだ明瞭としない意識は少女が誰なのか、答えない。けれど知っていると、訳もなく確信する事ができた。
けれど――それはこの状況を好転させる材料にはならない。
むしろ、最悪と言っていい。新たな生者にざわつく声共が奏でる雑音が、ノイズのように青年の意識を乱す。
逃げろ――と、気が付けば動かぬ体のまま、縋るような祈りを向けた。




