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黒き獣と赤の少女  作者: 竜胆 梓
二章 《流れ星》
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9 -混沌と混乱の果て-

「え……?」


 目に映る光景を、信じられない思いで見上げる。

 のどからこぼれた声が、まるで自分のモノじゃないみたいにぼんやりと耳に届いた。



 ジークはえいと合流しに行った、そのはずなのに――



 どうして榮の腕がジークの腹部にあるのか。膝をついたジークをまるで荷物みたいに乱暴に担ぎ上げているのか。

 それがどういう意味なのか――わかっているはずなのに、わかるはずなのに、頭が受け付けようとしない。目の前で起こったことを否定する。


「ジーク……?」


 名前を、呼ぶ。


 いつもならすぐに返ってくるはずの返事が、今はなくて。

 ただそれだけのことで――どうしようもない不安が全身を駆け上がる。


「――っ、ジーク!」

「あっ、ダメ!」


 沸き上がる不安に突き動かされるまま、駆け出そうとした私を止めたのは|びゃくの腕。がっちりと抱きかかえるように背中から捕まえられて、その場に押し留められた。


「なに、するの――放して! 放してよっ!」

「ダメっ。今行くの、危ない!」

「~~っ! ジーク、ジークっ、ジークっ!」


 いくら振りほどこうと力を込めても、暴れても、がっちりと捕まえられた腕を振り払うことが出来ない。そのことが悔しくて、情け無くて――高ぶった感情が、いつもの発作を引き起こす。ひりついた咽からこぼれるのは掠れた空気の音だけで、名前を呼ぶことすら出来なくて。

 肝心なときに、どうしてわたしはいつも――情けなさと不甲斐なさとがぐちゃぐちゃになって、発散できない感情が涙になって目からあふれ出す。


 ――榮、なんで、どうしてっ?!


 声に出せない疑問に、答が変えてくるはずもなくて。榮は何も出来ないわたしの前でジークを担ぎ上げたまま、くるりと背を向けてそのまま一つしかない出口から出ていこうとする。


「させるかっ!」


 けれどそんな栄の行く手を遮るように、氷の固まりが出口を塞ぐ。氷の出現と同時に舞った煌めき――魔術の前兆。それを生み出したのがアルだって、無言で語る。

 足止めをされた形になった榮に向け、アルは駆け出す。その周りに生まれた氷の槍が、アルよりも早く鋭く二人に向けて襲いかかり――


「ふぅん? 容赦なしな訳?」

「……っ」


 氷の槍が、アルの動きが、まるで戸惑うみたいに鈍る。

 その隙を見逃すはずもなく、榮は勢いの無くなった氷の槍を、片手で持った剣で一掃する。


「しっかし、ほんっと何でもアリだよなぁ、魔術ってヤツは」


 逃げ道を塞がれているのに、追い詰められているように見えるのに――榮はそんな焦りなんて全然無くて。まるでジークと話していたときと変わらないままにため息をつくと、そのまま入り口を塞ぐ氷の固まりを片手で殴りつけた。



 洞窟内に響く、何かがきしむ鈍い音。



 みしりと響いたそれと同時に、透明だった氷の固まりが白く染まる。

 無数のひび割れが走った氷の固まりは、自分の重さを支えることができなくなって、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。


「取引だ、お嬢」


 あまりの光景に呆然と目を開くわたしに、榮は振り返りもせずに告げる。


「王子様を帰して欲しけりゃ、そうだな――そこの二人の首と交換だ」

「寝言をっ!」


 榮の言葉を遮るように、アルは手にした杖を叩き込む。

 だけどアルの身長よりも長い杖が栄を捉えるよりも前に、間に割って入った何かがアルの杖を受け止める。


「な――」


 攻撃を体で止めたモノを見た瞬間、アルの背中に動揺が走る。ううん、アルだけじゃない。わたしを押さえる白の腕からも、隠しきれない動揺が伝わってくる。


「|《魔石獣》(ユウェルディール)――っ?! こんな、こんなモノまで――っ!!」


 その背に迸るのは、激怒。今まで見せた中で、一番の。


 怒りを露わにしたアルの行く手を遮っているのは人よりも大きな、荷馬車くらいはある見たことのない生き物。見たことがあるような気がするのに、知っているどの生き物とも違う――見ているだけで訳のわからない気持ち悪さが沸き上がってくる、異形の生き物。


「じゃーな」

「待てっ! ふざけるなぁ!! |《人喰らい》(マン・イーター)! こんな、こんな――っ」

「待てと言われて待つバカが何処にいるよ? せいぜいてめぇはそれの相手でもしてな。それがお似合いだぜ」

「この――逃げるのか、卑怯者っ!」

「あっはは、お前がそれ言う? お前がさぁ?」


 ケラケラと笑い、榮は足を止めることなく悠々と洞窟の中に消えていく。

 後を追おうとするアルだけれど、その行く手を遮るように、異形の獣が立ち塞がる。


「――邪魔、するなぁっ!」


 気迫と共に異形の獣を杖で打ち付ける。だけどそれは異形の獣を退かせることは出来なくて。

 異形の獣の異質な目が、ぎょろりと動いて攻撃を加えた者アルを捕らえる。


 それは異常で、異質で、異様で、歪で――視線を向けられただけで身がすくんでしまいそうな、ただそれだけで気分が悪くなる。


 押し寄せる異常な気配。だけどこの時わたしの目に映っていたのはそんな異形の獣とアルの戦いではなくて、薄暗い洞窟の闇に消えていったジークの姿だけ――


 ――嫌ぁっ! ジーク、ジークっ!


 相変わらず声は出なくて、掠れた空気しか吐き出せないわたしを嘲笑うように、異形の獣の歪な咆吼が洞窟を揺らした。



 沈んでいく意識の中で、誰かの呼ぶ声を聞いた気がした――

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