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黒き獣と赤の少女  作者: 竜胆 梓
二章 《流れ星》
21/35

8 -無言の肯定-

 甲高い金属音が、洞窟内に木霊する。


 沸き上がる怒りに突き動かされるままに、ほとんど奇襲のようにはなった一撃。

 しかし袈裟懸けに振り下ろした剣は対象を捉える事なく、突如として出現した氷の盾によって阻まれた。


 氷の盾――ミルク色の霧が姿を変じたそれは、魔術の産物。

 どこに固定された様子もなく、ただそこにあることが当然だとばかりに存在している氷の盾それは剣を正面から受け止め、どれだけ力を込めようと微動たりともしない。

 明確な殺意の乗った一撃を平然と対処した少女は、アイスブルーの瞳を曇らせる事も、それどころか眉一つに至るまで、その顔に動揺など有りはしない。



 ――まるで、初めからこうなる事など解っていたかのように。



「どういう、事だ――」


 こんな事をすべきではない、こんな方法以外で真偽を確かめるべきだと、冷静になれと制する声を無視し、口から出た言葉はむき出しの感情を隠すことなく叩きつける。


「お前が――お前がっ、弟を……あの場にいた者達を、リュートの両親を、殺したのかっ?!」


 剣を阻む氷の盾を打ち砕かんと、さらに圧力を掛ける。が、一見薄く頼りない氷の盾はそれでもひび割れの一つも生まれない。

 改めて、思い知らされる――魔術というモノが持つ、理不尽な力。

 少女の実力は嫌と言うほど理解している。何の策もなく、怒りのままただ剣を向ける事がいかに愚かか。そんな事をして望む結果が得られるなど、少し考えるまでもなくわかる事だ。


 むしろ今の状況は、少女に身を守るために反撃する理由を与えているようなモノ。



 ――だが、ここで剣を引く事など出来るはずも無いッ!



「答えろ――アルッ!」



 射殺さんばかりに、アイスブルーの少女を睨み付ける。

 だがアイスブルーの少女が俺の言葉に応える事はなく、返答代わりに返ってきたのは沈黙。黙りを決め込もうという姿勢に俺の神経はますます逆撫でられ、剣を握る手に更なる力がこもる。


 ついには圧力に耐える事が出来なくなったか、甲高い音と共に砕け散る氷の盾。砕け散る破片をかき分け振り下ろした剣は、しかし当然のように避けられる。何気ない動作でひょいと身を反らし、まるで小枝でも避けるかのようだ。

 後を追い、更なる追撃を加えようと返す刃で襲いかかる俺の前に立ちはだかったのは、無数の氷槍。

 先程砕け散った氷の盾の欠片、その一つ一つが姿を変じ、手の平ほどの刃となって盗賊達にそうしたよう、松明の光で無機質な煌めきを放ちながら敵と定めた相手に向け、情け容赦なく襲いかかる。


「く――っ!」


 矢継ぎ早に飛来するそれらを剣で叩き落とし身を守る。見れば砕けた盾以外にも霧の中から氷槍が生まれている。まるで減った分の隙間を埋めるように――その数は、もはや数える事さえ億劫な、ともすれば少女の姿を覆い隠してしまうほど、膨大で。

 無尽蔵に生み出される氷槍が俺へ、えいへと情け容赦なく降り注ぐ。


 一つ一つの速度は、そこまで速くはない。対処出来ないほどではない――だが一つを叩き落とす間に別の方向から二つ三つと飛来する。こうも数があっては、対処する事に全力を注がねばならず、反撃する暇がない。

 気が付けば、少女達から遠く離れた場所へと引き下がらざるを得ない状況に持ち込まれていた。




「ひっでぇな、容赦無しかよ」

「………」

「お? なに、黙りか? ……あいっ変わらずだねぇ」

「黙れよ。ろくでもない事ばっかり吹聴するその口、いい加減潰してやるわ」

「おー、恐い恐い。ろくでもない事を吹聴するのはそっちも同じだろう? 出来るもんなら、やってみなってな!」


 まるで親しい友人同士がふざけ合うみたいに交わされるやり取り。けれどそこにある空気はそんな和やかさなんて少しもなくて――むしろ言葉の一つ一つが刃みたいに、相手の心臓を抉ろうとしているような、そんな印象を抱いてしまう。

 勿論それは、二人が言い合っている間にも氷の槍が榮に襲いかかって、でも榮はそれを軽々と叩き落としたり避けたりして――っていうまるで曲芸みたいな光景があるせいかもしれないけれど。


 いつもなら恐くなって身をすくめているしかできないような空気の中、わたしは目の前の光景も忘れ、たださっきアルが言った言葉を――その言葉が意味していることが、まるで呪いのようにわたしの中に入り込んで、心に波紋を広げる。



 アルは、否定しなかった。

 それは、つまり――お父さんとお母さんを殺したと、あの事件を起こしたっていうこと。



 どうしてあんなことをしたの? なんでお父さんとお母さんを殺したの?

 ううん、二人だけじゃない。あの日亡くなったのは屋敷にいた、わたしとジーク以外の人全員。

 なんで、どうしてそんなことができるの? どうして今になって姿を現して、どうしてジークに力を貸してくれて、それで、それで――


 たくさんの疑問が浮かんでは、言葉になる前に別の疑問に押し出される。

 なぜ、なんで、どうして――疑問ばかりが頭の中をぐるぐる回って、考えることが、出来なくて。


 呆然と見上げるわたしの前で、アルと榮の戦いは止まらない。

 絶え間なく煌めく魔術の蛍火。洞窟に立ちこめた霧を、外れて砕けた氷の欠片を、時には何もない空間に新しい氷の槍が生まれて、栄へジークへ降り注ぐ。

 氷の槍を生み出す魔術を使っているのは、目の前にいる女の人――アル。

 背中越しに見上げている今、アルの表情を見ることは出来無いけれど――恐いくらいに吹き上げる蛍火を前にして、わたしは動くことどころか声を上げることも出来なくて。

 その間にも、氷の槍は生まれ続ける。


 矢継ぎ早に、息をつく間もないくらいに次々と生み出される氷の槍。前後左右、どころか足下や真上からだって容赦なく襲ってくる氷の槍に対し、榮はまったく慌ててなんかいない。

 避けられるモノは体をずらして避けてしまうし、自分に当たりそうな氷の槍は叩き落とす。四方八方、避けようもないくらいたくさんの氷の槍が襲いかかっているにも関わらず、榮は剣で弾いた氷の槍を別の氷の槍に当てて軌道を変えてしまうなんて曲芸みたいなこともしているから、怪我らしい怪我もなくて。

 まるである種の舞を見ているような、そんなふうにさえ思えてしまう――





 絶え間なく飛来する氷槍、その一方で術者である少女を守るよう常に一定以上の数がその周辺に滞空し、周囲を威嚇する。

 氷槍が生み出されているのはもはや少女の周辺に止まらない――霧が立ちこめた室内の、至る所から精製され、無機質な輝きと共に飛来する。

 今のところ、致命的な傷は負っていない。次々に襲いかかるとは言っても、その数はけして捌ききれない程ではない――


 ――違う。


 絶え間なく襲ってくる氷槍を捌きながら、先程から感じていた違和感が形を成す。

 盗賊達との戦いで、少女の実力の一端は目にしている。彼女の力はこの程度ではない。あれだけの人数をほぼ単独で制圧出来るような人間が、たった二人を相手に何を手間取るというのか。

 榮も俺も、簡単にやられるほど柔ではない。盗賊の下っ端と比べればその差は歴然だろう――それでも、手数の格差は時として残酷な結果を突き付ける。特に少女は単なる有象無象などではなく、歴とした強者なのだから。

 だが、現に俺も栄も致命傷らしきモノを受けていない。明らかな不自然。違和感――


 もし少女が生み出す氷槍全てが一斉に襲いかかってきたならば――少なくとも俺は無傷でいられずる自信はない。

 その事は、相手も理解しているはず。

 導き出される結論は一つ――


 手加減、しているのだ。


 それまで冷静になれと、辛うじて押し留めていた声は、その結論に至った瞬間瞬時に吹き飛ぶ。

 いまだ一瞥すらくれない少女の態度。剣を向けて尚、視線を合わせる事すらしない――敵として認識しない・・・・・・・・・

 相手にする必要がないのだと、一瞥すらする必要がないのだと、その価値すらないのだと少女の態度が、行動が、無言の内に語る。

 気付いた事実に、思考が怒りに染め上げられる。



 あれだけの事をしながら――認めながら、何故こうも平然としていられるっ?!



 沸き上がる怒りに突き動かされるまま、迫り来る氷槍へと自ら距離を詰めた。今までのように避けきる事が出来ず、鋭利な刃が鎧を霞め冷たい刃先から冷気が伝わる。

 が――些細な事と切り捨てる。



 視界に入れる必要すらないと言うのなら――そうせざるを得ない状況にするまでだっ!



 後になって思えば、それは酷く子供じみた感情。

 無視された事に怒り、あるいは親の目を引きたがる子供のような行動。

 矢継ぎ早に迫り来る氷槍を躱し、弾き、時には鎧だけではなく浅く体を傷つける事も厭わず、進む、進む、ただ進む。

 愚直な進行にしかし少女は相変わらず視線を向ける事はなく、けれど氷槍の密度は増してゆく。まるで近付かれる事を嫌っているような――まさしくそれは、その通りなのだろう。


 魔術師の常として、彼等彼女等は身体能力に恵まれていない事が多いと言う。

 その分の才能は魔術を使うための才能に注がれているとも言うが――ともあれ、接近戦に自信が無いという少女自身の証言もある。それに何より、魔術などと言う遠隔攻撃の手段を持たない俺が少女と切り結ぶには、接近するより他ないのだから――!


 無数の氷槍が立ち塞がる様子はまさに堅牢。十重二十重に張り巡らされた氷槍の壁が近付く俺を排除すべきと見なしたか、その矛先を鋭く向ける。

 少女との距離が縮まるにつれ、密度を増す氷槍の攻撃。

 四方八方から襲いかかる氷槍の圧力に、ついには進む事もままならなくなる。悪あがきのように振るった黒の一閃が複数の氷槍を叩き落とすが、それを埋めるようすぐさま別の氷槍が空いた空間を埋めるよう、襲いかかる。

 圧力に耐えかね、ついには後方へ飛んだ俺の後を追うように、着地点へと飛来する氷槍。無理に叩き落とす事はせず、さらに飛んで避けた俺を狙い、別の氷槍が狙い澄まして襲いかかる――


 そのまま川の流れに乗るように、飛び交う氷槍の流れに逆らわず、むしろ乗るようにして避けながら目的の場所へ向かう。

 初めから、あの密度を単独でどうにかできるなと考えてはいない。目指すべき場所は一つ――榮の元。

 俺も榮も、少女が操る氷槍が持つ圧倒的な物量を前に攻めあぐねていた。魔術がもたらす圧倒的な物量差。故に防御に専念するしかなく、反撃の暇がなかった。

 だがこちらの手が一つではなく、二つなら――? 一人が防御に徹し、もう一人が隙を窺う事もできるかもしれない。

 例え一箇所に固まる事で攻撃が集中するという事実があったとしても、賭けてみる価値はあるだろう――現に少女は俺と栄を分断し、協力させないようにしていた。その事から、合流されたくないのだという事は容易に想像できるのだから。


 戦略と呼ぶよりもそれは、単に少女が意識を向けている榮の側に行けば自然と視界に入ると、無視している事も出来なくなるだろうという子供じみた理論――


「加勢する! お前は、あいつを」


 襲いかかる複数の氷槍をまとめて叩き落としながら、叫ぶ。


「あっ、バカ! そっちは」


 まるで暴風雨のような、恐ろしいまでの密度で襲いかかる氷槍の嵐の中聞こえたのは、この戦いが始まって以来初めて耳にする感情的な少女の声――


 してやった、という胸のすく思いと――



「っ、が……?!」



 ――腹部に鈍い傷みが生まれたのは、同時だった。

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