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黒き獣と赤の少女  作者: 竜胆 梓
二章 《流れ星》
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7 -狂者、集いて-

 空気が、凍る。誰もが戸惑いを隠せないまま、先の言葉の意味を考えるけれど……理解することなんて、到底できない。

 |《人喰らい》(マン・イーター)――それは史上最悪と名高い殺し屋の名前。災狂・・と呼ばれる|《殺し屋K》(キラー)と共に天災にも例えられるほどの存在で、耳にして嬉しい名前なんかじゃ、絶対なくて。


 それに――|《狂獣》(モルデラウァ)。


 一人一人が天災に例えられるほどの殺戮者|《四凶》(カラミタ)とは正反対の、ギルド有数の実力者。ジークと同じ|《五つ星》(ペンテ)を持つ冒険者。

 そんな人の名前が、どうして今ここに出てくるのか――


「|《狂獣》(モルデラウァ)って……えいのこと、知ってるの?」


 気が付けば、口から疑問がこぼれていた。

 変化は劇的だった。わたしの言葉に反応して、アルは驚きと、それに戸惑いの目を向けた。


「知って……るの? あいつを!? 何で、どうしてあなた達が――」

「それはこちらの台詞だ。お前はあいつを知っているのか? それに|《人喰らい》(マン・イーター)? あいつの二つ名は|《狂獣》(モルデラウァ)だろう?」


 ジークの疑問に、だけどアルは答えない。大きく見開いていた目を鋭くし、独り言のよう口の中で言葉を転がす。


「そんな――だって、あいつが獲物を見逃すなんて――でも、嘘言ってるようには――」

「何をぶつぶつと言っている? お前は、いったい――」

「ああもうっ! 兎にも角にも今は悠長に話してる場合じゃ――」



 二人の声を遮るよう、唐突にどさりと、何かが倒れる音がした。



 みんなの視線が音のした方に集まる、そこにいたのは盗賊の首領。きっとジークやアルの注意が逸れている間にこっそりと逃げようとしたんだろう。いつの間にか出入り口まで移動していて――でも、首領は何故か冷たい地面の上に倒れていた。

 逃げようとしたのに気付いて、ジークやアルや白の内、誰かが力尽くで止めたのかな? ……ううん、それはない。だってジークもアルもついさっきまでお互いに疑問をぶつけ合っていたし、白だって驚いた顔で倒れた首領を見ているんだから。


 ――なら、だったらいったいどうして?


 疑問を禁じ得ないわたしたちの前で、次の変化が起こる。

 ゆっくりと、視界が白く染まる。それはみるみるうちに広がってわたしたちをすっぽりと包み込んでしまった。ミルク色のそれは、まるで霧のようで――

 |洞窟の中(こんな場所)に、そんな物が自然に発生するはずなんてない。

 そんなわたしの思いを肯定するみたいに、霧と一緒に目に映るのは淡い煌めき。それはこの不自然な霧が、やっぱり魔術でできたものなんだと教えてくれた。


 首領は、この霧のせいで倒れてしまったんだろうか? でも、いったいこんなの誰が使っているの?

 今居る人の中で魔術を使えるのはアルだけだけれど、でもアルはこの現象に戸惑っているみたいだから、違うよね?


 戸惑う――ううん、違う。


 アルの顔はまるで霧を――その奥にある入り口の方を睨み付ける姿からは、戸惑いなんて言葉じゃとても言い表すことができない感情が、隠しきれない警戒心と、それ以上の激しい何かを感じられた。


「え……と? これ、いったい何が……?」


 ようやく口に出した疑問に、答を返せる人なんて誰も居ない。



「よう、久々――って半分はそれほどでもねぇか。でもま、久しぶりだな」



 その声が聞こえてきたのは、唐突だった――




 いったい、何が起こっている――?


 おそらく盗賊首領は注意が逸れた隙に逃走を図ったのだろう。それが逃げるでもなく動く様子もなく地面に這いつくばっている。

 誰もその動きに注意を向けていなかった以上、逃走を図った事はともかく――誰も手を出していない、にも関わらずに、だ。

 戸惑う俺達が状況を把握する間もなく、まるで混乱に拍車を掛けるように姿を現した人物。

 唐突に出現したミルク色の霧の向こう、東大陸では取り立て珍しくもない茶色い髪と同じ色の瞳を持つ青年傭兵。半月ほど前に共闘し、俺に仇の情報だといってここスディラ地方に足を運んでみろと言い渡した張本人の姿が――


「……榮?」

「|《人喰らい》(マン・イーター)ぁ!」


 お前が何故ここに、と続くはずの言葉は、アルの声と重なりかき消される。

 憎しみ――憎悪すらも感じさせる眼差しに睨め付けられ、しかし榮は涼しい顔。


「|《狂獣》(モルデラウァ)だっつの。ったく、お前はほんっと毎度毎度人の名前間違えやがって……いったい何度言ったら理解するのかね」

「……あんたが言うか、それ」

「ああ、じゃなきゃいったい誰が言うってんだ?」


 常人ならば気絶しかねない険しい眼差しに晒されているにも関わらず、榮はどこ吹く風で肩をすくめる。険悪な空気など歯牙にも掛けない姿に、アルのアイルブルーの眼差しはますます鋭く――敵意を通り越し、視線だけで射殺してしまいそうな勢いだ。

 知り合いと呼ぶにはあまりにも険悪な――まるで互いに憎しみ合う、あるいは命を狙い合うような間柄であると、語らずとも理解する。


 ……だが、何故? いや、そもそも――


「あいつはあたしが引きつける。だから二人はその隙にここから逃げて。先導はびゃくが」

「何故、お前がここにいる……? いや、それよりも何故、偽の情報を与えたっ!?」

「ジーク!」


 何故か榮と対峙するアルを無視し、疑問を投げる。制止しようとするアルの声が、まるで悲鳴のように虚しく響いたが、そんな事を気に止める余裕もない。


「うん? 偽の情報?」

「とぼけるな! この盗賊団は三年前のあの事件には無関係だった! ――お前の事だ、それは知っていたのだろうっ」

「あ? あー……。あれだけの情報でよく解ったなーって思ってたらまぁ……そう来たかい」

「おま……っ、まだシラを切るつもりかっ?!」

「やれやれ、せっかちなのも相変わらず。頭が硬いのも……な。お前よぉ、あの時オレがなんて言ったか、よーく思い出してみ?」


 おどけた調子を崩さないまま、榮はそう言い放つ。


 あの時榮が口にしたのは――


「思い出したか? オレはあの時、スディラ領に行けと言っただけだ。ここに住み着いてる連中がそうだ、だなんてこたぁ一言たりとも口にしちゃいねぇ」


 意地の悪い笑みと共に、平然と言ってのける。

 確かに、そうだ。あの時栄が口にしたのはこのスディラ領の名であり、ここに住み着いた盗賊団がそうだとは言っていない。

 この盗賊団が怪しいのではと判断したのは、あくまで俺自身。


 しかし、ここ以外にそれらしい存在が見つけられなかった事も、また事実。


「なら――いったい何処にいる言うつもりだっ?!」


 先程から胸中に蟠る、酷く不快な感情。それら全てを叩きつけるよう吐き出す。

 しかし、と言うべきかやはりというべきか――そんな俺に、榮は相も変わらずのふてぶてしさで返す。


「オイオイ、心外だな。それじゃまるでオレが嘘吹き込んだみてぇじゃん。言っとくけど、オレはどこかの誰かさん・・・・・・・・とは違って、これでも正直者で通ってるんだぜ? ユヴェリエ家襲撃事件の犯人はここにいる――この意味、解るよな?」


 頭の中に警鐘が鳴り響く。酷く耳障りに、この先を聞いてはいけないと、聞くべきではないと本能が訴える。


 だが――ここまで来て引き下がる事など、何故できるだろう?


 引き下がらせようとするアルの腕を振り払う俺に、榮はにんまりと意地の悪い――むしろ愉しげな笑みさえ浮かべ、告げる。



「なぁ――そうだろう|《死刑執行人》(ディアノーディル)。いや、|《殺し屋K》(キラー)さんよ」





 |《死刑執行人》(ディアノーディル)――それは|《五つ星》(ペンテ)の中でも最古参の存在。とは言っても、|《五つ星》(ペンテ)のランク自体が数年前に出来たものだけれど……どれでも、その初めからずっと|《五つ星》(ペンテ)のギルドランクを持ち続けている。引退した|《千技》(タウゼント)と列ぶ、実力者の名前。


 そして――|《殺し屋K》(キラー)。

 人殺しや盗み、他にも表沙汰には出来ないたくさんの犯罪行為を行う者達の中でも、特に凶悪な者達を示す|《四凶》(カラミタ)、その一角。

 その手口は残忍極まりなく、殺害数は|《四凶》(カラミタ)の中でも群を抜いている、とかいないとか噂されている。

 曰く一晩で都市一つを滅ぼした、とか、曰く街じゃなくて国を、だとか。

 その被害の大きさから、|《四凶》(カラミタ)が天災に例えられる元凶となった存在。その姿を目にした者は全て殺され、故に姿や年齢など、一切の情報が不明な狂人。


 ギルド有数の実力者と、|《四凶》(カラミタ)の代表格が同一人物?

 そんなの、いきなり信じられるはずなんてない。



 でも――でも、



 頭の中のどこか冷静な部分が、混乱する感情とは別に現状を把握しようと動く。

 沢山いた盗賊たちに触れさせもしない実力、恐い盗賊たちを相手に怯まない胆力。魔術って言う力も、強力で、

 あり得るのかも知れない――少しでも、そう思えてしまって……


「嘘……だよ、ね……?」


 誰もが言葉を出せない中、戸惑いの空気は支配した場に、わたしの疑問がぽつりこぼれる。

 信じたくない一心で、認めたくないこぼれた、すがるような気持ち。


 だって、アルは優しくしてくれた。

 ここに住み着いた盗賊たちを相手に、一人で立ち回らなければならなかったはずのジークに協力してくれた。

 魔術って言うわたしやジーク、《大陸人》には使えない力を持っているけどそれだけで、《魔族》なんかじゃなくてむしろそう呼ばれることをすごく嫌っていて、わたしたちと変わらない人間で――


 そんな人が、悪名高い|《五つ星》(ペンテ)だなんて、|《四凶》(カラミタ)の一角だなんて――



 お父さんとお母さんを殺した人だなんて、そんなの信じられるはずがない。



 ようやく絞り出せた声はそれだけで、後に続く言葉は声にならなかった。

 見上げたアルの顔は、険しい瞳を相変わらず榮に向けたままで、そのままわたしを振り返ることもなく答える。



「――否定は、しない」



 同時――黒い軌跡が弧をかいた。

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