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黒き獣と赤の少女  作者: 竜胆 梓
二章 《流れ星》
19/35

6 -嘲笑-

 薄暗い洞窟の中、足音を殺して進む。幸か不幸か、見張りの類は居ないらしく、戦闘になる事もないためありがたい。剣を振り回せないほどではないが、洞窟の幅はあまり広くはない。

 考えてみれば、あの騒ぎだ。見張りが居たとしても異変を察知して広間に足を運んでいたか、あるいは報告のために下がっているかのどちらかだろう。少なくなった戦力を、下手に分散させて浪費するなど愚の骨頂だ。

 細心の注意を払いながら進む俺達の耳に、ふと継続的な音が届く。


「水の音……?」

「……そのようだ」


 短いやり取り。

 見れば、前方で洞窟は二つに分かれている。いや、洞窟に横道がある、といった具合か。

 水音は、その横道から聞こえてきていた。


「……一本道、って言ってた……よね?」


 リュートが首を傾げているように、アルはこのアジトを天然の洞窟を利用している物で、ほとんど一本に道のような単純な構造である上、出入り口は一つしかないと言っていたはずだ。


「確か、非常用の出入り口がある……と言っていたか」


 そしてそれは使えない状況にあるので、心配する必要はないとも。

 脇道はそう長くはなく、ほとんど薄い壁に開いた穴と言っても差し支えはないような物だった。洞窟の外に出た俺達の目に映ったのは、切り立った崖に囲まれた急流とそのほとりにある狭い足場、その脇に続く細く険しい道――ただし、その道は崖崩れでもあったのだろう、途中で岩に埋もれとてもではないが使える常態ではなかった。


「……なるほど」


 これが、アルの言っていた緊急用の脱出経路だったのだろう事は間違いない。と、同時にこの場所の水源でもあり、生活に必要な水を汲み上げていたであろう桶が置かれている。急流であるためゴミなども流してしまえるので、なるほど生活環境はこれでなかなか整っているようだ。

 もっとも、足を踏み外せば命の保障はないし、急流とはいえあまり身元のわかるような物を流してしまえば、そこから潜伏場所を割り出されかねないだろうが。

 崖崩れの跡は真新しい。おそらくは、自然に崩れた物ではなく俺達がここへ侵入したとほぼ同時に火薬の類を使い、人為的に崩したのだろう。――火薬ではなく、魔術を利用したのかも知れないが。


 狭い地面を調べてみれば、襲撃を受けた後逃走しようとしたのだろう、真新しい複数の足跡が残されていた。よほど焦っていたのか、足跡は思いの外乱れているように思える。

 襲撃を受けるとは予想だにしていなかったのか、それとも逃走経路が使えなくなった事に焦ったのか――


「……行こう」

「あ、うん……」


 動揺は隙となる。どれ程の人数が奥にいるのかは不明だが、二桁に届く事はないだろう。だが一人という事もなさそうだ。

 人数的な不利は確実だが、だからこそ相手が動揺から立ち直れていない今は好機。この機会を逃すつもりはない。

 リュートを釣れ、薄暗い洞窟へ戻るといっそう慎重に奥へと進んだ。





 程なく、俺もリュートも前方から漏れる明かりに足を止めた。

 アルの言っていた首領達が使う部屋に辿り着いたのだろう。息を殺し、気配を殺し様子を伺えば、思いの外広い空間は元が自然洞窟だと思えないほど生活臭に満ちていた。

 盗賊の幹部連中の寝床も兼ねているのか、木材を組んだだけの簡素な、しかし休息を取るには十分な寝床。乱雑に置かれた毛布は放置され、机や椅子のような家具類までもが用意されている。

 先ほどアルとびゃくが大立ち回りを演じた大広間はあってせいぜい食器などの細々とした物と寒さをしのぐための毛布だけで机すらなく、盗賊達は地べたに車座を組んで座っていたので、あそこが下っ端連中の生活環境だとするのなら、その差は歴然だった。


「倉庫に向かった連中は、まだ戻らないのか?」

「ああ……。そろそろ戻ってきても良い頃合いなんだが」


 しかし洞窟内とは思えないほど整えられた生活環境も、今や住む者達の心を落ち着かせる事はできないようだ。先程から落ち着き無く歩き回る男は、一方で椅子に座ってその様子を眺めている男に苛立ちを隠す様子もない。


「クソ――もたもたしていたらあのバケモノに追いつかれるだろうが……何をやっているんだ」

「そりゃそうだ。……けど、あいつ等が戻ってきたからってどうするつもりなんだ? 裏道はあんなコトになっちまってるし……」

「ちっ、引き際を誤ったか。そろそろ潮時だとは思っていたが、こうも早いとはな」

「随分荒稼ぎをさせてもらったからな。……にしても、酷いヤツだなアンタは。可愛い部下達を見捨てるつもりかい?」

「はっ、言えた義理かよ。腕も大したコトねぇ、所詮頭が居なきゃあのまま死ぬしかねぇ烏合共だ。今まで生きられただけで十分だろう。……お前も俺も、そういうやり方で今まで生きてきただけ――そうだろう?」

「違いねぇ」

「おうよ。それに今更、だろう。あのバケモノに捕まって、無事でいられるはずがないさ」

「同感だ。それじゃ、持てるもんだけ持ってさっさと逃走としますか……。しかし、どうしたもんかね、この状況は」

「ああ……。あいつがいる時なら、多少の無茶無謀は効くんだが」

「あんな風来坊を当てにできるかよ。ただでさえ気が向いたときしか顔を出しやがらない――無い物ねだりは身を滅ぼす、だぜ?」

「言うねぇ。なんにせよ、相手はバケモノつってもまだガキだ。烏合ならともかく俺とお前なら一人くらいはどうにかなるさ。そうなりゃあとは……こっちのモンだ」


 バケモノ、と言うのはアルと白の事だろう。大陸の人間にとって不可視の力を操る|《七族》(セッテラッツァ)は、お伽話の悪魔――《魔族》にも等しい。|《獣人》(けもののひと)の白もまた、似たようなものだ。

 本人達が耳にすれば、それこそすぐさま鉄拳制裁と称して強烈な一撃を見舞うような言葉を口にする。そんな姿に、ふつふつと腹の底にわき上がる感情を感じていた。

 アルの弁ではないが、この盗賊達は相当の数の者に被害を与えてきた。その上、今は主立った面々で逃げる算段だなどと――片腹痛いにも程がある。

 こんな者達によってリュートの両親が、そして俺の弟や当時屋敷に仕えていた者達は殺され、リュートの人生は大きくねじ曲げられてしまったのかと思うと、怒りを通り越して虚しささえわいてくる。

 これ以上、下らない言葉を耳にしたくはない。事が終わるまでは部屋の中を見ないようにリュートに言い聞かせ、部屋へ飛び込む。


「遅いぞっ! 何ちんたら――っ?!」


 物音に気付き、顔を上げた首領が目にしたのは倒れる部下とその体を切り裂く漆黒の刃。そしてそれを振るう俺の姿――


「な――お前、どこから!?」


 どうやらお互いあの場にいたにも関わらず、俺の顔は覚えていないらしい。

 早々に逃げたためか、それともアルと白の暴れようが目を引き、絶好の隠密効果を破棄したからか……おそらく両方だろう。


「関係無いだろう? ――それよりも、質問に答えてもらう」

「あぁ? 若造が、何粋がってんだぁ!?」


 せめてもの虚勢か、それとも相手が|バケモノ(アルと白)でないが故気が大きくなったのか、頭は丁度良い怒りの捌け口が見付かったとばかりに腰の曲剣を引き抜いた。

 幾度も血を吸った刀身が、室内を淡く照らすランタンの光を受けて鈍き輝きを放つ。


「何のつもりかは知らねぇが、人の部下を手に掛けてくれたんだ――相応の覚悟はできてるんだろうなぁ!?」

「その言葉、そのまま返そう――お前達が侵した悪行、洗い浚い吐いてもらう」

「はっ、正義の味方気取りってか? こえーこえー」

「……好きに思えばいい。そう言う時点で、自らが悪人だと自白しているようなものだが」

「ほざけよ、若造がっ!」


 おそらくは、図星を突かれた形になったのだろう。首領は顔を赤くし、剣を振り抜く。

 挑発にこそまんまと乗ってきたが、流石はこのスディラ領を悩ませ続けた盗賊の首領。その太刀筋は鋭い。軌道を予測しにくい小技から縫うように繰り出された抉るような一撃を、黒鉄の直剣で迎え撃つ。

 甲高い金属音。色の異なる二つの刃が火花を散らす。


 力は、剣を討ち合わせた限りほぼ五分。正面からの討ち合いは拮抗し、どちらも譲らない。一合、二合と討ち合いながら、互いに隙を窺い油断無い目を向ける。

 先に仕掛けたのは首領だった。苛立ちが勝ったのか、それとも状況から冷静さを欠いてしまったのか、勝敗を決すべく大振りの一撃を繰り出す首領。

 曲剣の軌跡を読み、その横っ腹に沿わせるように刃を添える。自らの勢いで軌道を変えた曲剣を――そのまま弾き飛ばす。

 放物線を描いて飛んだ曲剣は、乾いた音と共に地面に転がる。首領が予備の剣を抜く前に決着をつけるべく、地面を蹴り――



「――ジーク!」



 かけた耳に、身を隠していたはずのリュートの声が届く。

 声に含まれる警告の色に促されるよう、ほぼ直感で身をかがめたまさに直後、先程まで上半身があった空間に銀の軌跡が走る。

 見れば、先程切り捨てたはずの盗賊が怒りも露わに俺を睨む。相応のダメージは負わせたと思っていたが、どうやら鎖帷子の類か何かを着込んでいたようだ。


 ――面倒な。


 これで前後を挟まれた形になる。その上、今は手下の攻撃を避けた直後。お世辞にも体勢が良いとは言えない。

 どうする、と思考を動かす矢先、苛立ちにまみれた声が空気を振るわせる。


「このガキが、邪魔しやがって――!!」


 手下はあろう事か怒りの矛先をリュートへと向けた。対するリュートは入り口付近で立ち尽くす。

 一応は彼女も護身用の短剣程度は持っているが、使う機会は少なくまた向けられた悪意に身をすくませてしまっていた。

 当たり前だ。リュートは実戦経験――それも対人戦など、経験も無いに等しいのだから。


 手下を阻止すべく走り出そうとする俺に向け、予備の武器を抜いた首領が容赦なく刃を振り下ろす。迎え撃つ事はせず、転がって避けるも追撃は止まらない。

 執拗に追いすがる曲剣。避ける事は不可能ではないが、それでは間に合わない。手下の動きを止める事は適わない――


「っ――!」


 避けた先にあった毛布を首領に向け投げつける。畳まれもせず乱雑に放置されていたそれは大した飛距離も出ずせいぜい視界の一部を隠す程度。しかし首領の視界から俺の姿を隠す事はできたようだ。


「は――っ、こんなもん、目眩ましのつもりか!?」


 先程までの攻防から、姿が見えていなくてもこちらがどう動くかなど容易に予想がつくのだろう。リュートの元へ向かう、と。その甘さをせせら笑う首領。

 しかし次の瞬間、せせら笑いは驚きに変わる。

 滞空する毛布を突き破らんばかりに、ある一点が盛り上がる。それはつまり、視界によって把握できない攻撃を仕掛けたという事で――

 だがそれは濃霧に囲まれたときや闇の中のように予測できないものではない。むしろ相手の姿は見えずとも、攻撃が来る事は見えてしまう。予想外の行動ではあったが、隠れた姿を自ら晒すような愚行に、首領は慌てず騒がず、むしろ好機と曲剣で迎え撃つ。



 当てずっぽう・・・・・・に放たれていた一撃は、いとも容易く打ち落とされる。



「……は?」


 あまりのあっけなさに、間抜けな声尾をこぼしたのは盗賊首領。

 先の毛布は単なる目眩まし。首領の視界を奪うと同時に俺は駆け出していた。しかしその事を悟られないために、投擲ナイフを投げつけたに過ぎない。そのため首領は俺がまだそこにいると錯覚したのだろう。

 アルのように魔術を使う事も、白のように圧倒的な腕力で集団を蹴散らす事もできないが、この程度の小技なら使える。

 アルには外連味が無いと言われたが、伊達に俺も三年、冒険者として旅をしていたわけではない。他の者と手を組む機会が少ないため、一対多数の状況など日常的だ。



――いいか、もし敵に囲まれたとしても焦るな。いくら相手の数が多くても、纏めて相手にする必要はない。いざとなったら逃げちまえ。あ? 情け無い? 何言ってる。相手をばらしたあと追いついたヤツから相手にすりゃあいいんだ。ん? 卑怯? 数で負けてるのなら多数で圧力掛けてくる方が卑怯だろうが。何事も工夫だよ、若人。なーに、おまえさんには下地がある。有象無象が相手なら、すぐに数など問題ではなくなるだろうよ――



 師事を仰いだ人の言葉が、脳裏に浮かぶ。

 三年前、旅を始めたばかりの俺とリュートを保護し、旅のなんたるかを叩き込んでくれたあの人の言葉を。

 止まることなく駆け続け、リュートに向け今にも剣を振り下ろそうとしていた手下の脳天に一撃を加える。


「が――っ」

「無事かっ?!」


 リュートの手前、刃ではなく剣の腹での強打。それでも突進の勢いをそのままに乗せた一撃は相当なものだったらしく、そのまま膝を折る盗賊手下。

 立ち尽くしていたリュートがこくこくと頷く。特に怪我を負った様子もなく、その姿にほっと安堵の息をこぼしながら、背に隠れるよう促す。

 彼女の存在が露見した以上、今までのように物陰に身を隠すだけでは標的にされてしまう。それを避けるためには、こうして手の届く範囲に居させるのが堅実だろう。――無論、危険に晒す事になるが他の盗賊が隠れているとも限らない。


 ――傷一つ、付けさせはしない!


 剣を握る手に、自然力がこもる。

 もう二度と彼女を傷つけはしないと。驚異になるモノは排除すると――あの時決めたのだから。


「んなろ……このっ、舐めたマネしやがって!!」


 曲剣に絡み付いた毛布を乱暴に剥ぎ取り、怒りも露わに振り下ろす。まんまと目眩ましに引っかかった事を、こけにされたと取ったのだろう。その太刀筋は威力を増しているが、荒く軌道を読む事はそう難しくない。

 喉元めがけて付き出された曲剣へ向け、己の剣を叩きつける。



 鈍い金属音が、再び洞窟内を満たす。



 激しい衝突に、耐えきれなかったのは曲剣の方。ぶつかり合った部分から砕け散り、刃を失った剣にバランスを崩す首領。

 絶好の機会を見逃す理由も無く、残った僅かな刃を首領の手から叩き落とす。武器を失った相手に肩から体当たりをぶつけ、よろけて倒れ込んだその首筋に、返す刃を当てて動きを封じた。




「ッ……」


 忌々しげに見上げる視線を無視し、反撃を見逃さないよう盗賊の首領を見下ろす。


「赤毛のガキを連れた……そうか、お前《子守狼》!」

「……ご託は良い。こちらの質問に答えてもらおう」

「はっ、ご苦労さんなこった。ガキのお守りしながらわざわざこんな場所まで足を運ぶたぁ、まったく良い神経してやがるぜ」


 恐る恐る顔を出したリュートの姿を目にし、首領はかつて呼ばれていた二つ名を口にする。

 部屋の中に、隠れている者の気配はない。もはや部下はおらず、武器もないというのにこれだけの減らず口をたたくとは。流石、と言ったところなのだろうか?


「余計な口をたたくな。質問に答えろ、と言っている」

「そうすりゃ見逃してくれる……ってか?」

「……そう思えるのか」

「いや、思えないね。だが選択肢はなさそうだ」


 道化のように肩をすくめる。人を小馬鹿にしたようなその姿に、訳もなく神経を逆撫でられた。

 こちらに問いたい事があると解っている以上、下手な事はしないと判断しての余裕だろうか――だが、首領の下らない言葉遊びに付き合うつもりは毛頭ない。


「――三年前、何故彼女の家を焼いた!?」

「あぁ? 三年前だ? 随分昔の話しだなぁオイ。いったい何処の誰の事だ?」

「ッ、ふざけるな! 三年前、ユヴェリエ領主館への襲撃――知らないとは言わせない!」


 尚も飄々とした姿勢を崩さない首領へ向け、声に自然と怒気が籠もる。

 しかし首領はこちらの怒りなど歯牙にも掛けず――あろう事か、肩を震わせる。


「……っ、何が、おかしい」

「いーや。こんな馬鹿げた事をしやがるから、いったい何事だって思ってたんだがな。……随分間抜けな野郎で、おかしくて仕方なくてつい笑っちまっただけだ」


 くつくつと、嘲ら笑う。まるで心底可笑しいというように。

 この上なく可笑しい見せ物でも見たというように――


「ふざけて、いるのか――っ!」

「オイオイ、こんな状況でふざけられるかよ。なぁに、なんとも盛大な勘違いしてくれた野郎が居るんだ。笑わない方が失礼だろう?」

「……何?」


 この期に及んで、まだシラを切るつもりかと暗に問う。だが首領の態度は言い訳をする輩のそれではなく、真実を述べていると直感する。


「だぁら、勘違いだって言ってんだよ。いったい誰に言われたか知らないが、ご苦労なこったな。だいたいよぉ、考えてもみろや。三年前つったらここで活動を始めたばっかだぜ? それを、何が悲しくてわざわざ山越えまでして隣の領地くんだりに行かなきゃならねぇんだ?」


 よっぽどオイシイ話だっていうのか? からかうように問う。

 旧ユヴェリエ領は国の要地もなく、流通にも関わらない土地柄故、わざわざ盗賊が遠征するような旨みもない。それにユヴェリエ夫婦が治めていた頃は、街道警備なども頻繁に巡回していたため街道の安全も保たれていた。

 首領の言葉は、客観的に見ても正論だ。


「どういう事だ……?」


 自然とこぼれた疑問の言葉に、しかし答が返るはずもない。

 この盗賊団以外に、えいが言った条件に当てはまるようなモノはない……はずだ。それ故に何らかの情報が得られるのではないかとここまでやって来たのだ。

 榮の情報が間違っていたのだろうか――? だが、何故? 誤った情報を流すなど、己の信用を失うばかりだ。わざわざそんな事をする理由がない。

 首領が嘘をついている――? この期に及んで? そんな事をする事に、いったい何の意味があるというのだろうか。

 得も言われぬ不快感。何か決定的な、根本的なところで勘違いをしてしまっているような――致命的な間違いをしているような、違和感。

 確かめるべく更なる追求を向けようとしたまさにその時、通路から騒がしい足音が聞こえ――



「――二人とも、無事っ!?」



「あ、アル……? え、何でこっちに……?」


 新手の接近かと反射的に身構えた俺とリュートの予想に反し、部屋に飛び込んできたのはこのような場所には不釣り合いな、まるで踊り子のような衣装を身に纏った年若い娘。氷を連想させるアイスブルーの髪を持つ少女のすぐ隣には、当然のようにもう一人の少女の姿。

 相当急いで来たのだろう、肩で息をするアルと白の姿からは、焦りと安堵がない交ぜになったものを感じた。


「無事……みたいね。よかった」

「……倉庫の方に行っていたのではなかったのか?」


 心底安堵の表情を浮かべるアルに問えば、返ってきたのはあっけらかんとした言葉。


「ん? ああ、勿論行ったわよ。全員ぶっ飛ばしてきたけど――と、それがここの首領?」


 事も無げにさらりと告げ、いまだ座り込んだままの首領に視線を向ける。その視線はそれまで俺とリュートに向けていたモノとはまったく異なる、氷のような一瞥。

 まさしくその瞳の色と同じ零下の瞳に睨め付けられ、首領は冷や汗を禁じ得ないようだ。……広間での暴れようを思いだ出してでもいるのだろう。蛇に睨まれた蛙、とはまさに今の首領のような状況を言うに違いない。


「こっちの首尾は――って、聞くまでもないか」

「ああ。……そちらはどうしたんだ?」

「どうもなにも、してやられた」


 問いに、返ってきたのは忌々しげな言葉。

 あまりにもあっさりと告げられたものだから、一瞬彼女が何を言ったのか理解できず――


「どういう事だ……? 全員のしたのでは」

「説明は後! ちゃっちゃとここを離れないと――と、その前に。ちょっと借りるわよ」


 こちらの了承を待ちもせず、アルは首領の胸ぐらを掴み上げる。見た目はただの少女でしかないというのに、いったい何処にそんな力があるというのか? 身に纏う気迫は泣く子どころか大人すら黙らせてしまいそうで、現に盗賊首領はすっかり気圧されていた。


「――っ、おま」

「へぇ? 手下見捨ててさっさと逃げた割には、ちゃんと把握してるみたいね。じゃ、機嫌を損ねたらどういう事になるかも想像できるわね? ――面倒なのは嫌いなの。こっちの質問に答えなさい」


 大広間での暴れようを嫌がおうにも思い出さされたのだろう。アルの言葉に首領の顔色は、青を通り越して土色だ。

 対するアルは、そんな事など歯牙にも掛けずアイスブルーの瞳に抑えきれない怒りを宿し、しかしその口元に浮かぶのは冷酷なモノ。


「あんた達が集めたモノ――どこへやった?」

「っ!? な、何の事――」

「――じゃ、質問を変えましょうか」


 刃のように怜悧な眼差しをよりいっそう鋭くし、アルは囁くように、けれどはっきりと言葉を紡ぐ。



「|《人喰らい》(マン・イーター)――」



 彼女の口から出はのは、予想もしない名。

 史上最悪とも言われる|《四凶》(カラミタ)の一角――殺戮者の名。



 けれど次に彼女が口にしたモノは、さらに予想外で――



「|《狂獣》(モルデラウァ)は、どこへ行ったっ!?」

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