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黒き獣と赤の少女  作者: 竜胆 梓
二章 《流れ星》
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2 -《流れ星》の少女-

「え……?」


 ジークの後を追って振り返ったわたしは、そこにいた人の姿に驚くよりも先に別の感情を浮かべた。

 だって、盗賊に見付かってしまったんだと焦って振り返ったのに、そこにいたのは――何処からどう見ても盗賊には見えない、わたしよりも少し年上くらいの女の人だったから。

 その人の印象を一言でいうのなら、まるで雪の精霊のようだと言えばいいだろうか。

 同性のわたしから見ても綺麗だと思える整った顔立ち、うなじで一房だけ伸ばした髪と瞳はまるで氷のように鮮やかなアイスブルー。でも氷みたいに無機質で冷たい印象はなくて、わたしたちに向けられている目は、まるで楽しいことを見つけた子供みたいに輝いているように見えた。

 抜けるように白い肌のほとんどは水色と若草色に染め上げた異国風の民族衣装で隠している、露出が少ない衣服のはずなのに、どことなく踊り子を連想してしまったのは、たっぷりとした白いズボンや両手にはめた腕輪、スカートみたいに腰に巻いている飾り布のせいだろうか?

 そこにちゃんと居るってわかるのに、まるでこの場所に居ないような――そんな印象さえ感じてしまう。不思議な女の人。


 盗賊とも、勿論猟師とも思えないどころかこんなところにいる人だとは思えない人物の登場にいったいどんな反応をしたらいいのか、咄嗟に思いつけなくて固まってしまう。

 そんなわたしに構わず、彼女は小首を傾げたまま、じっとわたしたちにアイスブルーの眼差しを向ける。助けを求めるようにジークを見上げると、ジークはわたしが見てもわかるくらい警戒した顔で彼女のことを睨んでいた。

 なんで、こんなに恐い顔をしているんだろう? 内心で首を傾げるわたしを余所に、ジークはそんなわたしを庇うよう背に隠すと、警戒した声を投げる。


「……何者だ?」


 その言葉で、ジークも彼女が近付いていたことに気付いていなかったことを知った。

 わたしだけならともかく、ジークにも気付かれずに近付いてきたの? それはわたしにはとても信じることができなかった。

 いくら目の前の怪しい場所に警戒していたからって、ジークが他の場所への警戒を緩めるとは思えない。むしろ不意打ちをされないよう、いつも以上に警戒していたはず、それなのに。

 目の前にいる女の人は、そんなジークに気配の一つも感じさせずにここまで近付くことができた、ということなんだろうか――

 信じられない思いで見上げるわたしに気付くことなく、女の人を睨み続けるジーク。そんなジークとわたしを見て何を思ったんだろう、それまでまるで動じた様子もなかった彼女はほんの少しだけ眉を寄せて、それから一言。


「人に名前を聞くときは、まず自分から名乗るべきでしょ?」

「あ……え」

「ジーク。……この子はリュート、だ」


 唐突な変化に戸惑うわたしを制止しながら、警戒したまま答えるジーク。答えるとは思っていなかったんだろうか? 女の人は一瞬驚いたように形のいい瞳を大きくした。


「ふぅん、ジーク……か。ね、もしかして《子守狼》のジーク・レシス?」

「………」

「当たり、みたいね。あ-、|《黒き獣》(プレトヴォスタ)って呼んだ方がいいんだっけ? 最近またランクが上がったっていうし、いい加減子守じゃ拍も付かないし……」

「……随分、古い呼び名を知っているな」


 彼女の言葉に、ジークは不機嫌そうに答えた。


 《子守狼》っていうのは、旅を始めたばかりの頃に呼ばれていたジークの二つ名だ。今でもそうだけれど、当時まだ小さかったわたしはギルドに出入りするだけで目立ってしまって、それにちなんだ二つ名が一緒にいるジークに付いてしまったみたいで……ジークは、あんまりこの二つ名のことが好きじゃないみたいなの。

 さっきまでとは意味の違う恐い目で睨まれても、彼女は動じない。逆に「そーなんだ」と何に納得がいったのか、それまでと変わらない様子で頷いている。


「まあ、手広く情報を集めるのは基本中の基本でしょ」

「こちらは名乗った。……お前の名を聞かせてもらおうか」

「むぅ、そう急かさなくっても。言われなくても名乗るわよ。だからそんな恐い顔で睨まないでってば」


 と、あんまり動じたふうもなく、むしろ肩をすくめてあきれ顔だ。


「あたしはアル。貴方達もこんな所にいるってことは――同業者、ってコトになるのかしら」




「……同業者?」


 少女の言葉に、彼女に対して抱いた警戒心はますます強まる。

 踊り子めいた奇妙な出で立ちの、おおよそこのような場所に居る事が想像もつかない少女。見たところ他に連れがいる様子もなく、どう贔屓目に見ても猟師に――どころかこんな所に居るとは到底思えない者が、さも当然とばかりに一人で居る上に、同業者だと?

 俺もリュートも、少なくとも外見上の特徴は少女と似ているとは言えない。目の色、髪の色は元より衣服も共通点を見いだすのは困難だろう。

 そもそもが、こんな所に足を運ぶ事自体、ただ事ではない。俺達のように賊の塒を調査すると言ったような明確な目的があるか、あるいは獲物を求めて危険な場所まで足を伸ばした猟師、はたまた賊の関係者か――

 だがしかし、目の前の少女はそのどれにも当てはまっているようには見えない。少なくとも、踊り子のような印象を受ける一方でその実動きやすさを重視している服装とはいえ、防具らしき物の一つもない軽装とすら言うのもおこがましい装備で深い森の中に入り込むなど、自殺行為以外の何物でもない。


 怪訝そうな眼差しが向けられているにも関わらず、むしろ慣れているのだろうか? 少女はさして気にしたふうもなく、くすりと笑う。形のいい唇が楽しげに弧を描いた。


「そ、同業者。わざわざこんな所まで来るってコトは――あなた達もあいつらに用があるってコトでしょ?」


 と、少女が指差す先は、先程見つけた亀裂――


「……ギルドの手の者なのか?」


 少女の台詞に、ある程度予測できたこととはいえ衝撃を覚えずにはいられない。何しろ少女の見た目はせいぜい十代中頃といった程度。そんな年頃の人間が、危険な任務に送り出されるとは。

 ギルド員ではなく登録者であるとしても、避けられていた賊に関わる依頼を受けるものなのか? ……あまりにも無謀だろうに、誰も止めなかったのだろうか?


「んー、ちょっと違うかな」


 だが俺の内心など知った事ではないように、少女は何故かきまりが悪そうに、しかし悪戯っぽく続ける。


「|《流れ星》(ステッラ)なのよ、あたし」

「は……?」


 あまりにもさらりと口から出た言葉に、絶句。

 ギルドに登録した者や、持ち込まれた依頼はその実力、難易度に合わせおおよその分類がなされ、その目安として星を付けられる。この事からギルドに登録した者達は与えられた星の数に合わせ|《三つ星》(トリア)や|《四つ星》(カトル)などと呼ばれ、また名乗る場合がある。


 しかしながら、|《流れ星》(ステッラ)というのは――星を持たない。


 それは登録したばかりでまだ実績が無く、ギルドの方が実力を把握していないため――ではない。

 |《流れ星》(ステッラ)と呼ばれる者達は、ギルドを利用していながらギルドに登録していないがため、ギルドの方でその能力を把握することができず便宜上そう呼ばれているにすぎない。

 多くの者はギルドを利用する際に自身の情報を登録しているのだが、中にはそういった登録をしない者も居る。ギルドの方でも依頼をこなすのであれば未登録の者でも構わない、というスタンスらしく登録を行っていない者は依頼を受ける事ができない、といった事態は発生しない。

 ただしこれは依頼主が拒否しなければ、の話しであり、一部護衛や警護などその人の人となりに信用を求めるような依頼の場合、|《流れ星》(ギルド未登録者)は敬遠される可能性が十分にある。

 また登録していない事で事務処理が煩雑化するという名目で、依頼を受ける際に手数料として多少の金額を要求されるのだという。

 他にも正規の登録者と比べた場合、様々な点で不遇な点がある。そのため、ギルドを利用する者の大半は登録を行っているのだが――中には、少なからず例外というものが存在するのだろう。


「何よ、そんなに驚くような事じゃないでしょ?」


 心外だ、そういわんばかりの言葉だが、反面その顔はたいして怒っていない。あまり気にしているように見えないのは、そう言われる事に慣れているからだろう。

 ――ではなくて、


「……冗談だろう?」

「冗談じゃないわよ」


 流石に気に障ったのか、少女は形のいい眉をむっとひそめる。


 実力主義のギルドにおいて、ギルドによっておおよその立ち位置を把握されていない|《流れ星》(ステッラ)の存在は異質でもある。

 先に上げた理由もそうだが、ギルドは依頼と請け負う者、その両者におおよその難易度や力量をわかりやすくする事で自分がどんな依頼を受ければいいのか、もっと簡単に言えばどのような依頼であれば自分の手に負えるのか、解りやすくした。

 これによって己の手に負えない依頼を受け、取り返しの付かない事故に繋がるというケースは激減した。

 しかし|《流れ星》(ステッラ)にはそれがない。故に彼等、彼女等は自らの目で依頼内容を精査し、己の手に負えるものなのかどうかを判断しなければならない。――もっとも、ギルドの方の把握も明くまで大まかなものであり、最終的な判断は|《流れ星》(ステッラ)であろうとそうでなかろうと依頼を受ける側にあるのだが。

 そのため、|《流れ星》(ステッラ)を名乗るものはおおよそ二つのタイプに分類される。

 一つはまだ未熟で世間を知らず、ギルド登録の重要性を理解しない、あるいは何処にも属さない生き方に幻想を抱いた者。

 一つは様々な経験を積み、ギルドのような後ろ盾を必要としないほど高い能力を持つ者。

 今目の前にいる少女がどちらなのかと問われれば、それは――


「……今、何か失礼なこと考えてるでしょ?」


 まるでこちらの思考を読んだかのようなタイミングで、むぅと口を尖らせる。その姿はやはりというべきか、経験を積み重ねた強者ではなく、そこらの町にいる町娘のようで、


「――ま、いいわ。とりあえず、場所変えない? お互いいろいろと言いたいことがあるだろうし……わざわざこんな所まで足を運んだのに、簡単に見付かっちゃツマラナイでしょう?」


 そう言って、少女はこちらの返答も待たずにくるりと身を翻す。

 あまりの警戒心の無さに、こちらが敵意を持っていたならどうするつもりなんだと、ついいらぬ心配をしてしまう。彼女になんの意図があるのか、お互い敵か味方かはっきりとしないこの状況で無防備な背中を見せるなど、不用心にも程がある。

 戸惑いと共に向けられるリュートの視線。彼女もまた、少女のあまりにも突飛な行動にどう返すべきか悩んでいるのだろう。


 少女が何を考えているのか、掴みかねるとはいえこのまま無視しているわけにもいかない事は確かだ。むしろ|《流れ星》(ステッラ)だという自称が偽りで、盗賊達と通じていないという保障もないのだから。ここで目を離せば、仲間と連絡を取られ気付けば囲まれていた――などとなっては目も当てられない。

 あるいは――今から向かう先で罠にはめられる可能性も、十分に警戒すべきなのだろう。

 なかなか動こうとしない俺達に、何を思っているのか少女はいっそ無邪気と言える仕草で振り返ると、一言。


「そっちは大丈夫よ。見張ってるし、早々移動はしないでしょ」

「……何を、知っている?」

「さぁ? 他人の手札を知りたきゃ、まずは自分の手札から見せることね」


 警戒した問い掛けに、少女は軽口めいて返すに止まる。まさにその通りであるのだが――素直に聞き入れる事も出来ず、しかしすぐさま反論の言葉が出てくるわけでもない。

 そんな俺の様子に、少女は苦笑を浮かべ肩をすくめた。




 少女が足を止めたのは、先程の場所から少し離れた森の中だった。

 慣れた様子で躊躇いもなく倒木の上に腰を下ろすと、向かい合うように置かれたもう一方の倒木に座るよう促す。よく見れば間に火を焚いた跡が残されている事から、どうやらこの場所はキャンプとして利用されているのだと推測する事が出来る。


「さて、と」


 少女は相変わらず、向けられた疑惑の眼差しを意に関した様子もなく、無邪気とも取れる仕草と共に続けた。


「まずは確認しておきたいんだけど……あなた達はあそこを塒にしている連中に用があってここまで来た。それであってる?」

「……知りたいことがあるのなら、まずは自らの手の内を明かせ……ではなかったのか」

「んー、ま、そうなのよね。……でもま、こんな辺境くんだりまでわざわざ冒険者が足を運ぶ理由って言ったら、あいつ等関連かなーってね、そう思うのは自然でしょ?」


 くすりと悪戯っぽい笑顔を浮かべ、その様子はやはり先程感じたように年頃の娘そのもの。到底こんな森の中を一人で歩ける者が浮かべる顔には思えない。

 しかし指摘の方はもっともで、その通りであるが故に下手に言い返す事もできない。


「ま、要はそれを前提に話しをさせてもらうから、ってことよ。――で、だ。あなた達はあいつ等自体に用があるの? それとも、あいつらに取られた何かを取り返そうとしているの?」


 瞬間、先程までのふざけた空気が一転する――

 まるで氷をそのまま刃にしたような、鋭く凍てついた空気。それまであった緊張感など微塵も感じられないものとは真逆の気配に晒されて、背筋に冷たい汗が伝う。


 が――それは僅か一瞬。


 次の瞬間には、先程までの冷気がまるで嘘のように霧散する。初めからそんなものなど無かったとでもいわんばかりに。

 まるで狐につままれたかのような、奇妙な感覚。

 それでも何故か苛立ちや不快感を覚えないのは、少女から敵意を感じる事ができないからだろうか?


「……用があるのは、盗賊自体に……だ」


 悩んだのは僅か一瞬。気が付けば、自分でも驚くほどあっさりと言葉にしていた。


「そっか。じゃ、一つ提案なんだけど――共同戦線、やってみない?」

「は……?」


 あまりに自然に告げられた言葉。再び我が耳を疑った事は言うまでもない。

 共同戦線、という事は少女の目的もまたあの賊集団ということなのだろうか? いや、彼女の言葉ではないがこのような場所までわざわざ足を運ぶのだ、明確な目的があると考える方が妥当だ。それが賊集団でないなどと、何故言い切れる。

 だがしかし――目の前にいる少女は、どう見ても十代中頃の年相応の少女にしか見えない。手と顔以外、一分の隙もなく衣服で隠している体もけして筋肉が付いている方ではなく、どちらかといえばほっそりとした体格は有り体に言えば華奢であり、とてもではないが荒事に向いているようには見えない。

 一応は武術の心得でもあるのだろう、背中に差した剣と、手には少女の身長よりも長い棒を持っているようだが……


「なによー、さっきから失礼ね。……そんなに意外?」


 戸惑う俺を前に、少女は年頃の娘らしく楽しげにくすくすと笑う。その姿はやはり荒事をこなす人間には見えない。


「ギルドに登録してる人は老若男女いろいろ居るし、別にあたしみたいなのが一人や二人、混じっててもおかしくないとは思うんだけどな」

「それは……そうだが」


 ギルドの仕事は多岐に渡り、それこそ子供のお使いのような物まである。町に暮らす子供たちが、小遣い稼ぎにそういった依頼を受けるという例も少なくはない。特にスラムなどに暮らす子供からすれば、数少ない貴重な収入源だ――もっとも、そういった場所では自然競争率も高くなるのだが――閑話休題。

 少女の言葉は一応は正論であるものの、今ここへ足を伸ばしている現実に当てはめてみればいささか奇妙――というよりは無謀ではないか? そう思わざるをえない。


「ともかくっ、あたしはあいつ等の奪った物に用がある。あなた達はあいつ等自身に用がある――規模だけは大きい相手だもの、下手に個々で突っ込むよりは手を組むっていうのは、そんなに悪い話しじゃないと思うけど?」

「奪還系の依頼……か」

「ま、そんなとこかしら」


 呆れた言葉を向けて尚、少女は怒る事なく慣れた様子で答える。

 あれだけ多くの依頼がギルドに寄せられていたのだ、少女はその中の何れか――おそらくは直接戦闘の発生しない類のものを請けたのだろうが……無謀だという思いは禁じ得ない。

 相手は集団、そしてこの三年近くの間スディラ領を悩ませ続けてきた者達だ。例え何かを取り返す事が目的で、壊滅ないし何らかの損害を与える事を目的としないとはいっても――容易だとは思えない。

 おそらく少女には連れがいるのだろう。こんな場所にも関わらず、少なくとも二人分は椅子を確保しているのがその証拠だ。きっと、その中で彼女は後方支援を担っており、少しでも作戦の成功確率を上げるため、人手を欲しているといったところだろうか?

 少女の口ぶりからするに、彼女等はあの場所に居る者達についてある程度の情報を集めているのだろう。

 人手と情報、確かにそれは少人数で戦力の少ない俺達にとって魅力的な提案だ。だが――


「……断る」

「えー、なんでよ? あなた達の不利益にはならないと思うんだけどなぁ」

「力量も解らない相手を、こんな所で出会ったばかりの相手を、簡単に信用しろ……と?」


 そう、少人数であるからこそ、個々の力量が求められる。

 ただでさえ今回はリュートを連れている。囲まれてしまった場合、万が一の際、この前のような例もある以上、どうしても慎重になってしまう。

 下手に力量のない者を連れて歩けるほど、甘い世界ではない。それがギルドに身を置く者の間では常識だ。もっとも、連れと共に来たにしても、こんな所で単独行動が取れる事自体、それ相応の力量を持っているのだろうが――それと信頼できる者であるかどうかは、話が別だ。

 暗に足手まといだという言葉に、しかし少女はおかしそうに眼を細め、唇の端に笑みを浮かべた。


「なるほどね、足手まといは必要ないって訳だ?」

「………」

「あ、黙り? ま、いーけどね」


 「こんなナリじゃ、そうも思うわよねー」と、まるで他人の事のように独り言を呟いて、一言、


「じゃ、ちょっと手合わせしてみる?」

「――は?」

「お互いの技量を知るには、それが一番手っ取り早いでしょ?」


 こちらの反応など無視し、少女は名案だといわんばかりに頷く。実力がものを言うギルドに登録する者同士、手合わせを行う事はけして珍しくは無い。

 無いのだが――

 だが、今居る場所は盗賊が塒にしてるとおぼしき場所からある程度は離れているとはいえ、この森林地帯からすればほとんど目と鼻の先といってもおかしくはないような距離だ。派手な事をすれば発見されかねない。

 正気か? 視線で問えば、少女はそうと決まれば善は急げだ、とでも言うようにすっくと腰を上げる。


「後に響くとあれだから、お互い武器は無しの無手で。先に一発、決定打を打ち込んだか、明確に触れた方が勝ちってコトで。あ、勿論寸止めね」


 言いながら、こちらの返答も待たず少女は倒木から離れ、すぐ側のちょっとした広場のようになった空間に立つ。木が何本か倒れたのだろう、幸か不幸か開けた空間は動き回るには十分だ。


「なに、ぼーっとしてるの? 知りたいっていったのはそっちでしょ?」

「それは……そうだが」

「あ、もしかして自信なかった?」


 乗り気でない俺の様子に何を思ったか、少女はまるで小動物のような仕草でそんな言葉を口にする。

 まるで小馬鹿にするような態度に、流石にカチリと頭に来る。

 まだ子供だといちいち目くじらを立てるようなことはしなかったが、ギルドの仕事を請け負う以上それ相応に世間のことは知っているはず。……自立している人間として扱っても、何ら問題はないだろう。


「……あの連中について、知っている事は教えてもらうぞ」

「元々そのつもりだってば。話聞いてからの判断でも良かったんだけど……そうね、じゃああたしが勝ったら協力は確定ってコトで。そっちが勝ったら――んー、情報はどのみち開示するし……」

「グダグダ言っていないで、さっさと始めるぞ」

「はーい、了解了解っと。……そんなに気を立てなくてもいいと思うんだけど……ま、本人がご所望ならそれはそれで、か」

「……言っていろ」


 相変わらずな少女の正面に立ち、険しい目で睨み付けた。





 普段は剣を主体に戦っているが、それ以外の武器を使ったことがないわけでもない。

 むしろ村で生活していた頃は薪や枝を切るための手斧や遠くの獲物を狙うための弓、細工物を作る際に使う小刀などの道具を使う機会の方が、当たり前だが多かった。

 旅に出て、それらを手にする機会は減ったが使えないわけではない。無手での戦いにも、似たような事が言える。

 むしろ剣が使えなくなった事態を想定し、己の身一つでの立ち回りは常日頃から鍛練しておけ――というのは、旅に出てすぐの俺達に旅の心得を叩き込んでくれた人の言葉だ。


 少女も、こんな場所に来ている以上一定以上の力量を持っていると思った方がいい。警戒し、油断無く身構える俺とは対照的に、向かい合う形となった少女はいまだ身構える事もせず立ったまま。


「……手合わせをするのではなかったのか?」

「うん、いつでもいーわよ」


 鋭い視線を意に介さず、少女は「こっちからふっかけたようなもんだし、タイミングはそっちでどうぞ!」と暢気なもの。


 ――舐めているのか。


 軽く肩幅程度に開いただけの足、だらりと下げたままの腕――相変わらず身構える事なく突っ立っている少女は、どう控えめに見てもこちらを侮っているようにしか見えない。

 あくまでもその姿勢を崩すつもりが無いというのなら――相応の目に遭う事も覚悟してもらおうか。

 年下の少女と相対するという事態への躊躇は綺麗に吹き飛び、代わりに沸き上がるふつふつとした思い。

 多少距離を開けているとはいえ、その距離などあってないようなもの。一息の距離だ。


 ……手早く片付けさせてもらうっ!


 予告も無しに地面を蹴る。体勢を低くしたまま、瞬き一つもかからない僅かな時間で少女の懐へと潜り込む。

 少女がいくら体術に自信があろうと、予告も無しに仕掛けられ、しかもあの体勢ではろくな反応も出来無いだろう。

 そのまま拳を振り抜き――


 少女の体に触れると思った瞬間、なんの前触れもなく視界から少女の姿がかき消えた。


 あの体勢で、いつ動いた――? 予備動作らしき素振りもなかったため、警戒よりも戸惑いが浮かぶ。少女の姿を探し視線をあげた胸元に、ひやりと冷たい感触。


「あたしの勝ち、ね?」


 視線を向ければ、いったいいつの間に潜り込まれたのか――仕掛けたはずの俺の懐に、事も無げに潜り込んでいた少女の姿。こちらを見上げるアイスブルーの瞳が、楽しげに輝く。


「早いことには早いけど、動きが直線的すぎるわね。……このレベルなら獣や単細胞相手には身体能力で圧倒できるから、そんなに問題にならないかも知れないけどね。けどあの程度の挑発にまんまと引っかかっちゃってるし……もっと先に行こうと思うなら、外連味持たせないと絶好のカモよ?」


 驚愕する俺とは対照的に、少女はつらつらと語る。

 胸元に押し当てられたものは相変わらずそのままで、それは物騒な武器などではなく少女の白い掌。しかし子供にあるまじき冷たさが、下手な武器などよりも危険なものなのではないか――まるで猛毒を縫ったナイフでも突き付けられているかのような――などという幻覚を抱かせる。

 そもそもが、だ。少女の動きはほとんど見えなかった。予備動作も、動いている最中も――気配すらも。

 思い起こせばそう、初遭遇の時も少女はこちらに一切の気配を感じさせる事なく近付いた。こちらとて、多少の場数は踏んでいる。気配の察知に特別優れているとは言うつもりはないが、鈍いつもりもない。

 だというのに、一切の存在感を感じさせなかった。この年頃の人間が持つには異常なほどの隠蔽能力だと言わざるを得ない。

 いったい、何をどうしたというのだろうか? 少女が取った行動は、結果からある程度推測する事が可能なのだが――

 瞳に浮かんだ問いに少女は答えず、にこりと笑みを浮かべる。


「――と、まぁこれくらい動けたら、足手まといにはならないわよね?」

「足手まといも何も……」


 軽い手合わせだけで全てをはかれるわけではないが、少女の動きは明らかに第一線で戦う者のそれだ。むしろ俺よりも優れているといっても言いすぎではない。これだけ一方的にしてやられて、尚も文句を付けることなど、できるものか。


 ……と、言うよりも、これだけ動けるのならわざわざ共同戦線を提案する必要など無いのでは……?


 無言の問いに、答が返る事はなかった。

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