1 -スディラ領にて-
榮と別れて数日後、思ったよりも順調に旅支度を調えた俺達は彼の言葉に従いスディラ領へ向かい移動を開始した。
とはいえ、榮から得られた情報は漠然としていて――それでも、地域を絞れたという意味では十分に有り難いのだが――詳細は不明。どう言ったつもりでの発言なのか問おうにも、本人はすでに街を離れているらしく、その意図を知る事も出来なかった。
得た情報が極めて曖昧であるため、道中立ち寄る街のギルドなどでの情報収集を行いながら移動する事となった。目的地が決まっているにしてはあまり順調とは言えないが、いつもとさして変わらないと言ってしまえばそれまでだ。いや、むしろ一応とはいえ明確な目的地がある分、随分ましと言うべきなのだろうが。
しかし――やはりというべきか、先々でいくら情報を集めようとそれらしい話は耳に入ってこない。
三年前のあの事件……一般には不幸な事故として認識されているために、事件について聞きたいと声をかければ怪訝そうな顔をされる事も珍しくない。
あの時、唯一の生存者であるリュートと共に村に帰った俺は己が目にした惨劇を、そこに立ちこめていた濃密な死の匂いを村の大人達に訴えた。
けれどそのことごとくはまともに取り合われることなく、火に巻かれていたせいで気が動転してしまったのだろうと一蹴されてしまい、俺の訴えが聞き届けられる事はなかった。
「ユヴェリエ領であった事件について……ねぇ。しかしあれだろ? 三年前にあの辺りであった事って言えば、領主の館が焼けて若い領主夫婦を含めたほとんどが亡くなって、助かったって話しだった跡継ぎも行方不明になった……っていうあれくらいだろ?」
「……そうだな」
ギルドカウンターの大柄な男は、己の作業を止める事なく首を傾げた。よくある反応なので今更目くじらを立てるつもりもないし、立てたところでそれは酷く理不尽で利己的な感情から来るモノであるのだろうが――思わずにはいられない。
何故、あの出来事は『事件』ではなく『事故』として伝えられているのだろうか? あの場で目にしたモノをどれだけ訴えようと、火災現場のただ中で気が動転してしまったのだろう――そう切り捨てられた事は、いまだ生々しく記憶されている。
「すまんな、期待に応えられなくて」
「いや……換金のついでだ、元々当てにしていない」
「オイオイ、そりゃ無いだろ」
俺の返答に、ギルド職員の男も軽口で応じた。
ギルドへ立ち寄ったのは情報収集の目的もあるが、どちらかという路銀を稼ぐ目的の方が大きい。榮と共同で依頼を受け、報奨金は山分けしたとはいえそれなりの額はあった。だがこれから冬にかけては何かと出費がかさみ、その上ギルドに持ち込まれる依頼も簡単なものは減少する傾向にある。行商を行う商人も減るため、護衛依頼も減省するので全体の仕事量が目減りし、さらには外での食料調達も難しくなる事は言わずもかな。今の内に十分蓄えておく事が、安定した冬越えを行うためには必要だ。
とはいえ、三度目の冬ともなれば随分手慣れたものではあるのだが。
村を飛び出したばかりの頃から思えば、その違いは顕著だろう。当時の俺達は、そんな当たり前の知識すらまともに持ち合わせては居なかったのだから。
馬車での旅の利点とも言えるのが、道中見つけた薬草など、利用出来る物を手に入れた場合、ある程度以上の量を採取できるという点だ。もっとも、行商人などは街から街へと運ぶ荷物を積んでいるため、そんな物を詰め込む余裕は少ないのだが。
その点、俺とリュートは行商をしているわけではなく身の回りの荷物とある程度安全な寝床を確保するために荷馬車を利用している。その上に持つも身の回りの物もさほど多くはないため積載量には十分な余裕がある。
薬草や木の実、道中で仕留めた動物の毛皮や肉など、細々とした採取品の依頼は、大抵のギルドで常に数件は存在している。先に品を用意しておき、依頼があった場合はギルドへ、それ以外の場合自分達で利用する分はそれぞれ処理を施し、それ以外も売り払う事でそれなりの収入を確保できる。
今回は薬草類の納品依頼と、冬を目前としているからだろう、毛皮や肉などの採取依頼が張り出されていたため、その分を納品しているに過ぎない。
「ほらよ、査定は終了。こちらが報酬で。……ま、三年前っていやこっちも色々あってどたばたしてたからなぁ、他の領のことまでいちいち覚えてられねってのがあったか」
「……その割には、詳しいように思うが?」
「ああ、一応は隣の領地の事だからな。田舎領同士、それなりに情報が入ってくるって訳だ」
スディラ領はヴォラオドス国の中でももっとも北に位置する領地の一つだ。寒さの厳しい北の大地から、暖かな南を目指そうと押し寄せてくる最北の民との間で争いが発生する際、最前線となる事も珍しくはない。そのためか、常日頃からある程度他国や他領値の情報を集めているのだろう。
旧ユヴェリエ領とは間にスディラ山脈が立ちはだかっているとはいえ領境を接している事、そして首都から見て交通の便が悪い僻地である事などの共通点もあり、親近感が存在しているのかも知れない。
「そうか。……こちらでも、と言ったが、あの頃この地方でも訃報が?」
「いやいや、領主様を含め、御家族様皆いたってご健康であらせられるぞ? まああれだ、旧ユヴェリエ領で起こった事故みたいなもんじゃなく、単に盗賊が住み着いたーっていうよくある話しだからな。他の領地のヤツは知らなくて当然だ」
「ああ……。何処にでも出るものだ」
「ははっ、違いない!」
賊連中とはやり合った記憶が新しいだけに、思わず顔をしかめてしまう。そんな俺の様子にギルド員は豪快に笑う。
「にしても、兄ちゃんみたいな高ランク保持者がこんなちまちました依頼を受けるとはね……」
「誰がどの依頼を受けようと構わないだろう。そういった規則があるわけでもあるまいに」
「まぁ、もっともではあるんだが」
ギルドに持ち込まれる依頼は、依頼事に査定され大まかな目安としての難易度を示す星が付けられる。ギルドランクと同じく零個から五個までの星は、おおよそ請ける側の|ランク(星の数)と同数であればよっぽどでもない限りこなせるだろうという目安となる。
仕事を選ぶ側は勿論、星の数だけではなく内容を見て決めるのだが、おおよその指針となる事には間違いない。そしてその際に自分の保持する星の数よりも依頼書の星の数が多くなる事は特に禁止されておらず、逆もまたしかり。それらの判断は全て個人に委ねられている。
ただ、一応登録者の間ではあまり高ランク保持者が低ランクの依頼ばかりを受けるのは良い顔をされない。これは実力のある者が簡単な依頼を処理してしまう事で駆け出しの仕事を奪い、結果として後進が育たなくなるという意見が一つ。そもそも簡単な依頼は報酬がイマイチで実入りが少ないと倦厭される事が一つ。など様々な理由がある。
今回受けた依頼も星一つか二つの物ばかりだったが、依頼書の張り出し期限間近の物ばかりを選んだので、そこの所は大目に見てもらいたい。
「どうだ? これも何かの縁だ、住み着いた連中を懲らしめてくれりゃ、こっちとしても大助かりなんだがね」
「無茶を言う。……簡単に駆逐できないと言う事は、それなりの規模なのだろう? 個人相手に話を振るな。そもそもそういった連中の相手は、常備軍の仕事だろうに」
「それがなかなか上手く行かないから、こうして依頼が出ているわけだ」
言って、示した先にあるのは壁に張り出された依頼書。その大半に押された星は赤色であり、討伐依頼か、さもなくばアジトの発見・偵察、あるいは奪われた物の奪還依頼だ。
これが一盗賊団による被害だとすれば、まさしく手を焼いているというのは事実なのだろう。
「……集団に依頼をしないのか?」
「ここらに大手の集団は無いし、何処の集団もわざわざこんな辺境くんだりまで人を出すには費用と見返りが釣り合ってないとか言いやがってな。ついでにこの時期は何処の連中も仕事が多い南に向かっちまうんでね。おかげでこっちは閑古鳥。まぁ、多少の依頼もあるが……積極的に動く気のあるヤツはだいたい南へ行くか、もしくは他の仕事なりなんなりがあって休暇常態よ」
寒くなれば――雪が降り積もればその中の移動は困難となる。そのため護衛などを生業にする人間が温かい南へ移動するのは極当然の流れだ。
「そんな訳で、ふらっと現れた実力者に任せたくなるのも心情ってもんだろう?」
「……機会があれば、な」
「おう、せいぜい期待させてもらうとするぜ」
ひらりと手を振り、見送られた。
|《四つ星》(カトル)になったばかりの頃もそうだったが、やはり周囲から実力を期待されるのはいつになっても慣れない。そもそもが、俺がこなしている依頼の大半は今回のように細々とした採取・調達依頼が絞める。
他の|《四つ星》(カトル)に名を連ねるような者達は、駆け出しの頃ならともかく名が売れ、周囲に実力が認められた以上、報酬が少なく名を売るにも不向きな、おまけに手間のかかるこの手の依頼に見向きもしない。
そのため依頼達成件数で見た場合達成件数が少なくなり、相対的に俺の依頼達成数が多いと判断されてしまうだけなのだが。
今までならそんなものかと流していたが、それで|《五つ星》(ペンテ)などという大役が回ってきたのだから溜まった物ではない、と半ば八つ当たり気味に|《四つ星》(カトル)の者達に毒突いてしまう。
俺がこんな事を思うように、彼等も思っている事だろう。小さな依頼ばかりを請けるハイエナが|《五つ星》(ペンテ)の称号をかっ攫っていった、と。
正直に言ってしまうなら、もし面と向かって|《五つ星》(ペンテ)の位を譲れと言われれば、喜んで渡したいくらいだ。
これは別に、己の力に自信が無いという訳ではない。こんな仕事をしている以上、腕に多少の覚えが無くてはやっていく事はできない。ただ周囲から与えられた評価や二つ名が、過剰すぎるとうんざりしているだけだ。
特に榮の力を見せつけられた後では……尚更に。以前まだ|《五つ星》(ペンテ)に上がる前、同じ|《四つ星》(カトル)の者達も相当の実力者だと感じていたのだが、榮のそれは頭一つを通り越し、異常なまでに高いと言わざるを得ない。そんな彼と同ランクに見られるなど、重圧を感じるなという方が無理な話だ。
栄以外にも後三人もいるという、|《四つ星》(強者)を上回る実力を持つ|《五つ星》(最高ランク)保持者達……そんな彼等と同じと見なされるだけの能力が、はたして自分にあるのだろうか?
高位のランクは、好む好まざるに関わらず騒動を呼ぶ。以前|《四つ星》(カトル)になったばかりの頃も騒がれたのだ、その時の記憶はなかなか消えない。
呼び寄せた騒動を切り抜けるだけの実力がなければ、目的を果たす前に道半ばで倒れる可能性すらあるのだから。
はたしてこの手で、彼女を守る事ができるのだろうか――
いまだ根拠のない慰めしか術のない、無力な掌をきつく握り、弱気な考えを追い払うよう首を振った。
リュートを待たせていた席に戻る。手続きを済ませている間に運ばれてきたのだろう、机の上にはギルド直営店の名物とも言える、安さと量が売りの簡単な食事が手つかずのまま並べられていた。
「……待たせてしまったか?」
言葉に、リュートはふるふると首を振った。
「ジークと一緒が、よかった……から」
「そう、か」
元々人見知りの気らいがあるリュートにとって、見知らぬ人間の中で一人待っているという状況はなかなかに居心地が悪い状況だったのだろう。
元々小食であることも手伝って、旅をしているときでさえ、リュートはあまり空腹を訴える事をしない。補給の当てがない時など、携帯食料を食いつなぐ場合などは美点とも成り、それはそれで助かる点もあるのだが……せめて町に立ち寄った時くらいは、もう少し食べても何処からも文句は出ないと思うのだが。
昼食を済ませ、まだ自分の分と格闘しているリュートにゆっくりで構わないと告げ、ギルドなどで集めた情報を話す。……相変わらず手掛かりらしいモノは得られなかったという言葉に、リュートは一瞬表情を曇らせ、けれどすぐ落胆を悟られまいと気丈に返す。
「それと……三年前、この領地でも何かと騒動があったらしい。その上未解決……この分では、あまり期待できないかも知れない」
「……それって、盗賊が住み着いたっていう……?」
「ああ、知っていたのか?」
「えっと……さっき、ウエイトレスのお姉さんが……」
リュートが視線を向ける先には、盆を両手にくるくると動き回る女性の姿が。
荒くれ者が多いが故に、各机の間は広めになっているとはいえ、食事時のためさほど広いと言う事も出来無い。そんな環境であるにも関わらず、動きにくそうな素振り一つ見せないのは流石とでもいうべきか。
「なら、話は早い。……少し、探りを入れてみようと思う」
「え……?」
俺の返しを予想していなかったのだろう、リュートは大きな目をますます大きくする。
「と、盗賊のことを調べるって……どうして?」
「……あの事件があったのが三年前、盗賊共が出没するようになったというのが、その少し後……身を隠すため、と言う可能性も考えられる」
かなり強引な考えではあるが、それ以外にこの地方でそれらしい噂を耳にしない、と言うのも理由の一つだ。榮があんな曖昧な物を情報だとした以上、この地方に足を運べば誰でも耳にするようなものが関わっているのではないか――そう考えれば、同じ頃に住み着いたという盗賊は限りなく怪しい。勿論盗賊達について調べる一方で、あの事件について調べる事も忘れはしないが。
……勿論、榮の情報とも言えない情報が、こちらをからかっただけであるという可能性を否定する事も出来無いのだが。
「そっか……」
「ああ。その時はしばらく一人にさせるが――」
「わたしも、行きたい」
思いがけない言葉に、我が耳を疑う。
「……リュート?」
視線を向ければ、真摯な眼差しでこちらを見上げるリュートがいた。
「危険だ。……前の依頼とは、訳が違う。悔しいが、こちらの戦力も」
「わかってる。……でも、それでも一緒に行きたいの」
「何故……」
「だって……だって、その盗賊達があの事件に関わってるかも知れないんだよね? なら、わたしもちゃんと行きたい……なんであんなことをしたのか……お父さんとお母さんを……みんなを……っ。それを、ちゃんと確かめたいの」
一息に言い終わると、ジークとの間に気まずい沈黙が生まれた。
ギルドの中にいるから、相変わらず周りの人達は騒がしいはずなのに……何も言えない。居心地の悪さにそらしてしまいそうになる視線を、だけど押し留めてジークを見上げる。
ジークは、怒っているだろうか? いつもとあんまり変わらない、難しい顔でわたしを見つめている。その顔が不機嫌そうに見えるのは、きっと気のせいなんかじゃなくて……でも、引けなくて。
だって、こんなの我が儘で――戦えないわたしなんかが付いていってもこの前みたいに何も出来無いか、足手まといになる方がずっとあり得るから。
それでも――知りたいという気持ちが、一緒に行きたいという気持ちが抑えられない。
「盗賊達が関わっていたという証拠はない。……それでも、か?」
「……うん」
向けられた問い掛けに、こくりと頷く。引く気のないわたしに、ジークは軽く息をつき、
「……馬車は目立ちすぎる、使えない。ラーは同行できるだろうが、場合によっては徒歩の移動にもなるだろう。……無理だと思ったら、すぐに言え」
ぶっきらぼうな言葉に、一瞬何を言われたのかわからなかった。けど、すぐに意味を理解して、でもまさかそんなことを言ってくれるなんて思ってもいなかったから、すぐには言葉が出てこない。
「……何を驚く?」
「え……あ、だって……」
ジークはいつも、ギルドの依頼で出かけるときはわたしを街に残していく。勿論一緒に行くことだってたまにはあるけれど、そう言う時に受ける依頼は採取系のものばかりで……この前みたいに、危険があるとわかる依頼に連れて行ってくれることは、今まで全然無くて――それこそあれは、榮に押しきられたわけでジークは反対してて。
だから、なんて言ったらいいのか、わからない。
混乱したままの頭で必死に答を見つけようとするわたしの頭を、ジークはまるで落ち着かせるように優しく撫でてくれた。
手のひらから伝わる熱が温かくでくすぐったくて、わたしはますます混乱してしまった。
吹き抜ける風は日に日に冷たさを増し、冬の気配を感じさせる。早くも葉を落とした落葉樹、寒さにも負けず緑を茂らせる針葉樹。様々な樹が思い思いに枝葉を伸ばす森は、人の手が入らない自然のままの姿で俺達を出迎えた。
人の暮らす街や村から遠く離れ、街道すらも通らないこの場所には道らしいものも見当たらない。辛うじて、獣達に踏み固められた獣道が途切れ途切れに、しかし縦横無尽に広がっている。
そのため時折足を止め、危険な獣が利用しているか否かを確かめる必要がある。小型の獣のものに混じって、微かに人のものらしき痕跡があるのはこんな辺鄙な場所まで狩りに来る猟師がいるためか、はたまた人の目に触れたくない何かが、人目を忍ぶため不便を承知で住み着いているのか――
「……そろそろ、休憩しよう」
整備など禄にされているはずもない獣道。付いてくるのがやっとといった体で歩くリュートに宣言し、適当な倒木に腰を下ろすよう促す。
一瞬何か物言いたげな表情を浮かべたリュートは、しかし疲労のほうが勝ったのだろう。素直に腰を下ろし背負った荷物を地面の上に置いた。
「ごめん……なさい」
「気にするな。こんな場所だ、歩きにくいのは当然の事だろう。それに消耗した常態で接触してしまう事を思えば、な」
俯くリュートにつとめて明るく声をかける。こんなやり取りを、森に入ってからもう何度繰り返しただろうか。
あの後――三年前にスディラ領に住み着いたと言う盗賊達について調べて回った。勿論、平行してユヴェリエ家の襲撃事件についても調べはしたが、こちらの方はいつもの如く、だった事は今更言うまでもない。
反対に、盗賊団については多くの話しを聞く事ができた。どうやらギルドの職員が語ったよう、この地方ではかなりの問題となっている懸案であるようで、行商人への被害やその他の被害を合わせると、三桁に手が届くのではとさえ言われていた。街道の商人を襲う以外は小さな農村への襲撃事件、人攫いや市壁を備えた街中でさえ隙をついて侵入し、傍若無人な振る舞いをしているのだという。
当然、ギルドや領主お抱えの私設軍によって幾度となく討伐部隊が結成されているようだが、その効果は芳しくない。勘のいい者が取り仕切っているのか、討伐対が動いている間は下手に動かず、ねぐらに引きこもってはほとぼりが冷めるまでじっと待つか、あるいは活動地域を大きく変えて煙に巻く。
私設軍などは日頃から鍛練を繰り返すとはいえ、未開の地での活動ばかりを訓練しているわけではない。おまけに土地勘はあちらにあり、動きの鈍った討伐はまんまと振りきられるか、もしくは手痛い被害を被っているのだとか。
三年間の調査でどうにか漠然とした拠点は掴めているものの、それも人の手の入らない未開拓地域の中、といった漠然としたものだと愚痴混じりに聞く事ができた。
今では各種ギルドなどから注意勧告を行い、無闇に近付かないようにしているのだが、その範囲が広く曖昧で、かつ相手も裏をかいて動くため、余計な混乱を生む場合もあるらしい。
ギルドの掲示板に張り出された依頼を見るだけでも、関連の依頼が出るわ出るわ……討伐、強奪されたものの奪還、仇討ち、さらわれた子供の安否確認、ねぐらの特定……中には依頼内容に賊への呪詛を綴ったものもあり、問題の根深さを物語る。
依頼書に目を通していると、請けてくれないかと声をかけられる事もあったが、首を振って断って断った。明らかに落胆した様子を見るのは心苦しいが、生憎人の手には限界がある。かなりの規模になる一団を相手に、こちらは二人。それもリュートは戦う事を得意としない。
安請け合いも、自身の力量を弁えない事もするつもりはない――結局三年前の事件との関連も解らないままだったが、他に当てもない。
集めた情報を元に、俺とリュートは目星を付け森に向かった。
今しばらくリュートには休憩を言い渡したまま、周囲に目的のモノがないかを探る。いつ何と出くわすともわからない未開の森で側を離れる事に不安はあるが、疲れたままの彼女を連れ回すわけにもいかない。
ラーを連れてこられればまだましだったのだろうが、村から村への移動の際、荷馬車共々俺達を運んでくれる彼女を休ませないわけにもいかない。勿論共に捜索に来る日もあるが、今日は村で休ませている。
一応、リュートには合図として遠笛を持たせているので、何かあればすぐに知らせることは出来るのだけれど。
故郷では羊追いなど遠くへ出かけた際に双方向の意思疎通道具として使っていた遠笛だが、どうにもリュートには聞こえにくいらしく、諦めて彼女からこちらへ、一方的な合図として利用しているのが現状だ。
勿論、それでも十分な用途なのだが。
ざっと周囲を調べたが、先程の痕跡以上の収穫は無く、時折枝葉を落とした木の根本で木の実を探す小動物の姿を確認出来る程度だった。
探索を初めて早数日、思わしい結果を出せていない。盗賊達が潜んでいるのではないかと言われるクルヴィ山脈の裾に広がる森林地帯。その周辺に点在する村を足がかりに、盗賊の塒を探しているのだが、いまだそれらしい場所を見つける事は出来ていない。
村の周辺に拠点がない事は喜ぶべきなのだろうが、探している方からすれば素直に喜ぶ事の出来無いものがある。とはいえ、周辺に異常がない事を知らせたときに村人達が見せる安堵の表情は、むしろ歓迎すべきものなのだが。
リュートを待たせている場所に戻ろうとした丁度その時、ぬかるんだ地面に獣のものとは異なる足跡を見つけた。
猟師のものにしては深く、しっかりとした形が残る足跡。森の中での行動を前提としているため、猟師の装備は軽装である事が多い。足跡も、獣に警戒されないため極力付けないよう気を払う。
こんな風にはっきりと痕跡を残すのは明らかなミスか、あるいは獲物を持ち帰るときと考えるべきなのだが……足跡は森の外ではなく、奥へ――クルヴィ山脈の方へと向かっている。おまけに複数、それも種類の異なる物が混じっている。複数の人間が通った事を物語る。
当たりだろうか――足跡が向かう方角を記憶し、急ぎリュートを待たせた場所に戻る。
別れた時と変わらず、リュートは倒木に腰掛けたまま大人しく待っていたようだ。葉のこすれる音に一瞬身を固くしたが、近付いてきたのが俺だとわかるとほっと胸を撫で下ろした。
「ジーク……」
顔を上げたリュートに声を潜めるよう身振りで伝える。俺の様子に何か感じ取ったのか、その顔には不安の色が見て取れる。
「それらしい足跡を見つけた。……追跡する。行けるか?」
問いに、リュートは緊張した顔のままこくりと頷く。例えそれが強がりだとしても、頼もしい姿に我知らず苦笑しながら、手早く荷物を担ぎ上げる。
「……行くぞ」
ここから先は、今まで以上に警戒して進まなければならない。
相手を発見する可能性があるという事は、同時にこちらが発見される危険性もまた存在するという事なのだから。
盗賊達の目を警戒しながら森の中を進む。先に進むにつれ、見つけた足跡意外にも、邪魔になったのだろうへし折られた枝や轍の跡など、思いの外多くの痕跡を見つける事ができた。
まだ村で暮らしていた頃、家族や村の猟師と共に行った狩りを思い出しながら、慎重に残された痕跡を辿る。
土の踏み固められ具合から、この辺りまで来るとどうにも頻繁に利用されているらしい事が読み取れる。普段は森の中で食料などを集めある程度自活し、足りない分を奪うことで補っている……の、だろうか? それにしては襲撃の件数が多く、はた迷惑な事に変わりはない。
いっそこんな辺鄙なところで暮らすのならば、自給自足が可能な生活基盤を築いてくれればいいものを――そんな事を内心呟きながら、そのつもりならもっと街道なりに近い場所を見つけているかだろうと思い直す。
無論、盗賊がそんな場所を拠点にしていれば発見される可能性は跳ね上がり、有事の際にはすぐさま兵が送られてくるという事態になるため、背に腹は代えられないといったところだろう。
他と交流を持てない不便、それを呑み込んでまでこんな辺鄙な場所に居を構える理由。それが考えているように盗賊として人の目に触れたくないのか、それとも隠れ里的な何かなのかはまだ判別は付かない。が、多くなる人の痕跡に警戒を強めていく。
それを見つけたのは、足跡を追い始めて半日ほどが経過した頃だった。
相も変わらず行く手に広がるのは人の手が入らない緑の領域。所々に残る痕跡は数が増えているとはいえ、ともすれば獣のものと見間違えてしまいかねない物も多い。またクルヴィ山脈に向かうような形で進んでいるため、徐々にだが急な傾斜や岩肌が露出した崖などが行く手を阻むこともある。
この辺りに大きな道がないのは、こういった地形のせいもあるだろう。そんな事をちらりと考えながら、昔取った杵柄で先へ進む。
時折挟む休憩を取ろうと都合のいい場所を探したとき、木々の隙間からある程度開けた空間と、行く手を遮る岩の壁、そして一見ただの亀裂にも見える割れ目、そのの前に立つ男の姿が目に入った。
一人か二人、ようやく通れるかどうかといった亀裂。熊の巣穴と言われれば納得してしまいそうだが、周囲に熊が付けるマーキングは見当たらない上、見張りよろしく周囲を警戒する男と、追ってきた人の痕跡が亀裂へと続いている事から、そんな予想は否定される。
立ち止まった俺を不審に思ったのだろう、リュートが不安げにこちらを見上げる。無言で前方の亀裂を指差し、共に茂みへ身を隠す。
亀裂の前にいる男達は、好意的に見れば狩りの途中で休息を取っているとも見る事ができる。しかし狩人にしてはやや身なりが荒れており、商売道具と言うべき弓や装備をぞんざいに扱っているように思える。また二人で情報交換のため会話をしているようだが、その一方で周囲への注意を怠っていない――まあ、これはこんな森の中なのだから、いつ獣が襲ってくるともわからないので別段おかしな事ではないのだが。
男達が警戒を緩める様子はない。ここでは距離が近すぎると判断し、視線がずれた隙を見計らいリュートの手を引き十分距離を取る。
「ジーク……あれって……」
「……おそらくは。あそこが塒と考えていいだろう」
「そっ……か」
返答に、リュートの顔色が良くなる事はない。ただでさえ荒事に慣れていないのだ、盗賊の塒などと聞いただけで身震いするのは当然だ。さらに親の仇かも知れない存在なのだから――やはり、連れてくるべきではなかっただろうか? 今更すぎる後悔が浮かぶ。
ともあれ、怪しい者達の存在は確認出来た。後はあれが本当に件の盗賊なのか、それとも別の連中なのか、あるいは無関係の者なのかを見極めなければならない。
このような場所にわざわざ居を構える変わり者が複数居るとは思えないが、慎重を期すに越した事はない。それにこの場所が持つ不利を知って尚拠点とするような知恵の回る者がとりまとめている集団なら、けして侮れる相手ではないのだから。
しかし遠くから観察するだけではどれ程の人数がそこにいるのか、窺い知ることは難しい。あの亀裂が何処まで広がっているのか――盗賊の塒となるだけの場所なら、当然あの先にはそれなりの洞窟が広がっていると考えてもいいだろう。それがいったい何処まで続いているのか、他にも出入り口があるのか、この場所からではそれすらも解らない。他に出入り可能な場所があれば、この場で人数を数えたところで徒労となる。
さて、どうしたものか――
「ね、こんなところで何やってるの?」
唐突に――声。
弾かれるように振り向けば、そこには小首を傾げる見知らぬ娘の姿があった。




