詩: モーツァルトが弾くストリートピアノ
掲載日:2026/03/17
18世紀の西洋貴族の装いで
白いかつらをかぶった澄んだ目の若者が
ストリートピアノにそっと指を置きました
演奏が始まります
最初の和音が 光のようにきらめくと
魔法にかけられたように
通りの空気が変わりました
ベビーカーの赤ちゃんは
泣くのを忘れて目を丸くし
バス停の列にいた子どもは
アイスを傾けたまま息をのみ
信号待ちのサラリーマンは
スマホをそっとおろし
腰の曲がったおばあさんは
十年ぶりに背筋を伸ばしました
鍵盤の上では 軽やかな三連符が
「今日も生きててよかったね」
と言うように踊ります
公園の噴水の水しぶきは
いつもより高く空を指し
花屋の花束は
風に揺れながら小さくうなずき
パン屋のロワッサンからは
もう一度 焼きたての香りが漂います
最後の和音の響きが消えると
彼は軽く礼をして
風の継ぎ目に消えました
21世紀の日本の街に
18世紀のザルツブルグの香りが
しばらくの間 そっと残っていました




