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2028|記憶税の国、徴収者の記録

作者: 松 基晴
掲載日:2026/03/07

君は徴収の音を知っているか。

カチッ…カチッ…カチッ…。

みんな平等に過ぎる刻。まさしくコレだ。


小さな個室に押し込まれ、働いた分だけ記憶を徴収。

記憶は燃料となり、巡り巡って“自分”を支える。


「書類、お預かりします」

扉を開けて入ってきた相手の顔を見ずに言う。

目の前のアクリル板の隙から、書類が雑に投げ込まれる。

ひらり。ストン。

本日3回目の紙吹雪。

くしゃくしゃの書類を規定の順番に揃え、机の上で数回叩く。

「さっさとしろ! グズ!」

ドカッと乱暴に椅子に座った大男が、徴収用のデバイスを首に付ける。

カウンターをトントンと叩く爪はとても汚い。

書類に目を通し、専用の計算機に数字を入力する。

「今回は1.5日分の徴収になります」

ラベルを発行して、ガラス管を専用の抽出機にセットする。

「ガラス管、良し。接続、良し。デバイス装着、良し。徴収します」

軋む音と共に、ゆっくりとレバーをあげる。

ノック音は止んだが代わりに、抽出された記憶の液体がリズムを刻む。

大男の爪とは違いガラス管に溜まっていく色だけは、とても鮮やかだ。


——幸福、怒り、悲しみ、幸福。


彼の徴収された記憶の内訳。

ランダムに徴収されるとはいえ、幸福が2つも抜かれるとはついていない。

この人は、今日の星座占いで最下位だったのだろうか。

「お疲れさまでした。こちらの書類を受付にお出しください」

薄い複写紙を隙間から差し出す。

デバイスを外した大男が無理やり私の手から引き抜くと、複写紙だった物の切れ端のゴミが手の中に残った。

入室するときよりも大きなドアの音が部屋に響く。

次は、優しい人か、運勢がいい人に当たるといいな。そしたらその人の機嫌が少し良いかもしれない。


《 今日の営業時間は終了しました。また明日ご利用ください 》


館内に流れるアナウンスが、部屋の中まで聞こえてくる。

今の放送により目の前に居る人間が、本日最後の1人になることが確定した。

書類を記入していた指の力が緩んでいく。

「お疲れさまでした。こちらの書類を受付にお出しください」

複写紙を老婆に渡すと、「ありがとね」という柔らかい声色で、動きが止まる。

その言葉が耳を通り抜け、心臓のあたりにじんわりと浸透していく。

「ありがとう」と言われるのは、悪くない。自然と口が緩んだ。

私の視界のコントラストが少し上がる。

老婆をドアの向こうに行くまで見送った後、帰る支度を始める。

徴収した記憶を専用のカバンに詰め込んでいく。

職員用の廊下に出ると、同じ制服を着た人間が途切れることなく目の前を通り過ぎていく。

その波に飲み込まれ、目的の回収所を目指す。

群れをなす革靴の音は、不揃いで廊下を抜けホールへと合流したとたん、ひとつの大きな集合体になり空間を包んだ。

ぽっかりと大きく開けた空間は人を飲み込み、蟻塚のように通路が八方に伸びている。

自分が居る列は人混みを切り分け、回収所と表記された看板の下に群がる。

ゆっくりと進み、回収所のカウンターにカバンを乗せる。

すると、目つきの悪い女がガムを噛みながらカバンを奪っていった。

彼女がガラス管を取り出すと、キラリと反射した。


この美しい液体は、この国の血液だ。

資源が枯渇し始め、戦争を繰り返した末。

人類は記憶を燃料にすることに成功し、表面上は平和になった。

奪われる記憶は選べない。誰がその記憶を奪うというのか。

こんな仕事、誰もやりたがらないから私のような人間にさせるのだろう。


——バンッ!!

大きな音が、一瞬だけ静寂を生む。

カウンターを見ると、叩きつけられ、クシャクシャになった今日の徴収証明が、寂しそうにしていた。

「次ぃ!」

目つきの悪い女は、もう私を見ていない。

更衣室で制服から着替えて、バスに乗るころにはもう夕暮れ。上着を着ていない私の体が少しだけ震えた。

暖かいだろうと思って乗り込んだ車内も冷たく、期待外れだ。

ボーッと窓の外を眺めて、少しだけ長いドライブが始まる。

継ぎ接ぎだらけの道路、決して裕福とはいえない街。

夜、明かりを灯すのも贅沢といえるかもしれない。

街の明かりも見えなくなった頃、バスが鉄格子を通り抜けた。

それがいつもの目印で、私はやっと自分の部屋に入ることができると身支度を整える。

バスを降り、建物の中を手順通りに移動し、自分のドアを開ける。

中の小さく殺風景なワンルームが私の居場所だ。


「今日も疲れた」

ベッドに腰掛け、ポツリと呟く。

両手で体を支え、天井の薄暗い照明を見上げる。

この光も、誰かの記憶を燃料に使って光っているのだろうか。

もしかしたら、私が回収した人の記憶も使われているかもしれない。

せめてそれが、どうでもいい記憶であることを祈るばかりだ。


天井を見飽きたころに、ゆっくりと立ち上がり机に向かう。

引き出しから小さなノートを取り出し、日課である日記をしたためる。

ペンを走らせると“もし”何かの気まぐれで誰かが読んだ時、私という人間を知って欲しいと筆圧に欲が混ざる。

そうだな、知って欲しいというと、少し強欲な気がする。“記憶”の片隅でいいから、脳内に私の痕跡を置かせて欲しい。思い出してとは言わない。


今日の出来事の最後の行を書く。

『この仕事をして、初めて人に「ありがとう」と言われた。ほんの少しだけ、世界が鮮やかになった気がした』

日記を閉じると書いたところが膨れていて、それをゴムバンドで止めるのが唯一の楽しみだ。

満足感をそのままにベッドに倒れ込むと、瞼がゆっくりと閉じていく。

明日の運勢は、1位じゃなくても上位だったらいいな。

意識はベッドに染み込んでいった。



廊下から聞こえてくる音楽によって、目を覚ます。

いつもの朝の始まりだ。

鏡の前で顔を洗い、着替えをする。

今朝のバスは窓側の席が取れるだろうかと、心配しながら出勤準備を進めていく。


ガチャン! キィー……。

いきなりドアが開いたかと思うと、制服の男達が現れた。

「囚人番号2028番。今までご苦労だった」

男の低い声が、私の心臓を殴った。

一瞬思考が遅れ、いつもとは違う日常を受け入れようとしたが、その前にわかってしまった。


あぁ、“私”は今日で終わるんだ。


もう少し、取り乱すかと思ってたけど意外と平気らしい。

3回視界が黒くなった後、口を開く。

「はい」

やっと、この日が来たのか。立ち上がり、ドアの前まで足音を運ぶ。

「これから、囚人番号2028番の全記憶の回収を始める!」

制服の男が、私以外の廊下の人間に言う。

たくさんのドアが並んだ廊下。

その中をコツコツと響く革靴と制服の擦れる音、そして時折……手錠の金属音が満たす。


しばらく歩いた先に、小さなこじんまりとした部屋があって、椅子と机。その上には蝋燭が灯っていた。

手錠を外され、座るように促される。

目の前のお茶と茶菓子は、食べたら怒られるのだろうか。


「お待たせしました。何かお話ししたいことはありますか?」

考えていたら物腰柔らかそうな年配の女性が、ドアから入ってきて私の前に座った。

「話したいことは、ありません」

勝手にお茶を飲んで、茶菓子を頬張りながら女性に言う。

「あなたの私物は、どうしますか?」

「日記以外は全て捨ててください。日記は最後のページに書いてある、古本屋に置いて来てください……出来るのであれば」

最後の一つの茶菓子を咀嚼して、茶で流し込む。

うまい、うまい。久々の甘味だ。


「あ、そうだ。最後の瞬間の前に私は日記を書きたいです」

カツッと陶器を机に置く音が響いて、彼女との間に少しだけ沈黙が流れる。

テーブルに散乱した茶菓子の包み紙の一つだけ《 今日の運勢はハッピー♪ 》と手書き風の文字が書かれていた。

なるほど、私の今日の運勢はいいらしい。


「わかりました。伝えておきます」

彼女はにっこりと微笑み、自分の茶菓子を差し出してくれて、暫く彼女と他愛の無い話をした。


「2028番、時間だ」

彼女との楽しいひと時を終えて、部屋を出る。

さようなら、はじめましての人。


すぐ横の部屋の上に《Reboot》と書かれた標識が掲げられていた。

部屋に入る前に、自分の日記を手渡される。どうやら私の望みは叶うらしい。

なんの汚れもない真っ白な部屋。そこに不釣り合いなパイプ椅子とヘルメットのようなものが置かれている。

多分、これを装着するのだろう。

部屋は目の奥が痛くなるほど明るくて、ツンと鼻を刺激する臭いがした。


中央まで行き、椅子に置いてあったヘルメットを装着する。

ゆっくりと椅子に腰を下ろすと、パイプ椅子がギィッと鳴り座ったことを皆に知らせた。

正面を向くと、日記帳より白い壁。

どうせならこの壁にも、何か書き足そうか。

そう思いながら、太ももを机代わりに最後の日記を書く。


字は汚くて、満足に書くことは出来なかったけど、その方が味になるかもしれない。所謂“リアル”というやつだ。

そう言い聞かせ無いと、やるせない。

最後の一文字を書き終えて、制服の男に日記とペンを渡す。

いよいよ、何もなくなった。


……待てよ、日記に私の名前を書くのを忘れていた。

これでは“私”が誰だか、わからないじゃないか。

最後の最後で失敗をしてしまった。包み紙の占いが私を裏切った。アンハッピーじゃないか。


まさか、心残りが出来るなんて、あんまりだ。


ヘルメットのような機械のスイッチが入れられ、稼働音が耳元で響く。

「さようなら、2028番。そして、ようこそ新しい2028番」

その声が聞こえて、頬に生暖かい何かが伝った。


——カチッ…カチッ…カッ…。

私がいつも聞いていた音だ。

今はされる側として聞こえている。

視界が白に染まっていく中、今まで回収してた人の記憶が断片的に再生される。

最後の最後まで、私の記憶が流れることはなかった。





あぁ、そうだ。

私の記憶と日記を見た君に、勘違いをして欲しくはないからここに記述をしておく。

“私は悲しくて泣いたわけではない。やっと解放される喜びから涙を流したんだ”

ということに、しておいてくれ。



P.S.

どうせ、この日記を読んでいるのは私だろ?

こんなものを読むのは次の2028である、“私”くらいしかいない。


思い出したか、2028?


ナクラユ郡ピラリー通り 3-25番地

——記 2028 完

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