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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

CigarSmell〜異能者の世界の無能の探偵

作者: BGBG
掲載日:2026/01/17

異能者。


この世界にはそう呼ばれる者たちが息を潜めて生きている。

彼らは時に火や水等を操り、時に肉体を瞬時に強靭化し、時に他者の心の奥を覗き見る。

生まれながらに授かったそれらの力は、ある日突然目覚めるのだ。それは時に神の恩寵と崇め奉られ、時に呪いの刻印と恐れられる。


だが、彼らとその力の存在は世間には秘匿されていた。「監視者」と呼ばれる各国の政府の奥深くに根を張った冷徹な目で異能者を見張っている者たちの手によって。彼らは国家の意志をまとい、異能者の一挙手一投足をただ記録している。介入は稀だが、その監視の視線は絶えず異能者の背に突き刺さっているのだ。

故に異能について知る者はほんの一握りであり、異能者当人と監視者以外にはその力にたまたま触れた者、つまりは秘められた世界に足を踏み入れた者だけである。


表向きの世界は、そんな異能などまるで最初から存在しないかのようにありふれた日常に満ちている。大半の人々は知らぬまま朝と夜を繰り返しているのであった……。



「ふぁ~~あぁ~〜」


誰も見ていないのをいいことに安くボロいベッドの上の寝起きの男はだらしない欠伸をした。時刻は間もなく正午を迎えようとしている。ここが彼の自宅兼仕事場で無ければ、大遅刻で慌てるどころか寧ろ逆に落ち着いてしまう状況だろう。

男の名は、鏑木 徹(かぶらぎ とおる)。しがない私立探偵であり、都内某所のそこそこ古いビルの四階に事務所を構えている。


「取り敢えず目覚めの一服、と」


鏑木はベッドから出ると寝起きの目を擦るよりも先に個人用の机の上に常備している煙草の箱とジッポを手に取り、一本咥えて火を点けた。そして、深呼吸するかのように深く吸い込むと体内に有害な煙を満遍なく行き渡らせる。


「くぅ〜、これこれ!」


そう言うと、まるで入念な洗顔をした後かのようにさっぱりとした顔になっていた。

そのままノートパソコンを起ち上げると、仕事の依頼が来てないかを確認する。


「さあて、今日の仕事は……と」


ディスプレイには「0件」の文字。


「……ま、通常営業ですかね」


今の時代、探偵事務所なんてものは都心に限っても手と足の指を全部使っても足りないくらい存在する。大手があの手この手で客の奪い合いをしている中で、個人でやってる探偵事務所が割って入るのは難しい。


「慌てふためいたところで依頼が入るわけもなし。コーヒーでも淹れるか」


鏑木は私室から出てキッチンまで辿り着くとヤカンに火をかけ、棚からマグカップとインスタントコーヒーを取り出した。少しお高めのゴールドなブレンドの奴である。


(豆から挽くのもいいんだけど、俺にはこれが一番合うんだな)


湯気をもうもうと上げるヤカンから熱湯を注ぎ、ものの数分で目覚めのコーヒーは出来上がった。鏑木はスプーンいっぱいの砂糖を四杯入れて混ぜた後、冷やした牛乳を入れ、咥え煙草のまま温くなったカフェオレもどきを啜る。


「ん〜、朝はやっぱこれだな。ニコチンと糖分とカフェインで一日のやる気が湧いてくるぜ!」


そんなことを言いつつ煙草を咥えた状態で器用にパジャマから仕事用の衣服に着替えると、あっという間に仕事モードとなる。

とはいえ、まだ仕事は入っていないので鏑木はソファに寝転びながら情報収集のためにスマホでネットニュースを見始めた。と、呼び鈴の鳴る音が聞こえてくる。


「お、依頼人かな?」


事務所の入り口へ向かうと、そこにいたのは厳つい顔の中年の男であった。


「……これはこれは警部殿」

「相変わらずだな。探偵小僧」


そう言って睨み付けるように鏑木を見ているのは、荒岩 雷蔵(あらいわ らいぞう)。ヤクザのような風貌をしているが、れっきとした刑事である。

鏑木とはある事件を切っ掛けに出会い、以来付き合いが続いていた。


「それで本日はどんな御用で?」

「俺がわざわざお前のところに行く理由なんざ一つしかねえだろ?」


荒岩という男は使えるものならば何でも使う性質の人間である。故にこんなうだつの上がらない探偵を頼ることも全く厭わず、いい意味でプライドに重きを置いていない。

そして、彼の持ってくる案件は大体が一癖も二癖もあるものであった。


「……また、なんか厄介事ですか?」

「取り敢えず、黙ってこれを見てくれや」


有無を言わさず荒岩はスマホを取り出すと、その画面を鏑木に見せた。どうやら現場写真のようで、ネットに上げたら即規制されそうなものがそこには写っている。鏑木は警察内の規則をそこまで知っているわけではないが、現場写真をこういう形で持ち出すことも、こうして一般人に見せることもやっていいことでは無いだろうというのは察した。


「荒岩さん。こんなことやってたら、その内クビになりますぜ?」

「うるせえよ。お前の気にすることじゃねえ。で、どうなんだ?」


鏑木は改めて荒岩のスマホの画面を見る。

恐らく何らかのビルの一室と思われる場所に一人の焼死体のようだが、特に目を引くのは遺体の顔であった。ぐちゃぐちゃになった後に焦げ付いたような形でグロ画像としても一級品だろう。


「……爆死ですか?」

「鑑識の見立てではその可能性が高いそうだ。だが……」

「だが?」

「爆発に巻き込まれたんなら、爆発物の欠片だの何らかの薬品だのの痕跡がある筈なんだ。ところが、そういったものは現場からも遺体からも見つからなかった。そもそも、ガイシャが発見された場所には火が使われた痕跡は無かったんだと。少なくともここ一ヶ月はな」

「まあ、発見現場がイコール殺害現場と限らないのはミステリーでもサスペンスでも常識ですからね。……一応、確認しますけど、これコロシってことでいいんですよね?」

「少なくとも俺が事故死と思ったならこんなところ(・・・・・・)まで来んわ!」


荒岩は簡単に遺体発見までの経緯などを鏑木に話した。

どうやら通報があったらしいが、通報者が誰なのか特定に至ってはいないという。


「……そんなこんなでおかしなところは多々あるんだが、上の判断的には何らかの爆発に巻き込まれた事故死で片付けるって流れになりそうでなあ」

「まあ、遺体にも現場にも殺人の証拠が無いならそうなるでしょうね」

「で、探偵様の見解はどうだ?」

「……仮にこれが殺人であるならば、十中八九『異能』が関わってるでしょうね」

「やはりそう思うか」


鏑木と荒岩が出会う切っ掛けになった事件は「異能」が絡んだものであった。鏑木は異能者ではないものの、何故だか「異能」と関わることが多い。それで、本来であれば一般人には知り得ない「異能」についての知識がある。

荒岩も最初こそ「異能」などは信じなかったが、身をもって体験した結果、その存在を信じ、こうして鏑木を頼るようになったのだ。


「警察内で『異能』について知ってるのは、知る限りじゃ俺だけだ。まあ、話したところで誰も信じやしないだろうがね」

「『異能』を目の当たりにしてすら、なかなか信じようとしなかった荒岩さんが言うと説得力がありますね」

「うるせえ!……だから、こういう案件はお前さんにしか相談出来ねえのよ」

「ただ、『異能』が関わってるとなると、事件の立証は困難ってレベルじゃないのでは?」

「ああ。仮にその『異能』を使ってガイシャを殺った奴を見つけたところで捕まえることは出来ないだろうな。何なら返り討ちに遭うかも知れねえ。だがな、鏑木」


荒岩は少し間を置く。


「これはなあ、『納得(・・)』の話なんだよ。俺は『納得(・・)』したい。例え、憎き犯人を捕まえられなくても、それさえあれば次へ切り替えられる。自分勝手な話だがな」


鏑木はその荒岩の言葉が少し分かるような気がした。自分とて、全ての依頼を完璧にこなすような凄腕探偵ではない。理由あってこなせなかった依頼やこなせても良くない結果になったということは少なくない。それでも引き摺らずに次へ進むにはどんな形であれ「納得」し、自分の中で落とし前をつけるしかないのだ。


「……で、荒岩さん。これはいつものように(・・・・・・・)荒岩さんからこの探偵への依頼ってことでいいんですね?」

「ああ。そうだ。個人的な依頼だ。いつものようにな(・・・・・・・・)。……さて、話すことは話したし、一服させてくれや」


荒岩はくしゃくしゃの煙草の箱を取り出すと、中から一本咥え、今時何処で手に入るかも分からない安物のライターで火を点ける。そして、美味そうに煙を吸い込んだ。


「くはーーー、生き返るぜ!……しかし、ここみたいに何時でも煙草吸える場所もどんどん無くなってきてるな。愛煙家には辛いところだ」

「同感です」

「電子煙草なんかもあんなの吸った気にならねえよ。つくづく世間様ってのは煙草が憎いみたいだ。俺やアンタみたいに煙草の臭いぷんぷんとさせた人間なんざもう希少種だよ」

「まあ、ある意味、俺らも『異能者』ってことですかね」

「『異端者』の方かもな」


二人は微かに笑った。

こうして、鏑木探偵事務所に依頼は舞い込んだのであった。



荒岩と別れた後、鏑木は早速重用している情報屋に連絡を取った。通称「黒猫(くろねこ)」と呼ばれるその男は何故か異能にも通じている。本名など素性のよく分からぬ人物であったが、ひょんなことから知り合うと鏑木とは妙に馬が合ったのだ。

そんな彼と鏑木は馴染みの喫茶店で待ち合わせることとなった。


「待ち合わせまで、まだ時間はあるな」


荒岩から聞いておいた遺体の発見現場は喫茶店からそう遠くはない場所であった。鏑木は素早く外出の準備を整えると事務所を後にする。


──40分後。


鏑木は現場のビルに到着した。遺体などは運び終わった後で、周囲の捜索も粗方終わっただろうが、それでもやはり徘徊する警官が目に入る。鏑木のような怪しげな人物がもし見つかれば職質確定だろう。


(まあ、現場はプロが既に検証済み。俺が行ったところで新しい何かがあるわけもなし。行くべきはそこじゃないな)


鏑木はスマホを取り出すと地図アプリを起動し、周辺の地図を表示させた。


(死体は何処か別の場所から運ばれた可能性が高い。何処から運んだか?それは勿論、殺害現場からだろう。運んだのは誰か。殺した奴が運んだのか?……いや、その可能性は低いと見ていい。あの写真を見る限り、殺ったのは『異能』を使う人間。それも、炎で恐らく爆発系の力を使う。そんな奴が死体の処理をするならその能力を使うのが手っ取り早い。何故、そうしなかったのか?それは、死体の処理はそいつの仕事では無かったからだ)


「異能者」は基本的には一人で一つの「異能」しか持っていない。少なくとも、鏑木の知る限りでは全く異なる「異能」を同時に持ってる者はいなかった。故に、殺害した男が別の何らかの能力で死体を運んだというパターンは外していいと鏑木は判断していた。


(死体を運んだのは恐らくプロの運び屋。『異能』が関わってるとするなら尚更そういうのが絡んでいると考えた方が自然だ。現場に何の証拠も残してないところからもその辺は伺える。ただ、だとすると気になるのが、死体を何故始末しなかったのか……だな)


何一つ証拠を残さないプロならば、遺体そのものも証拠無く消せる筈である。


(死体を残したこと自体が何らかのメッセージなのか。或いは、依頼者の要望か。周辺の証拠を消しておいて死体だけ残すミスをした……なんて、可能性としてはあっても宝くじの一等が十年連続で当たるくらいには低いと考えた方がいいだろうな。一先ず重要なのは、今回は遺体を運ぶだけの仕事だったということ。プロの運び屋ならばこそ、それだけの仕事で無駄に長距離を移動するリスクは冒さない)


如何に凄腕だろうが、移動距離が長ければ長いほど何らかの痕跡を残すリスクというのは上がっていく。運ぶのが死体ならば尚更だ。


(死体を運んだ人間の痕跡がもし警察に見つかれば、流石に事故ではなく事件として扱われるだろうからな。遺体を運び込んだビルが指定だったのか、適当に見繕ったのかは定かじゃないが、仮に前者だとした場合は恐らく殺害現場をそのビルの近くにしてる可能性が高い。プロだからこそ効率には拘る。ただでさえ『異能』なんてアドバンテージがあるしな)


荒岩の話から、警察では当然「異能」なんてものが存在する前提での捜査はしない。その時点で異能者は犯罪をやり放題であろう。仮に名前を書いたらその人が死ぬ手帳があったとして、それを使った殺人を警察は解決どころか、そもそも事件とすら認識しないかも知れない。

鏑木も偶然「異能」を知ったからこそ、それがある前提で推理が出来るのである。


(一連の犯人は足取りを追うことさえ不可能だと高を括ってるところはあるだろうな。だからこそ、俺にはこうして犯人の思考をある程度推察することが出来る。勿論、大ハズレでしたってなってもおかしくはないんだけどな)


しかし、手掛かりが僅かにすら無いのだから、この推理を基に動くことしか鏑木には出来ない。


(ま、色々ごちゃごちゃと考えはしたが、焼死体の発見現場の周辺を足を使って捜すってだけのことだわな。取り敢えずは目ぼしい路地裏へ足を運ぶとしますか)


常識で考えて何時如何なる時にも大衆の目がある大通りで殺人など行わないだろうから、必然と殺害現場は人の目の届かない路地裏や建物の中に限定される。建物も無人のビルといったものは数多くないし、そこは警察もある程度は捜索している筈である。故に、鏑木は路地裏をメインに調べることにした。


──1時間後。


「……こいつが唯一手掛かりらしい手掛かり、かな」


鏑木は現場から少し離れたとある路地裏の壁に目をつける。それは一見何も変わったところのない白い壁であった。


(こいつぁ、塗ってる(・・・・)な)


薄汚れでカムフラージュされてるが、よく目を凝らすと塗装の古さに差異が見られる。如何な警察でもこの周辺に目を付け、入念に調べなければこの差異にはなかなか気付かないだろう。荒岩の話によれば、この一件は事故として片付けられそうだということだが、そうならば尚更現場からそこそこ距離があるこの場所での見落としが発生してもおかしくはない。


(ざっと見て、大人一人分くらいの大きさから放射線状にが塗られてるか……。写真で見た死体の損壊具合から推察するに、あれをやった異能者は恐らく爆破系の能力者。炎を使うだけなら顔があそこまでぐちゃぐちゃにはならんだろうしな。こう顔面を掴まれて直で爆破したんだろう)


鏑木は壁を背に右手で自分の顔を掴むようなポーズを取る。


(そんな風にやったら血やら何やらは当然飛び散る。壁を背にしたならべっとりと付くはずだ。大体このくらいにはな)


鏑木は掌で壁に触れた。


(特殊な洗剤で血とかを洗い落とした後にそれだけじゃ落ち切らなかった焦げ跡を上から塗って消したってところか。……殺害現場は恐らくここだろうな)


その手の刑事ドラマならば鑑識を呼んで色々採取し、調べた末に何らかの痕跡が見つかったかも知れないが、あくまで一探偵である鏑木にはこれ以上の捜査は難しい。

警察に通報したところで取り扱われないか、犯人だと思われる可能性すらある。一般的には、これはまだ報じられていない事件なのだ。その情報を提供したら、今度は警察内部で誰が漏らしたかという話に発展しかねず、最悪荒岩に辿り着いてしまうかも知れない。そうなっても自業自得なのだが、鏑木としては流石にそこまで大事にするつもりはなかった。


(……っと、もうすぐ待ち合わせの時間か。まあ、収穫があっただけ上出来だろう)


鏑木がその場を去ろうとした瞬間、急に悪寒が走る。


「!?」


目だけを動かして左右を確認する鏑木だったが、誰もいないようである。しかし、誰かに見られてるという感覚が拭えない。


(ここにいたらヤバい!)


そう思いながらも、鏑木はゆっくりとその場から離れる。急に走り出したら、それは逃げてますと自ら言ってるようなものだからだ。走り出したい気持ちを堪え、あくまでこの路地裏をたまたま通っているという体を保つ。

生きた心地のしない中、路地裏から大通りに出ると人ごみに紛れるように移動し、そこから早足になった。

そして、大通りに面した某大手の古本屋チェーンを見つけると、そのまま中へ入り、奥の方まで行くと適当に一冊の漫画本を取って立ち読みする振りをしながら入り口の方を注視し始める。

心臓の高鳴りがなかなか止まないが、見られている感覚は無くなった。


(……撒いたか?少なくとも建物の中にまで入って来ないようだが)


数分程経ってから、鏑木は漫画本を棚に戻すと、念のため入って来た出入り口とは別のところから外に出る。

先程まであったヤバさは嘘のように無かった。


(……一体、何だったんださっきのアレは?)


犯人は現場に戻ると言う。

その言葉に倣い、仮に先程の視線が此度の犯人だったとしたならば、こんなあっさりと鏑木を解放するだろうか。


(十中八九、罠か何かと考えた方がいいか。見逃した、或いは見逃してくれたなんて楽観視は絶対に出来ねえ。けど、今はもう気配も何も無いんだからどうしようもねえな)


鏑木はそう割り切ると、警戒を怠ることなく「黒猫」との待ち合わせ場所へと向かった。


──30分後。


「よう。鏑木さん」


鏑木が喫茶店に入ると長髪の男がにべも無くそう声を掛ける。彼が情報屋の「黒猫」であった。

引き続き周囲を警戒しながら鏑木は黒猫の座っている席へと向かう。


「アンタ、また妙なことに巻き込まれたようだな」

「まあ、な」

「……誰かにつけられてるのかい?」

「つけられてるのかすら分かんねえよ」


鏑木が席に着くと、すぐにウエイトレスが注文を取りに来た。鏑木はホットのブラックコーヒーを頼むと、ウエイトレスから渡されたおしぼりで額の汗を拭う。


「ふぅー、生きた心地しなかったぜ」

「おいおい、大丈夫か?そんなヤバい案件なら俺降りますぜ?」

「そのつもりなら、そもそもここに来てないだろ?そういうアンテナは敏感だからな黒猫さんは」

「まあ、こっちとしても商売のチャンスは逃したくないってのもありますからね」


黒猫はそう言うとこの店特製のバナナジュースを啜った。


「こういうプラスチックのストローの店も段々と貴重になってきたな。今や何処も紙ストローでさ」

「ああ、あれはなんか微妙だよな」

「お、やはり鏑木さんとは気が合いますな。……って、ちょっと!」

「ん?」


鏑木は煙草を一本咥え、火を点けようとしていた。


「ここは喫煙OKだったと思うぞ」

「いやいや、喫煙がOKかNGかじゃなくて、普通吸う前に一緒にいる人には聞きません?」

「そう言われたら確かにそうだな。吸っていいか?」

「ダメです!……って言ったところで吸うんだろうな。もう吸ってるし」

「ハハハハ」


そう笑うと鏑木は灰皿を手元に置いた。


「というか、アンタとの付き合いはそこそこだけど、別に嫌がってはいなかったろ。何でまた急に」

「気を遣って嫌なのをずっと黙ってた。とか思わないんですかね?」

「アンタ、そういうタイプじゃないだろ。嫌なら即言ってくるタイプだ」

「いやね、昨日見たテレビ番組でね。鏑木さん、副流煙って知ってます?煙草ってのは吸ってる本人よりも周りの人間への影響がでかいって話でね、そんで……」

「で、仕事の話だが…」

「うぉい!」


鏑木は強引に話を変えると、まず今回の仕事について要点だけ纏めて黒猫に話した。その後、自分が見てきたものとそこからの推測を話す。

それらを聞き終わった黒猫は少し青ざめた顔になっていた。


「……鏑木さんの話から思い当たる異能者は一人いる。そいつの名は『花火師(ファイアワーカー)』」

「『花火師(ファイアワーカー)』?随分と楽しそうな名前だな」

「名前とは裏腹に最悪の殺し屋だよ」


黒猫はストローの先を強く噛じる。


「そもそもの話、異名が轟いてる時点でそいつはヤベー奴なんよ。何故だか分かるか、鏑木さん?」

「界隈で名前が広まってるのにまだ生きてるってことは、シンプルに強いってことだろ?」

「そうそう。そもそも爆発系の能力を使う異能者ってのは前は何人もいたんだよ。その中で有名なのは『爆弾魔(ボマー)』って呼ばれてさ。如何にもだろ?でも、何時からか爆発系の能力者の代表格はその『花火師(ファイアワーカー)』となった。つまりはそういうことよ」


既に中身のほぼ無くなったグラスをズズッと啜る黒猫。


「まあ、悪いことは言わんからここらで手を引くべきだね。間違っても『花火師(ファイアワーカー)』には手を出しちゃあいけない」

「その口ぶりだと、まるでそいつのことを知ってるみたいじゃないか、黒猫さん」

「直接会ったことはないよ。……まあ、だから今こうして俺はここにいると思ってるけどね」

「依頼は犯人を捕まえることじゃなく、事件の真相を暴くこと……。真相って言うにはかなり俺の想像や推測も入ってるが、確かに、ここら辺が潮時って奴か」


鏑木は先程の視線のことを思い出す。


「サンキューな。これ、情報料」

「お、持つべきものは現金だねえ。実はこれ無かったらここの支払い払えなかったのよ」

「おまっ!俺が待ち合わせすっぽかしてたらどうする気だったんだ!」

「そん時は皿洗いでも何でもしてましたわ。それに、鏑木さんはそういうことしないだろ?」

「アンタはそういうことしそうだけどな」


目の前の飄々とした男は、親しげに話し掛けてくる割には、心を開いてる感じが全くしない。友情を示しながら、背後から刺してきそうな雰囲気が鏑木には感じられた。

仕事の腕は信頼しても当人は信頼し過ぎない。

それが、鏑木が黒猫と対する時のスタンスであった。


「ここは俺が払っておいてやるよ」

「お、流石は鏑木さん。気前がいいねえ」

「その代わり、次会う時は仕事に少し色付けろよ」

「努力します!」


黒猫と別れ、鏑木は喫茶店を後にした。


事務所に戻る頃にはもう夜であった。付近のラーメン屋で夕食を済ませ、事務所兼自宅へと帰る。


(一先ず、黒猫の話も加えた上で事件のあらましを纏めてから荒岩さんへの報告書を作成するか。終わる頃には深夜になるかな?)


鏑木は事務所の扉の前まで来ると、片手で開錠しながらもう片方の手で器用に内ポケットから煙草を取り出した。見ると最後の一本であった。


「……………………」


何となく嫌な予感はしつつも、最後の一本を咥える。扉を開けて中に入ると、誰もいない真っ暗な空間が出迎えた。

その筈であった。


「!!!!」


まるで全身を突き刺すような。そんな怖気が急に鏑木を襲う。

咄嗟に部屋から出ようとすると、強い力で肩を掴まれ、そのまま壁に背中から叩きつけられた。


「ぐぅ!?」


鈍い呻き声を上げる鏑木。

扉が閉まるのと施錠される音が耳に入ってきた。ここは自分の城である筈なのに閉じ込められてしまう形となった。


「だ、誰だ……?」

「……………………」


相手は何も言わない。出たのが昼間だったために室内は明かりなど全く点いていない真っ暗闇で、相手の姿がまるで見えない。


(強盗……はねえな。強盗ならこんな形で拘束せずに油断してる内に殴り殺すかしてるだろうしな。そもそもこんなチンケでビルの四階にあって逃げるのにも手間取るような事務所を狙う強盗なんざそうはいない)


間抜けな強盗がたまたま入った可能性も無くはないだろうが、そんな輩が何の気配も感じさせずに暗闇に潜み、成人男性で体力もそこそこあるような鏑木をこうも完璧に捻じ伏せられるだろうか。


(十中八九、あの死体絡みだろうな……。クソ、油断してた!まさか、事務所で待ち伏せしてたとはな)


例の視線を感じたのは今から精々四、五時間前であった。

それで自宅まで割り出されるなど、鏑木も夢にも思っていなかった。どれだけ優秀な探偵とて、何も情報が無い中で相手を特定して家まで探し出すには少なくとも二、三日は掛かるだろうからと高を括っていたのが仇となったのである。本当に自身の安全を考えるならば、今事務所に戻るべきでは無かったのだ。


「な、何者だお前?」


恐らく答えないだろうが、それでも鏑木は敢えて尋ねる。反応によってどういった人物なのかを僅かでも探ることが出来るのと多少の時間稼ぎを狙ってのことだ。


「……………………」


当然、相手は何も答えない。だが、その何も答えないことも一つの情報なのである。相手は少なくとも、お喋りでは無さそうだ。


「お前は『異能者』か?」


今度は少し踏み込んだ内容で尋ねた。

今すぐにでも殺されそうな殺意を全身に浴び、鏑木は気が狂いそうであったが、何とか堪えている。


「……やはり、『異能』について知っていたか」


またも無反応だろうと思っていた鏑木は、返答があったことに内心驚いていた。

声の感じからは、年齢を測ることは難しそうである。それ程に年齢を感じさせない、歳上でも歳下でも通じそうな声音であった。だが、少なくとも女性でないことは分かった。


「そういう返しをするということはお前はやはり『異能者』なんだな?」

「ああ、そうだ」


男はあっさりと肯定する。


「……まさか認めるとは思わなかったよ。そういうのって徹底的に秘匿するもんじゃないのか?」

「そうしてるのはそういう風にしたい連中だけだ」

「アンタは違うのか?」

「少なくとも今俺は俺だ。組織ではない」


その言い分を信じるならば、この男は個人で動いてるということだろうか。


「じゃあ、現場で俺を見てたあの視線。あれもアンタなのか?」

「ああ。正確には俺では無いがな」

「……誰か協力者がいたってことか。それも『異能者』の」

「話が早くて助かる。探偵ってのも伊達ではないというこことか」

「ついでに聞くけどさ、アンタ『花火師(ファイアワーカー)』?」

「自分でそう名乗ったことはないがな」


男はまたしても鏑木の言うことを肯定する。

逆に鏑木はとある不安が募っていた。


「ベラベラと話してくれるのは有難いけどさ。もしかして俺この後殺される?」


鏑木は思い切って今一番懸念していることを尋ねる。


「さあな」


今度は肯定も否定もしなかった。


(つまりは、『花火師(ファイアワーカー)』様の気分次第ってことかよ)


完全に生殺与奪を握られている状況で鏑木に出来ることはその口しか無かった。


「いやねえ、確かに俺は事件を調べたよ。でも、それは真相を公にするためじゃなくて、知人で依頼者の納得のためなのよ。その知人も公にはしないだろうし出来ない。だから、ここで俺の口を塞ぐのは単に死体とそれを片付ける手間を増やすだけで非効率なことだと思うよ?マジで」

「よく回る口だな」

「そりゃ探偵は口が上手くないと出来ませんからねえ」

「その口が俺を苛立たせた結果、自分が殺されるとは思わないのか?」

「す、少なくともアンタはそういうタイプの人間じゃあないだろ?」

「何故そう思う?」

「死体さ。死体に無駄な損壊は無かった。一発で殺った証拠だ。鮮やかな程にな。それ程のプロが感情で後先考えずに殺すとは考えにくい。あと、二三会話しただけでもそういった下劣さは感じられなかった。これでどうだい?」

「……そう言うお前もプロだな」

「へ?」


急に褒めるような言葉が耳に入り、鏑木は思わずそう返してしまっていた。


「今も、そうやって俺の言葉を少しでも多く引き出そうとし、その言葉の端々から何らかのヒントを得ようとしているように見えるが?」

「ず、随分と買い被って下さってるようで」

「そうやって下手に出て見せているのも本音と建前を半々で混ぜてるみたいだな。無意識か?それとも敢えてか?」

(や、やりづれえな、こりゃ)


鏑木は暗闇の中でも「花火師(ファイアワーカー)」の冷たく突き刺さるような視線を感じていた。


(こりゃ、100%(ひゃくパー)本音をぶつけるしかないか。向こうもそれがお望みみたいだしな)


鏑木は意を決した。


「……アンタと腹芸するメリットはこちらには無いようだから言うぜ?俺はまずこんなところで死にたくはない。靴を舐めて助かるならば是非ともそうさせて貰うくらいにな」

「この状況から命乞いで助かると思ってるのか?」

「少なくとも、このまま探り合いしてても無理そうなのは分かったよ。それに……」

「それに?」

「俺を最初から殺すつもりなら、こんな無駄なことをするアンタじゃない。こんな壁に押し付ける前に爆殺するなり出来た筈だ。だろ?」

「他に住人がいるかも知れない場所で音の出る『異能』を使うように俺が見えたのか?」

「『異能』を使わずとも首を掻っ切るでも絞め殺すでも何でもいい。それが出来るだけの力があるだろアンタ?」

「否定はしない」

「否定はしませんか。つまりは、何時でも殺せる俺をとっとと殺さないのは、何らかの理由があるからだ。殺せない理由じゃなく、殺さない理由がな」

「……………………」


暫しの沈黙の後、鏑木を押さえつけてた手が急に離れる。

そして、胸を締め付けるようだった殺意もフッと消えた。


「…………?」


鏑木はわけが分からないといった表情で「花火師(ファイアワーカー)」を見た。少しは暗闇に慣れたとはいえ、相変わらずその顔はよくは見えない。


「お前の指摘通りだ。探偵」


花火師(ファイアワーカー)」が口を開く。今度はあまり敵意を感じない声音であった。


「少し前にも言ったが、今の俺は個人で動いてる。俺の興味でお前を探った」

「な、何でまた俺のことを?」

「後始末は掃除屋に任せてるとはいえ、現場のことが全く気にならないわけじゃない。だから、仕事の後は知り合いの『異能』を使って現場の様子を探ることもたまにする。その時にお前を見つけた」

「いや、たまたま通りすがっただけとは思わなかったのか?」

「たまたま通りすがっただけの奴が、警察すら気付かなかった壁の塗り跡を調べはしないだろ?そもそも、あの現場に辿り着いた時点で少なくとも『異能』を前提に調べてると言ってるようなもんだがな」

「ご尤もで……」

「顔が分かったら、あとは早かった。幸い、お前のところの事務所のホームページにはお前が映ってたからな」

「くっ、探偵の顔を載せない探偵事務所に誰が依頼しに来るんだと載せたのが仇となったか」

「『異能』を知り、俺の仕事に近付いてきた探偵。興味が湧かないと言う方が嘘だろ?」


花火師(ファイアワーカー)」は暗闇の中でニヤッとした。ような気が鏑木はしていた。


「……で、俺に何の用だよ?まさかご挨拶に来ましたってだけじゃないよな?」

「その通りだが?」

「……いやいやいやいや!それだけのためって、そんな捕まるリスクとかもあるのにわざわざ?俺が通報とかしたらどうするわけ?」

「するのか?通報」

「いや、しないけどさ」


通報しようとしたら、その瞬間に殺されるだろうという確信が鏑木にはあった。警察が来るまで大人しくしてくれそうもないし、警察が来たとてこの男を逮捕させるのは無理だろう。証拠的な意味でも力的な意味でも。


「ご挨拶って、俺と仲良くしたいんです?」

「さあな」


鏑木のその質問に対し、意外にも「花火師(ファイアワーカー)」の口調はシリアス味を帯びていた。


「……実は俺自身も驚いている。こんな衝動的に動くなんてな。何故、わざわざこんな所まで足を運んだのか。もしかすると俺は嬉しかったのかも知れないな。誰にも見つからない筈の俺の痕跡を僅かにでも誰かが見つけたことが。ある意味、恋に近いのかも知れない」

「だからって、乗り込んで来て壁に押さえつけられるこっちはたまったものじゃないんだが!?」

「悪いな。『異能者』ってのは頭が悪いんだ。イカれてると言った方が正しいか?常識の範囲でものを考えて動くと思わないでくれ」

「無敵の人かよ!?」


しかし、通常は持たざる力を持っている人間なのだから、言う通り常識で考えちゃいけないのは確かである。と、鏑木は内心納得もしていた。


「……で、俺は命の危機は脱したと考えていいのか?」

「殺して欲しいのなら、すぐにでもそうするが?」

「死にたくはないって言ったの聞いてたか?」

「冗談だ」

「冗談に聞こえないわ!そもそも、俺とアンタは出会ってまだ三十分も経ってないのに、そんな心の機微が分かるか!」

「やはり、お前は面白いな」


とてもそう思ってるとは思えない程に「花火師(ファイアワーカー)」は淡々と言った。


「探偵。もし、今後も『異能』に関わるのならば用心はしておけ。俺みたいに奇特な『異能者』はそうはいない。ここに辿り着く前に殺されててもおかしくはないだろうな。事実、そのチャンスはいくらでもあった」

「……………………」


鏑木は納得と共に身震いする。事務所周辺は夜は人通りがあまり多くはない。先程も、通行人は見掛けなかった。そんな絶好のシチュエーションならば、目の前のこの男であれば難なく殺害は実行出来たであろう。


「俺はお前のことを気に入った。だが、気に入っただけだ。だから、忠告こそしてやるが、何かあっても助けてやる義理も何もない」

「それは仰る通りで」

「早々に死んでくれるなよ、探偵」


そう言うとすぐに「花火師(ファイアワーカー)」の気配が消えた。

鏑木はすぐに事務所の明かりを点けるも、そこには誰もいなかった。誰かがいたであろう痕跡すらも。

力の抜けた鏑木はその場に思わずへたり込み、暫く放心するしかなかった。



「……ふう」


鏑木はふと時計を見る。

まるで永久の如く感じられていたが、「花火師(ファイアワーカー)」が現れ、去るまでは一時間も経っていなかった。

鏑木は改めて、今こうして命があることに安堵と感謝をする。

「異能者」がこうして自身の聖域に訪ねてくるなど、初めてのことであった。だが、今までに出会った「異能者」は色々なことが重なって死んだり、再起不能となったのでこういう危険性は無かった。要するに運が良かったのだ。

今後「異能」と関わる際には、「花火師(ファイアワーカー)」の言葉通り、最悪の事態も頭に入れておく必要があるだろう。そう考えると鏑木は思わず頭を抱えた。


「取り敢えず一服だな……」


鏑木は煙草を咥え、火を点けた。

ふと、鏑木は考える。

あまり意識していなかったが、もしかするとこの事務所は相当ヤニ臭いのではないか?

故に、喫煙者でない客の依頼が来にくいのだろうか?

ある意味、「異能」ってのも似たようなのかも知れない。

喫煙者には喫煙者が集まるように、「異能」に携わる人間には「異能者」が集まってくる。

少なくとも、鏑木は今回を合わせても複数回は「異能」と「異能者」に関わってしまった。最早、自身が関係者と言っても過言ではない。


(……嫌な導きだな。この事務所も消臭と換気をすっか)


鏑木はそう思いながら、今も煙草の煙をくゆらせ、その香りをたっぷりと身に染み込ませていた。

初投稿となります。兎に角完結させることを目的に書きました。温かい目で読んでくださると有難いです。

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