表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/13

三百年の時

「さ、んびゃくねん!?」

 あまりにも突拍子もない言葉に声が裏返る。急に話のスケールが大きくなってきた。

 確かに王国だの戦争だの、ちょっと肌感覚が違うなぁとは思っていた。だが、日本とは文化も歴史も違うし、そういうこともあるか、と思っていたのだ。生まれる前のことなんて自分にとってはおしなべて昔の話だから、それがどれぐらい前のことかなんて考えたこともなかった。

「ちょっと待ってくれ、あのロッキングチェアが三百年前に改造されたって言ってたのも」

「そうよ。ニーヒルがこの館を建てて住み始めた時に、身の回りの物を自分のために改造していった。あの椅子もその一つ。ええ。三百年、あの椅子もニーヒルと共に生きてきたわ」

 思わず頭を抱える。人間と魔女は何が違うのか、なんてとんでもない。時間のスケール感が違いすぎる。そう言えば工房にあった道具も数十年前のものにしては古びていた気がする。オイルランプだってアンティークな雰囲気を醸し出していた。そういうインテリアが好きなんだと思っていたが、違う。あれはそもそも、その時代の最先端の道具だったのだ。

「魔女って……もしかして、物凄く長生き、するのか?」

「他の生き物との尺度で言えばそうなるわ。人間が愚かで学習しない生き物なのは知っているけれど、それは魔女より短命で、せっかくの知識を次の代に継承する間もなく死ぬからなのよね」

「それって人間がタコとかイカとかを見て思うことじゃん……」

 時間感覚の誤差が大きいせいか、見えてる世界も違いすぎる。もしかしたら、ベアトリスが人間を嫌っているからそう思うだけなのかもしれない。むしろそう思いたい。

「……ちなみに、ニーヒルは何年ぐらい生きてたんだ?」

「私を造った時でもう二百年は生きていた筈よ。活動期間は確か、五百年ほどね。魔女にしては短命な方かもしれないわ。たいていは六百年は生きるから」

「ごひゃっ……」

 今から五百年前、何が起こったのか歴史の知識を必死に引っ張り出す。そういえば、桶狭間の戦いが1560年だったはずだ。つまり。

「……織田信長の時代?」

 口に出してしまって気が遠くなってくる。情報が残ってる以上、歴史が連綿と繋がっていることを疑ったことはないが、まさかその間生き続けている人間――魔女がいるなんて考えたこともなかった。

「待ってくれ、それじゃもしかしてトツカも」

「ええ。同年代だと言っていたからおそらく同じぐらいに継承したのでしょうね。正確な年数は聞いたことがないけれど」

 見た目が若いから、さすが魔女って言われるだけのことはある、美魔女だなぁとか暢気に思っていた自分を殴りたい。物凄く若作りな親世代だと思っていたがとんでもなかった。文字通り桁が違うとは。

「……そんなことも知らないまま、知らされないまま、魔女になろうとしていたの?」

 呆れたようなベアトリスの言葉が耳に痛い。ギンレイに誘導されていたとはいえ、確かに考えなしだった。

 ギンレイは多分、嘘はついていない。誇張表現はするし聞かれないことは答えないスタンスなだけで。自分から確認すれば少なくとも寿命のことは知れたかもしれない。

「でもそれって結果的に詐欺なんだよなぁ。人間不信になりそう……」

 がっくりと肩を落とす。

「人間なんてそもそも信じるに値しないものだと思うけれど」

「そういうことじゃなくてさ」

 ギンレイは人間じゃないとか、結果的には騙されずギリギリ踏みとどまったとか、そう言うことではないのだ。ただただ踊らされていた自分の間抜けさに落ち込んでしまう。

「あの子は道具頭だったから。ニーヒルの生活に一番近かったの。だからといって、貴方を騙してニーヒルを取り戻そうとするとは思わなかったけれど」

 ベアトリスは意外にもギンレイに悪感情を抱いていないようだった。オイルランプのように対抗心や嫌悪感をむき出しにするでもなく、人間に対する侮蔑的な声音もなりを潜め、いつもの淡々とした調子に戻っている。

 取り戻そうとする、というベアトリスの言葉に、喉が詰まる。求められていたのは蘭自身ではなかった。必要なのは魔女の器としてのこの身体だけだったのだ。薄々分かっていたが、ここにきて改めて思い知らされるのはやっぱり堪える。

「……ギンレイが会いたいのは、俺じゃなくてニーヒルなんだな」

「貴方はニーヒルでしょう?」

 数日前、初めて出会った時と同じ言葉をベアトリスは繰り返した。まるでそれが当たり前のことのような口ぶりだった。苦虫を噛みつぶしたような気分で、思わず視線を足下に落とす。

「そうなんだろうけどさぁ。俺は俺だよ。ニーヒルがどんな人だったのか知らないけど、多分俺とは違うタイプだっただろ」

 泣きたくなってくる。ニーヒルと自分が違う存在だと言い切れるだけの根拠も少ない。紅茶が好きとかコーヒーが好きとか、そんなただの趣味趣向のレベルでしか違いも共通点も見つけられていないのだ。

「私たちにとっては些細な問題だもの。貴方は紛れもなくニーヒルの魂を受け継ぎ、ニーヒルの血肉から造られた転生体。魔女ではないけれど、それは変わらないの。だからこそランプもあんなに反発したんでしょう。貴方からどうしようもなくニーヒルを感じてしまうから。失った、手放したはずの宝物を目の前にぶら下げられて、それに縋らずにいられるほど私たちも強くはないのよ」

 何だそれは。つまり、蘭がここにいる限りあのランプも、手箒も、柱時計も、カーテンも、ロッキングチェアも、ずっとニーヒルの影を追い続けることになるってことじゃないか。もういない誰かの影を。

 まるで、いもしない親の影を無意識に探し続けていた自分と同じように。

「……俺がいると迷惑?」

 蘭は唇を噛みしめた。自分が酷く無神経で残酷なことをしている気分になる。いや、実際残酷なのだろう。希望をちらつかせているような状態なのだろう。居心地の良さに甘えて、何も決めずにここに居座るのは。

「いいえ。でも、刺激が強いのは確かでしょうね。私は今はトツカのものだから随分抑えられているけれど、純正の遺物達は、どうあっても貴方を愛して、求めて、縋らずにいられない。口には出さないようにしているけれど、皆、ニーヒルを恋しがっているから」

 ベアトリスは極めて冷静に言い切った。

「他の魔女は、どうするんだ、こういう時」

「どうかしら? 他の魔女と会ったことがないから分からないわ。でもそうね、きっと代替わりの一瞬に、皆受け入れる準備をするんでしょう。そして次代を次の主として戴くのでしょう。ニーヒルは、後継者を指定しなかったから拗れてしまったけれど」

「やっぱりニーヒルのせいじゃん!!」

 何度目か分からない八つ当たりをする。これが叫ばずにいられるか。魔女にしないならどうして子を残したりしたんだ。きっぱりすっぱり末代になる覚悟もないくせに半端に終活なんかしやがって。残された側の気持ちなんか知らんぷりか。

「だからこそ、皆一緒に眠ったの。ニーヒルが死ぬ瞬間、全ての遺物は眠ったはずだったのよ。ニーヒルへの思慕も次代への希望も抱いたまま。眠り続けるはずだったの」

「みんな、納得してたのか?」

「主がそう言うのなら、それに従うものよ。逆らったとしてもどうにもならない。その筈だったわ。……銀の鈴が、目覚めさせなければね」

 遺物達も一枚岩ではない、ということなのだろう。考えてみればあの倉庫であからさまに反発していたのはランプだけだった。物言わぬ遺物もそうだったのかもしれないが、少なくとも表立って蘭に苦言を呈したのはランプだけだ。乳鉢は……やかましかったが、蘭がここにいることに賛同していた、のだと思う。

「……ギンレイは何で」

「どうしてなのかしらね。それは私も分からない。あの子は道具頭で、一番ニーヒルのことを分かっていたはずなのに」

「ベアトリスでも分からないのか?」

「遺物として個体を確立してしまったら、感情も記憶も思考も独立するの。あの子の本心はあの子にしか分からないわ」

「そっかぁ」

 何度目か分からない投げやりな相槌を返す。気がつけば、鶏肉はすっかり焼き上がり香ばしい香りを漂わせていた。窓から入る日の光も随分暗くなっている。沈みきらない曖昧な夕暮れが、立場の定まらない蘭の気持ちを反映しているようだった。

「美味しそうな匂いがしてるじゃないか」

 気まずい沈黙を破ったのは、背伸びをしながら食堂に入ってきたトツカの言葉だった。

「あら、トツカ。調べ物は済んだのかしら?」

「まぁ、とっかかりはね。そう簡単に読み解けるものではないが、ひとまず入り口の鍵は見つけたよ。中の地図は二日もあれば何とかなるだろう。蘭、もう暫くここにいられるか?」

「あ、えっと……」

 バイトもないし大学はまだ夏期休暇だ。帰っても待つ人間はいない。そういう意味では滞在できる。だが今し方の会話でここに残ることへ罪悪感が生まれてしまった。安請け合いして、ここに居座ってもいいものなのだろうか。魔女でもない、魔女になると決めてもいない自分が。

「ええ大丈夫。そうよね? どうせ戻っても暇なのだし、ここで放って帰るのも無責任ではなくて?」

「……そうだけどさぁ」

「いられるんだね? よし、じゃあ二日で何とかしよう。全てを解き明かすことは出来なくても、最深部への道筋ぐらいはなんとかなるだろうさ」

 蘭の困惑と罪悪感を知らないトツカはそう言いながら食堂に向かっていった。ベアトリスは、それまでの蘭との会話などなかったかのように焼き上がった肉を切り分け皿に盛り付けていく。

 今ここで何かを問い詰めたところで発展的な話にはならない。そう悟った蘭も、完成したスープを注いで、トレイに乗せていく。

「食事が終わったら続きをする。気にせず先に休めよ」

「寝る場所は?」

「終わるまでは工房で寝るさ。大丈夫、慣れてるよ」

 ダイニングテーブルに食事を並べ、既に席に着いていたトツカに向かい合って蘭も座った。そして、そこにある肉とスープを見つめながら諦めて息を吐く。

「祈りの言葉は?」

「……いただきます」

 罪悪感は、すぐには消えそうにない。蘭は両手を合わせると小さくそう言って、憂鬱な心持ちのままナイフとフォークを手に取った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ