新たな魔女
枕元で、チリンと小さくベルが鳴った。その微かな音で覚醒し、蘭はゆっくりと目を開ける。
「……そっか、ニーヒルの寝室で寝たんだっけ」
見慣れない天井に一瞬混乱したが、すぐに思い出す。
昨日、譲った客間で眠ったトツカは結局起きてこなかった。相当疲れていたのだろう。無理もない。ほぼ二日間、不眠不休でニーヒルの結界を解析した上で、あの広い温室を探索したのだ。蘭を連れての探索で緊張もあっただろう。
起こすのも申し訳なかったので、トツカにはそのまま客間で休んでもらった。自然、眠る場所がなくなった蘭の足は、気がつけばこのニーヒルの寝室へ向いていた。
「覚悟が決まったから、かな」
かつて工房に足を踏み入れた際に感じた拒絶感は既になくなっている。知らないはずの寝室も何故か心地よかった。夜明けを知らせる鐘が鳴るまで一度も目覚めなかった程だ。
熟睡したおかげか身体は軽かった。ベッドから飛び降り、軽やかな足取りで食堂に向かう。
食堂では、トツカが眠そうな顔で既に席に着いていた。いつの間にか帰ってきていたベアトリスがベーコンと卵を焼き、パンと一緒に皿に盛り付けていた。
「おはよう、トツカ」
「あぁ、おはよう、蘭。昨日は悪かったね。まさか朝まで目が覚めないとは思わなかった」
「いいよ。無理してくれたんでしょ? 俺は寝室を使ってるから、ゆっくり休んでいってよ」
トツカの正面に着席しながらそう言うと、トツカは目を見開いて蘭を見た。
「……ニーヒルの寝室を?」
「ああ、うん。トツカが客間を使うならそこで寝るしかないしね。大丈夫、昨日もゆっくり寝れたよ」
「あら、ニーヒルの寝室を使うの、嫌がっていなかったかしら?」
ベアトリスが口を挟んできた。蘭は肩を竦める。最初は工房から感じる拒絶と、自分がニーヒルに塗りつぶされるという恐怖があった。だが、今はそれが杞憂だと知っている。
「魔女が何か知らない頃はちょっとね。今は平気だよ」
「心変わり、と言うことかしら」
ベアトリスの声には何か棘のようなものがある。咎めるような声音だ。少し意外だった。
「知らない人のことは怖いものだろ?」
「今は知った、と言いたいのかしら」
「少なくとも、ここに来る前よりは随分色々と知ったよ。ニーヒルがどうやって生きてきたか、どれほど幸福な時を過ごしたか、どうしてそれを手放さなければならなかったか。それと、君の銘の由来もね」
蘭はそう言ってベアトリスを見た。あの幸福な日々を象徴する銘を与えられたベアトリスは、それをどう受け止めているのだろう。人々の為に力を尽くし、命を救い、国庫を潤わせた。迫害されたとしても、最後までニーヒルはあの国へ帰りたいと願っていた。その望郷に苦しむ姿を間近で見てきただろうベアトリスは、だからこそ人間が許せないのかもしれない。
ベアトリスは微かに身じろぎ、身体を硬直させた。
「ニーヒルの一方的な思慕を苦々しく思ってたんだろ? 叶いもしないのに願うのを哀れに思ってた? ……ベアトリスがニーヒルを思っていたのは分かる。でも、こればっかりはどうしようもなかったんだ。そう簡単に諦められるものじゃない」
「貴方に、何が分かるの」
「分かるよ。俺も同じだから」
数百年間の人生の、たった数年間。ニーヒルがあの国で暮らしたのはほんの一瞬のことだ。それでも心に刻み込まれるほどの幸福だったのだ。何処にいても帰りたいと願ってしまうほどに。何処にいても、自分の居場所がここではないと感じてしまうほどに。
たかだか二十年弱の疎外感などニーヒルに比べれば一瞬だ。でも、問題なのは長さじゃない。同じ思いを抱えていた、その事実だった。
「俺が感じていた居心地の良さの理由も分かった。俺は多分、ずっとここに帰ってきたかったんだ」
「……まさか、お前」
トツカの表情が険しくなった。蘭はただ、凪いだような穏やかな心持ちでそれを眺めていた。
「うん。俺は、魔女を継ぐよ」
「それがどういう意味なのか、お前は」
「分かってる」
「今まで生きてきたあの場所を捨てることになるんだぞ!? これまでの生活も」
目を閉じて、頷く。それがどれだけ些細なものなのか、トツカに説明するのは難しい。トツカはここから遠ざけたがっていたのだから余計だろう。だから、ただ決意だけを告げる。
「それでも」
蘭は、真っ直ぐにトツカを見つめた。
「それでも俺は、ここを選ぶよ」
「魔女の生活を教えるとは言ったが……私は、お前が諦めると」
「ニーヒルとトツカが俺を心配してくれたのは分かってる。でも、俺はここにいたいんだ。そのために、やるべきことをやるんだよ。これは逃げじゃない。あの場所から逃げるためじゃなくて、この場所を選んだんだ」
「ニーヒルの孤独を知ってもか」
爽やかな風が窓から流れ込んでくる。空気が美味しい。爽やかな松脂の匂いの風を肺いっぱいに吸い込んで、蘭は笑った。
「俺はニーヒルの転生体で、ニーヒルの魂を持つ者。その俺の決意を尊重してよ、トツカ」
トツカは答えなかった。
数分の沈黙の後、トツカは長い溜息をついた。何かを諦めたように天井を見つめた後、食べかけていたパンに手を伸ばす。
「……お前がそう言うのなら、私はお前を止められないよ」
「そっか」
「だが、なってみてこんな筈じゃなかった、なんて言うんじゃないよ。やっぱりやめたはなしだ。きっちりかっきり、せめてニーヒルと同じだけ生きてから代替わりをすると約束しろ」
「分かった」
蘭があまりに素直に返事をするからか、毒気を抜かれたような顔でトツカは目を伏せた。次々とパンを口に運び、紅茶を飲んで、もう一度嘆息する。
「私で分かることなら手伝ってやる。だがあまり当てにするな。専門が違うからね」
「分かってる。あ、でも、一つだけお願いがあるんだけど」
「……何だ?」
蘭も目の前のパンに手を伸ばす。ふんわりと暖められたパンは香ばしく、ベーコンの焼き加減も完璧だった。それらを堪能し、嚥下してからトツカを見る。
「ギンレイの封印を解いてほしい。もう一度、ギンレイと話がしたいんだ」
「銀の鈴と?」
「どの道、管理権限を返してもらわないといけないしね。それに、俺の生活能力じゃこの館を維持できない。ギンレイの力は必要になると思う」
あんな形で別れてしまったことも気掛かりだ。性急だったし、説明は不十分だったが、ギンレイがあの家に押しかけて来なければ、蘭はきっと一生、見つかりもしない欠落を抱いたまま生きていたのだろう。今となってはあの強引さに感謝もしているのだ。
「……そうだね。あの時は緊急だったから、まともに説明もせずに封印してしまった。話をしたいというのであれば封印を解こう。それに、お前がそれを決めてしまった以上、あれがいてもいなくても、もう変わらないだろうしね」
トツカはそう言って席を立った。隣に控えていたベアトリスが机の上の食器を片付けるのを確認して、腰に下げていたポーチから取り出した銀色の鈴を机の上に置く。
リィン――と、鈴が小さく高い、泣き声のような音を鳴らした。
「巡り周りて開けよ、開けよ。虹の端より再び至れ」
言葉が紡がれる度に、鈴の周囲に虹色の光が奔った。空気が何か重たいものを帯びていく気配がする。それが魔力なのだと、蘭は本能的に察知していた。
「進め、戻り、また進め。あるべき姿、あるべき容、今ひとたび器よ満ちよ」
詠うように紡がれる言葉は美しかった。
「目覚めよ、起きよ、名を呼ぼう、三度の言葉のその先に。夜明けの時に導く声は、お前を呼びて取り戻す。……銀の鈴、その契約の在処を示せ」
言葉の終わりと同時に、机の上に稲妻のような光が迸った。ちりちりと燐光が舞い上がり、トツカの立つ床の前に降り積もり、人間の姿を形作っていく。
つま先から頭の天辺まで燐光が行き渡り、光の柱が一際輝く。
光が消えた後には、見慣れた銀のベストを身につけたギンレイが立っていた。 ほんの一週間ほどだというのに、随分久しぶりのような気がする。懐かしさすら覚えてしまったのは、ニーヒルの日記に引き摺られているのだろうか。
椅子に座ったままギンレイを見上げると、瞬きをしたギンレイが息を呑んだ。
「……蘭? 蘭、ご無事ですか!? 一体何が――トツカは、何を狙って」
「ギンレイ」
取り乱したように叫ぶギンレイに、短く呼びかける。
「いいよ。もう、全部知ってるから」
その一言で全てを察したのか、ギンレイは目を見開いた。やがて眉を下げ、力なく立ち竦む。
「……私の企みを、お知りになりましたか」
企みか。それはもう自白じゃないか。けれど、不思議と怒りは沸いてこなかった。全ては結果論だし、ギンレイのやったことは褒められることじゃない。だけど、蘭が自らのルーツを知り、帰るべき場所を見つけられたのがギンレイのおかげだということもまた、事実なのだ。それは否定できることではない。
「うん。眠ったはずの遺物をわざわざ目覚めさせたことも、それを使って俺を脅したことも、魔女になった後の具体的な話をせずに魔女になるよう急かしたことも、全部知ってる」
ギンレイは何かを言おうと視線を彷徨わせた後、結局何も言わず蘭の前に跪いて頭を垂れた。
「処罰を、というのであれば甘んじて受けましょう。欺いたつもりはありません。しかし、ええ、結果的にそうなったと仰るのであれば、貴方の決断を受け入れます」
「俺はさ、あの狭いワンルームでずっと”ここは俺の居場所じゃない”って思いながら生きてきた」
ギンレイは頭を垂れたまま微動だにしない。その頭越しに語りかける。
「あの家がってことじゃない。けど、何処にいてもずっと居心地が悪かったんだ。でも、アンタがここに連れてきてくれた」
一週間だけでいいから工房を訪れないか。ギンレイのあの提案がなければ、蘭はここを知らずに生きていただろう。今となっては、それは酷く恐ろしいことのように思える。
「ギンレイがしたことは確かに強引だったし褒められたことじゃない。それでも」
跪いたギンレイの前にしゃがみ、その肩を押して上半身を起こさせる。正面から顔を見ると、眉を下げてしょぼくれた顔をしていた。
「俺をここに連れてきてくれてありがとう。ギンレイ、俺は魔女を継ぐよ。だから、俺を手助けしてほしい」
「……魔女を、継がれるのですか」
「うん。それで、さしあたりいくつか確認したいんだけど」
「本当に、蘭が魔女を?」
ギンレイは取り乱したようにそう言った。両肩をがっしりとつかまれ、尋問でもされているような勢いで尋ねられて、思わず後ずさった。
「本当だよ。まぁ、心臓の継承はまだなんだけど」
「――そう、ですか。魔女を、継いでいただけるのですね」
「俺は蘭でありニーヒルだ。だけど、ギンレイの知っているニーヒルと同じじゃない。過ごした環境もこれまでの生き方も時代も全然違うから。それは承知してほしい」
魂が同じでも生き方は違う。だから、同じ物にならない。
だが、蘭のそんな宣言にギンレイは感極まったように微笑んだ。
「ええ、ええ、承知しております。大事なのは名前でも形でも記憶でもない。貴方という魂が、我々と同じ時を歩むことだけが望みなのです」
「……そっか」
「感動の再会はいいのだけれど。心臓はどうするつもりなのかしら」
ベアトリスの温度のない声が響いてはっとする。
「あ、そっか。またあそこに潜って回収しなきゃ駄目かぁ」
魔女を継ぐと言ったことをほんの少し後悔する。あの季節も場所も匂いも形もバラバラな温室をもう一度踏破するのは少々気が重い。
「温室の心臓でしたら、私の権能で取り出すことは可能です」
「……え?」
ギンレイは立ち上がり、美しい角度でお辞儀をした。生き生きとした表情で、あの遺物を見せびらかしてきた時のような笑みを浮かべていた。
「私の本来の機能は調律。魔女の魔力の流れを管理し、遺物達の統率を行うために造られました。ですので、ええ、遺物への命令権を所有しております」
「ど、道具頭ってそういう……」
「ええ、はい」
「それなら何故さっさと温室から奪わなかったんだ」
トツカはまだギンレイを信用していないようだ。目を眇め、詰問するような声音で問いかける。
「貴方も魔女ならお分かりでしょう。あの温室を維持するためにニーヒルは心臓を使った。つまり、闇雲に奪い取ればそれこそ、あの温室が自壊するでしょう? ニーヒルの帰るべき場所を預かるものとして、それでは困るのですよ」
「そうか。温室も言ってた。心臓を動力に封印を維持してるって。無理矢理引き剥がしたら温室が機能を止めて、中の植物は全滅だ」
そうなればニーヒルの研究と研鑽の結果は無駄になってしまう。
「だから無理に回収しなかったし、蘭に埋め込みも強要しなかった、と?」
棘のあるトツカの言葉にギンレイは肩を竦めた。
「ええ、はい。私は確かに蘭に魔女になっていただきたかったですが、無理強いするつもりはありませんでしたので」
「不都合な情報を隠しておいてよく言う」
「その情報が不都合だと、私は感じておりませんでしたので。長寿も叡智もしがらみある人間社会からの離脱も喜ばしいことでしょう?」
「それはそもそもニーヒルの意思に反する行為だと……!」
勢い込んで叫ぶトツカに、蘭は静かに手を上げた。
「トツカ、その話はまた今度。確かに騙されるような形で来たけど、結果的に魔女を選んだのは俺なんだ。だから、今はこれからの話がしたい」
「……お前がそう言うなら」
引き下がったトツカは不服そうに唇を尖らせながら椅子に座った。
「それで、ギンレイ。魔女の心臓を継ぐって、具体的にどうすればいいんだ?」
「ええ、まずは温室より魔女の心臓を取り出します。温室も心臓も破壊せずに行う必要がありますね。更に、魔力を遺物に回しながら転生体の肉体に埋め込み定着させる。そのような作業が必要になります」
「……調律器。それをするのがギンレイ、ってこと?」
「はい。私の権能の一部です」
思ったより重要な機能を持っていたことに驚きが隠せない。普段の軽薄な言動からただのお便利執事のように扱っていたが、とんでもないことだ。さすがは先代、先々代と仕えてきただけのことはある。
「じゃあもしかして、先々代から先代への引き継ぎも?」
「ええ、私が行いました」
「成程、事情を知ってる人がいるのはありがたいね」
これで随分と具体的になった。これまでぼんやりとしていた魔女継承までの道程とやるべきことが見えてきた。
「トツカ、もう少しここにいられる? 落ち着くまで手伝ってほしいんだけど……」
「ここで放り出すほど人でなしじゃない。幸い、時間はたっぷりある。私の工房は剣達が維持してくれているしね」
ほっと息を吐く。本来、おそらく成長するまでに知るはずだった魔女にまつわるあれこれを、蘭は結局何も知らないままだ。身近に事情を知る誰かがいてくれるのは心強い。
「ベアトリス、お前はどうする? 蘭が魔女に成るのなら本来の主の元に返っても構わないんだが」
ベアトリスは目を伏せて考え込んだ。
彼女は現状、トツカの遺物だ。トツカとベアトリスの意向を尊重すべきだと判断し、蘭は口を閉ざす。
「……少し、様子を見るわ。戻るに値する主かどうか」
「そうかい」
二人の話は纏まったようだ。
「まずは心臓の回収と、最優先は温室の維持、かな。具体的に何が必要か、何をすればいいのか。今度は隠し事はなしだぞ、ギンレイ」
「ええ、はい。最早隠し立てする必要もございませんので」
「じゃあ、お茶でも飲みながら計画を立てよう」
「では、コーヒーをお煎れいたしましょう」
蘭は、そう言って踵を返したギンレイの背中を呼び止める。
「ギンレイ。俺、今日はハーブティーが飲みたい気分なんだけど」
くるり、と振り返ったギンレイの表情は、いつものあの何を考えているのか読めない微笑に戻っていた。
「承知いたしました、蘭」
キッチンへと去って行ったギンレイの背中を眺めながら考える。
ようやく見つけた居場所。ようやく辿り着いた故郷。そして、初めて一人で決めた人生の岐路。その重大さに怖気付くかと思ったが、不思議なことに不安はなかった。むしろ、地に足が着いたような心地だ。
「うん、一歩ずつ進もう」
まだ知らないことばかりだ。出来ないことばかりだ。だからこそ、これからも蘭として、一つずつ選んで決めていこう。ニーヒルとは違ったとしても、ニーヒルの残したものを、そして蘭自身の居場所を守るために。
焦る必要はない。
何しろ、時間はこれからたっぷり、あるのだから。
リィン――。
鈴の音の代わりに喉の奥を鳴らす。遺物達が起動する。ケトルに水を汲み、時の箱から新鮮さを保ったハーブたちを取り出す。
背後では、新たな主が友人と談笑している。決意に満ちた瞳と、穏やかな顔で。
ベストのポケットに一瞬、視線を落とす。そこには、回収したニーヒルの日記――先代のニーヒルが魔女を継いですぐの頃の日記が入っていた。
「ええ、読ませてもよかったのです。あの人が同じように手探りで薬を作っていたと知ったら、貴方は共感したかもしれない。けれど、提示する情報は絞った方が、人物像にゆとりが出るでしょう?」
銀の鈴は笑う。高い、誰にも聞こえない高い音を鳴らして笑う。
「……ああ、ようやく種が発芽しました」
土を整え、水をやり、栄養を与え、丁寧に丁寧に仕込んで。
「目新しいものに目を輝かせ、好奇心旺盛に色々な物に手を伸ばし、どんどんと吸収して……同じだ。ええ、全く同じですよ、蘭」
沸騰を知らせる音を鳴らすケトルを手に取り、ポットに湯を注いでいく。ふわりと、嗅ぎ慣れた薬草の香りが漂ってくる。
「希望にあふれ、研究に打ち込み、幸福な時を経て、やがては嘆きの果てに次代を残す。そう、まるで芽を出し、育ち、開花し、萎れ、腐り落ちながら種を残す花のように……ええ、ニーヒルという魔女は、これまでも、これからも、そうやって咲き誇るのですよ」
ガラス製の透明なポットの中で、ハーブがくるくると踊っていた。
揃いのカップを四つとハーブティーを煎れたポットをトレイに乗せて、踵を返す。主のために茶を用立てるこの瞬間は、遺物として無上の喜びだった。このためだけにでも性能を落とし人の形を得た甲斐があった。
そう、この姿であれば、傍らで主の道行を見ることができる。
徒花のように実らぬ種を残すのか、それとも、次代へ繋ぐ株を分けるのか。
「貴方がどのような花を咲かせるのか、楽しみですとも。蘭の仔。蘭の花」
高く、美しい鈴の音が、何処かで遠く鳴り響いた。