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第9話 悲痛、リタの過去③

「リタさん、どうなされたのですか?」

「う……うぅ。腰が……いたたた。ゴミを外に出そうとしたら、腰が……」


 どうやらぎっくり腰のようだ。経験はしたこと無いが随分と辛いらしい。発作直後に私達が訪問したのは不幸中の幸いというやつであろう。


「ロザリア、ナタリア。リタさんを運ぶのを手伝って」

「かしこまりました」

「ましたー」


 ベッドに寝かした後、小川から汲んできた冷たい水で布を濡らし、腰に当てる。彼女が浮かべる苦悶の表情から推察するに相当な痛みなのだろう。


「ロザリア、ナタリア。ちょっと様子を見ていて。私はお医者様を連れてくるわ」


 スカートを捲り屋敷へと走る。どうせ靴は見えないと高を括ってペッタンコ靴を履いていてよかった。ヒールで走るなんて地獄だ。

 一時間書けて来た道を三十分弱で戻り、息を整える間もなくロベルトを呼ぶ。

 馬車で街まで行き、医者を乗せた。馬たちは二拍子の速歩(はやあし)を刻む。


 


 幸い大事に至ることもなかったが、医者曰く二〜三週間の安静が必要とのこと。


「お嬢様、それにアンタたちも。助かったよありがとうね」

「いえ、困った時はお互い様ですわ。痛みは治まったかしら?」

「まだ痛いねぇ。森の魔女なんて言われている私が〝魔女の一撃〟を食らうなんて笑い草ね」


 この世界ではぎっくり腰の事を魔女の一撃と呼ぶ。たしか中世でもそう呼んでいたと聞いたことがある。

 それにしても困ったな。ぎっくり腰が治るまでの間、独り身のリタは身の回りの事もできない。私は領地経営の仕事で世話をしにくる時間は無いし。


 ふと妙案を思いついた。


「そうだ、ロザリア、ナタリア。あなたたちの仕事が決まったわよ!」

「どういう事ですか?」

「ですかー?」

「リタさんの腰が治るまで、侍女としてお世話をするのよ。お給料を私が出すわ」


 双子は瞳を輝かせ、両手を繋いでくるくると回りはしゃぐ。


「ドタドタしない! リタさんの腰に響くでしょ!」

 

 給料の受け渡しは三日に一度、リタの様子を見るためと、かこつけた撚糸職人復帰への交渉を兼ねる。腹黒い手口ではあるが、これも交渉術だ。


「私は屋敷に戻るわ。リタさん、今日は安静になさって。双子ちゃんたち、頼んだわよ」

「かしこまりました。お任せ下さい」

「おまかせあれー」



 三日間の間に、リタは双子たちへの感謝の気持ちが増すだろう。そして、そのリタの目の前で双子たちの給料を出すと公言した私に対しても感謝せざるを得ない。ぎっくり腰で直接死ぬようなことは無いだろうが、なにせ独り身。もしあのまま動けなくて餓死……なんてことも無いと思うが、その不安は頭をよぎっただろう。


 親切だって無料(タダ)じゃない。人間として褒められることでないことは重々承知しているが、私は経営者。いい人になりたいわけではないのだ。


 だって、私、お金以外に興味ありませんから。


 日々のタスクに忙殺されていると三日間なんて一瞬で過ぎ去っていく。

 今日のスケジュールをリマインドしてくれるロベルトのは、〝リタ宅訪問〟の文字で少し言葉を引っかからせた。


「リタさんに食材を届けたいのよね。ロベルト、馬車だけ出してくれる?」

「はい、かしこまりましたアニー様」


 五十歳とは思えないロベルトの怪力は、ヴァンドールの侯爵邸に運んだ金貨の入った袋を担いだ時に見た。袖を捲し上げた時に見えるごつい腕の筋肉。マッチョフェチの私にとっては眼福でしか無い。


「書類ばかり見て疲れた目の保養になるわぁ」

「ん? どうかなされましたか? 先程からジロジロを見られている気が……」

「気にしないで、荷運びを続けてくださいな」


 最近は運動を兼ねて徒歩移動ばかりしていたから、久しぶりの馬車は快適だ。もちろん前世で乗っていた運転手付きの高級車の乗り心地とは雲と泥ほどの差があるが。これは道とタイヤの問題だな。

 ゴムのタイヤがあれば乗り心地がよくなるんだろうけどな。

 

 

「あ、アニーお嬢様がお給料を持ってきたです」

「お金ですー」

「現金な双子ね。ごきげんよう、ちゃんとリタさんのお世話をしておりましたか?」

「はい! 完璧です。リタおばさんも元気になってきたです」

「まだ立てないけど、元気ですー」


 部屋の掃除も行き届いているし、双子たちはしっかり仕事をしていたようだ。

 馬車から下ろした食材を家の中へ運び、ロベルトは馬車で待機させる。


「リタさん、調子はどうかしら?」

「ロザリアたちのお陰で、快適な養生が出来ておりますよ」


 リタが寝転ぶベッドに座椅子を置き、職人復帰へのきっかけを(うかが)う。

 

「またその話かい……悪いがお断りだよ。お嬢様」

「父に少し聞いたのですが、それは娘さんが関係しているのでしょうか?」

「……ふん。よくもズケズケと聞けるね。貴族ってのは人の心が無いみたいだね」


 聞きにくいことを聞ける、言いにくいことを言える。

 これについては元々の性格もあるだろうが、経営者になってから更に加速した。物事を感情ベースではなく、事実ベースで理解、把握をしておく必要があるからだ。

 

「まあ、お嬢様には世話になった借りがあるからね。引退した理由だけでも話そうかね」

 狙い通り。何事もまずは課題のヒヤリングしてからだ。


「私の旦那が死んだのはロベルトから聞いていると思うけど……」


 遠い記憶を見つめる瞳で、リタが静かに語りだす。

 




―― 

あとがき


読んでくださりありがとうございます!

『落ちぶれ令嬢の経営術!』 お楽しみいただけましたか?


わぁ面白いわよー! 続き読みたいわよー! と思ってくれましたら

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