第7話 悲痛、リタの過去
突如現れた双子の姉妹。小柄でふんわりとした亜麻色のショートボブ、そしてまったく同じ顔。私のツインズフェチがうずいてしまう……しかも。
「なんでメイド服を着てるんだー! 反則だ尊すぎるぞー」
思わず心の声が大音量で漏れる。
「メイド服は私物です! 侍女として雇ってもらう気満々で来ました」
「来ましたー」
「あなたたち、本当にそっくりね」
「目が青いのがロザリアです」
「琥珀色なのがナタリアですー」
双子メイド服を並べる眼福は惜しいが、この状況で私が贅沢をするわけにはいかない。
「すみませんわね、今は雇う余裕がないの。縁がなかったと理解していただけるかしら」
もう少し余裕があれば……いや、いかんいかん。大きく顔を左右に振り、少女たちを屋敷の外まで送った。
商工会へ向かうためにロベルトと馬車に乗る。二頭の馬が軽快なリズムで蹄を鳴らす。
「……なぜ、馬車に乗っているのかしら? 双子の少女たちよ」
「わぁ、馬車に乗るの初めてなのです」
「なのですー」
なんだ、なんだ? 不思議ちゃんなのか?
「いや、なぜかと聞いておりますのよ」
「捨て犬の様に着いていけば情にほだされて、雇ってもらえるかも知れないのです」
「知れないのですー」
「はぁ、ダメだこりゃ。そうだわロベルト、撚糸職人だったリタさんの家を知ってるかしら?」
ロベルトがリタという名前を聞いて、懐かしそうな表情を浮かべる。
「リタですか。随分と懐かしい名前ですね。残念ながら家の場所までは存じ上げません」
「そうか、困ったな。あとで役所に行って領民台帳で調べるしか無いわね」
「リタおばさんのお家、ロザリア知ってるです」
「ナタリアも知ってるですー」
「本当か! 双子!」
「はい、私達の家から割と近いんです」
「近いんですー」
ツイてるな私。役所に行く手間が省けたぞ。
双子の案内で行き着いた先は、小川の横に佇む水車付きの小屋。グレゴリアス領は水に恵まれており、綺麗な水は名水と言っても過言ではない。
きっとこの水で日本酒を作ったら、さぞ美味いだろうな。そうだ酒造も作ろう。やりたい事業がまた一つ増えた。
「ごめんください、リタさん。グレゴリアス男爵家のアニエスカと申します」
幾度かドアノッカーを鳴し、しばらくするとドアが開いた。
白髪交じりの女は、些かの不機嫌さを隠そうともせずに私をまっすぐ見る。
「偉大なる領主様のところのお嬢様が私に何の用でしょうか?」
皮肉を込めた言い草、この手のタイプが口説くのに時間がかかるのは、今までのビジネスの経験上幾度も経験し、失敗もしてきた。
「おや、あんた達はロザリアとナタリアじゃないか。大きくなったね」
やはり顔見知りだったか。リタの表情が双子を見た瞬間に少し柔らかくなったことに気づく。
リタは私達を家の中へと招き入れた。
天井の高い部屋の中には蚕の繭を茹でる釜や撚糸に使うであろう機械。機織り機などが並んでいる。
「で、お嬢様。私に用とは、まさか生糸作りに復帰しなさい、では無いでしょうね?」
「いいえ、その通りでございますわ」
「では、お断りします。お引き取りを」
即答! 気持ちが良いほどの即答だ。これは無意味に引き下がるとかえって悪い方向に行きそうだな。
「今日はこの辺で失礼いたします。ごきげんよう」
「ロザリア達はリタおばさんの家で遊んでいくです」
「遊んでいくですー」
ロベルトがドアに手を掛けると、リタがロベルトに話しかける。
「ロベルト」
「なんだい?」
「あんた、歳を取ったね」
「ははは、それはお互い様だよ。リタ」
後で聞いた話、ロベルトがリタに会ったのは、実に二十年ぶりだそう。その割には随分と短い会話だったのが気になった。
「ロベルト、リタさんと昔、なんか気まずいことでもあったのかしら?」
「気まずいと言ったら気まずいですね」
「え! まさか、昔の恋人とか? 聞きたい聞きたい」
「いえいえ、残念ながらお嬢様の妄想とは違いますよ。私とリタはですね……」
ロベルトとリタは同い年で、庶民学校の同級生であった。
庶民学校は先代のグレゴリアス男爵――いわゆる私の祖父が領民の識字率をあげるために公共事業で設立した学校である。
大人になりリタが結婚した相手は、ロベルトの親友だっため交流は続いていた。
二人の間に生まれた子供が九歳になった頃、隣国との戦争に徴兵されたロベルトと親友は同じ部隊で一年の時を最前線で過ごすことになる。
戦争の勝敗を決める最後の決戦の時だった。見事勝利し、ロベルト達兵士が勝鬨上げ、喚起に湧いていた最中、生き残った敵兵が矢を射った。至近距離から放たれた矢は一直線にロベルトへ飛ぶ。それに気付いた親友はロベルトを庇い、身を挺して戦死したのだ。
リタの下へ親友の遺体と形見を届けたのはロベルトだった。
自分を庇い戦士した親友の最後をリタに伝えるロベルト。彼女からの言葉は無く、傍らで父の死を知り泣き叫ぶ娘の声だけが響き渡ってた。
「……あれからもう二十年が経ちました」
「そんなことが。ごめんねロベルト、私がリタの家に寄りたいなんて言ったから……」
「いえ、お気になさらずに。しかし、彼女の不幸はまだ重なりましてね……おっと、商工会に到着しましたね」
タイミング悪く話の途中でリタに重なった不幸について聞きそびれてしまった。その出来事がリタが撚糸職人を辞めた理由なのかも知れない。
話の続きが気がかりで、その後行われた定例会の内容が全く耳に入ってこなかった。
――
あとがき
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