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第4話 美味、海を臨む料理店

 ヴァンドール侯爵家へ訪問する午後まで、まだ時間がある私達三人はこの領地を視察することにした。

 この領地の規模は国内で五本の指に入る。海に近いこの街の市場は人の往来が多く、朝から活気に溢れていた。


「お父様、この領地の主な産業は何なのかしら?」

「造船や馬車の製造、あとは海産物の出荷も多いと聞くね」

「そう、それは羨ましいですわね」


 海と森があり、製造工場への投資や職人の確保が安定しているのだろう。漁場も豊かで領の内外への出荷の均衡も取れている感じがする。とにかく地理的に資源に恵まれているのは領地経営をする上で大きなアドバンテージだ。

 

 それに比べて我がグレゴリアス領は、これと言った産業がないし、他の領地との交流、交易も盛んでない。ヴァンドール領のように外からお金が入ってくる仕組みを作る必要がありそうね。


「お父様、飲食店街に言ってみましょう」

「そうしよう。ちょうど歩き回って腹ペコだったんだよ」


 賑わっているレストランに入ると、すぐに店員が駆けつける。「いらっしゃいませ〜お客様、こんにちは」満面の笑を浮かべる若く可愛い女の子だ。


「一番人気のあるメニューは何?」

「魚介のワイン蒸しパスタですぅ」

「では、それを一皿。以上」

「あれ、他のお二方は……」

「お気になさらないで。取り皿とフォークだけ人数分いただけるかしら」


 一人前しかオーダーをしない私。ロベルトは私が何を意図して一人前しか頼まなかったのかを考えているようであった。彼の思慮深いところは評価に値する。それに引き換え、父ときたら……


「アニエスカ! なんでだい? 独り占めなんてずるい! 父はこんなに腹ペコなのに」

「まあ、いいから黙ってお待ちに。私が一口たべたら残りはお二人でお食べになって」

「えー、しっかり一人前食べたいぞ。いや、大盛りが食べたいぞー」


 こんな感じだ。別にケチって一人前しか頼まなかったわけではなかった。

 料理が運ばれてくる。見た目は申し分ない。


「これはなんという魚なのかしら?」

「この地域の近海のお魚ですぅ」


 さては知らないな。適当にあしらいやがって。

 私は一口分を取り皿に盛り、残りを父とロベルトに差し出した。


「うーん。新鮮で美味い! これは我が領地では食べられない新鮮さだ」

「左様でございますね、旦那様。私も久しぶりに鮮度のいい魚を食べました」


 綺麗で洒落た店内、愛想の良い店員。料理の見た目、そこそこの味。そして回転率。

 流行るわけだ。


「会計して出ましょう」

 物足りなそうにしている父が他の客の料理を見て指を加えている。

 本当に貴族か? このおっさん……


 店をでると、向かいにある〝ジョゼ食堂〟と書かれた看板の店を覗く。昼間から酒を飲んでうなだれている客が一人いる。どうやら営業はしているようだ。


「お父様、まだ物足りないでしょう? この店でも食べましょう」

「アニエスカ、父の気持ちを汲んでくれるなんて、なんと心優しい娘なのだ」


 断じて違う。市場調査の一環だ。

 しかし、流行っていない店だな。外観もボロいし薄暗い。お世辞にも食欲を唆る雰囲気ではない。


「むむ! ここはきっと美味しいぞ、アニエスカ! 父のグルメアンテナがビンビンだ」

 なにを言っているのだと思ったが、食に関しての父の嗅覚は鋭い。ポンコツだが貴族とのコネが多いのは食を通じてのコミュニケーション能力が高いからなのだ。


 店内に入ると、これまた外観に負けないボロさだ。しかも掃除が行き渡っていない。

 汚い店には汚い客がいるもんだ。酒を飲んで、汚い布を枕に酔いつぶれている。

 

「魚介のワイン蒸しパスタを三つ、いただけるかしら」

「あいよ」


 明らかに貴族だとわかる格好をしているのに、平民が貴族に向かって「あいよ」か。

 

「お父様、平民がお父様にむかって〝あいよ〟って、怒らないのですか」

「んー? 別に平気さ。だってここ、ごはん屋さんだよ? 料理が美味しければ別に礼儀はいいじゃない」

「あはは、お父様は変な人ね」


 ポンコツなのに憎めないのは、この人柄があってのものか。

 それにしても、注文してから随分と時間がかかっている。


「店主、お料理はまだかしら?」

「ああ、仕込みをしてねぇから時間が掛かるんだ。すまねぇな」


 仕込みをしてない? この店主は商売を舐めてるのか?

 

「そうですか、そんなに難しい料理なのかしら?」

「客が少ねぇからな、仕込んで余らせると食材がもったいねぇんだ。それにな、魚ってのは切りたてがうめぇのよ」


 なるほど、料理人の矜持というやつか。

 

「お嬢さん達、ここらへんの貴族じゃねぇな。旅行かい?」

「ええ、まあそんなとこかしら」

「そうかい、魚介のワイン蒸しパスタってのはな、俺が若ぇときに開発した料理なんだよ」

「まあ、そうだったのです?」

「ああ、有名になってな、今じゃ街中で他の店の奴らが出してるけどよ」


 料理をしながら店主が料理の成り立ちや、食材の説明をする。日本で言う頑固な寿司屋の親父の板前ショーと言った感じだろうか。


 やり方によっちゃ流行りそうだな。


「あいよ、魚介のワイン蒸しパスタ! おあがり!」

 香りからしてさっきの店とは段違いだ。


「絶妙な白ワインとにんにくの香りが鼻腔を通り食欲を刺激するねぇ。しっとりとした魚の火入れ、プリプリで大粒の貝も良い。そして何と言ってもパスタの茹で加減と魚介のスープとの絡みが芸術的だ」

 普段は言葉足らずなくせに食レポうまいな、父よ。


「お! わかってやがるな、貴族の旦那! 気に入ったぜ。夜もやってるから顔出しておくんな」

「夜か、それは唆られる。お酒はどんなのがあるのだ?」

「ワインから火酒まで俺のコレクションがたんまりあるぜ」

「うほぉ。それはいい! 今日もこの街に泊まることにするか、なあアニエスカ」


 勝手に予定を決めるな、このポンコツめ。こっちは領地経営のタスクが溜まっているというのに。

 いや、待てよ。アリかもしれない。

 私達は夜の予約をして、店を出た。


 一度、宿に戻りヴァンドール侯爵家に行くための身支度を整える。

 持参した高級なドレスに身を包み、いざ出陣だ。



 絶対に婚約破棄に持っていってやる――!!

―― 

あとがき


読んでくださりありがとうございます!

『落ちぶれ令嬢の経営術!』 お楽しみいただけましたか?


わぁ面白いわよー! 続き読みたいわよー! と思ってくれましたら

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