第37話 誤算、ロメオの失敗
雨乞いの効果があってか、急な雨が降った事により委託販売していた傘が売り切れた。リタたちや木工職人たちの尽力のお陰で、グレゴリアス領から次々と届けられる雨傘は飲食店に補充されていく。
雨が降ると売上が上がるとの噂を聞いた飲食店の店主たちの問い合わせは毎日途切れない。
ロメオたちを敵情視察しに行ったシルビアが帰ってきた。
「あいつら、意外と苦戦してると思うわ。あーぁ、一日中卸先からヒヤリングして疲れちゃった」
ふくらはぎを自分で揉みながらシルビアが言う。
雨傘の売価はアニー・アンブレラと同じ一〇〇エウロ。日本でいう一万円ほどの傘だ。比較的裕福な人が多いヴァンドールの領民でも衝動買いで買おうとはならない。心のショッピングカートに入れておいて、給料が入ったら買おうという状態だろう。そして雨が降ると外出を控える為、必要な時に傘を買わないという現象が起きているそうだ。
それに引き換え、飲食店での委託販売は違う。雨に濡れて帰ると、帽子や外套の手入れは大変だし、カビが生えてしまえば仕立て屋で二〇〇エウロ以上かかる場合もある。それならば、一〇〇エウロで雨傘を買い相合い傘で帰ったほうがコストパフォーマンスが良いのだ。
「なるほど、まあ、そうなるわね」
予想通りだった。もし、あのまま私達もおんなじ戦略を取っていたらと考えると肝が冷える。それでも認知広告の効果があってか、予測通りとは言えないまでも、そこそこは売れているらしい。
その後、ちょくちょく雨の日があり、その度にアニー・アンブレラの補充要員が慌ただしく街中を走り回っている。
そんなある日のこと、意外な訪問客が現れた。
「アンタ、何しに来たの? ロメオ……」
ロメオと取り巻きが私を訪ねるために寿司ジョゼに現れた。
なに? いちゃもんでも付けに来たの? 上等じゃない。
「ア、アニエスカ……」
「なによ!」
ロメオはバツの悪そうな顔をしている。これは喧嘩を売りに来たわけではなさそうだ。
「アニエスカ! 頼む! 助けてくれ」
ロメオが頭を下げている。取り巻きたちもロメオに続き頭をさげる。あのプライドに手足が生えたようなロメオが頭を下げるなんて。予想だにしない行動に言葉が出てこない。
「一体どうしたのよ、気持ち悪いわ。頭を上げなさい」
ロメオが語りだす。
私達のアイデアは、木工職人の工房の家賃を上げると脅してパクったと白状した。同じような手口で私達の商品を取り扱わないように小売店に圧力を掛けたことも。
事業プランも息のかかった学院の教諭が作ったものであり、すべては学院生の間にヴァンドール経営サロンの会員になるため。どうしても領主である父親、ヴァンドール侯爵に認められたかったからだとか。
「ダサい。キモい。クズ。愚息。ボンクラ」
「なんだと! ロメオ様を侮辱しやがって、てめぇら図に乗るなよ!」
テレサのつぶやきに、ロメオの取り巻きがいきり立つ。
「だまれ! お前たち。こちらからお願いに来たんだ」
ロメオが制止する。コイツ、こんな一面もあるんだ。
「すまない、アニエスカ。非礼を詫びよう」
「うん、別に気にしてないわ。それより早く要件を言って。暇じゃないの」
「実はな、俺達の雨傘なんだが、購入した客からのクレームが凄くてな」
どうやら、ロメオのところの雨傘は雨が染みて、さらに使用後はすぐにカビてしまう。もはや傘の役割を果たしていない出来損ない商品なんだとか。
それもそのはず、木工部分と脂を染みさせた絹という、うわべだけのコピー商品なのだから。
「木工職人はどの絹を使ってる知らないもの。見た目だけのハリボテよね。貴方といっしょね」
「ぐうの音もでない。その罵倒、甘んじて受けるしか無いな」
随分殊勝な態度ね。
「で、私達に頼み事ってなに? わざと負けてくれなんて言ったらぶっ飛ばすわよ」
「いや、ちゃんとした商談がしたい」
「うん、聞くわ」
「お前たちのアニー・アンブレラを買って細かく見てみた。そもそも絹の目の細かさ、質が全然違う事に気づいた。」
「仕入先を教えろと?」
「違う。その絹、お前たちの利益を乗せてもいい。俺達に卸してくれ」
なるほど、サプライヤーになれと言うのね。
「少し考えさせて」
頭の中でシミュレーションしてみる。もし原材料の絹を競合であるロメオに卸したら、アニー・アンブレラが売れようが、ロメオの商品が売れようが、結局利益は私達に流れてくる。
「ロメオ……アンタ、それがどういうことかわかって言ってるの?」
「……ああ」
私達が絹を卸さなくてもロメオたちの事業は破綻する。絹を卸しても、利益が私達に流れるわけだから、経営術オリンピアでは勝てない。
「どちらにしろ負けるのよ? なんでわざわざ?」
「俺にも経営者としての捨ててはいけないプライドがある。誠実に勝負して負けたい」
シルビアが立ち上がりロメオを指差す。
「都合がいいわね! 絶対アンタなんかに卸さないわよ。ね? アニーちゃん」
「女癖のわるいタダのクズだと思ってたけど、経営者としての心構えは認めるわ」
「え? なんで? こんなクズほっときましょうよ」
どうやら、私以外の三人は反対らしい。
でも――
「いいわ! 絹を卸してあげる!」
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