第34話 委託、という販売戦略
「参ったわ……完全に誤算だった」
経営ゾーンに入って、これで万事うまく行くと確信していた。
通常の小売店への卸、粗利率六割に対して、飲食店をターゲットにした委託販売の場合は粗利率八割。二割しか店の取り分がない。しかし、仕入れる必要もなければ、手間もかからない。そもそも飲食店は小売ではない。
委託販売という概念がないこの世界で、このマーケティングは革新的過ぎた。
小売店をリストアップしたときと同様、人通りや立地から絞った営業先の飲食店一〇〇店舗。営業をかけて二〇店舗ほど契約が取れれば御の字だと思っていた。二〇店舗に十二本ずつ雨傘を納品するならば、二四〇本。これくらいの数ならば生産も間に合うだろう。
そう高を括っていた。
実際、に営業活動を始めると、リストアップした飲食店の行く店行く店、すべてが即決で契約。四人で手分けをして回った一〇〇店舗の全てと契約を締結させたのだ。口下手で説明下手のヴェロニカですら契約率が一〇〇%だった。
嬉しい誤算だけど、参ったわ。
本選のプレゼンで事業資金額がきまり、一〇日後には事業開始だ。それまでに一〇〇店舗に納品する雨傘は一二〇〇本と傘立て一〇〇台。完全に間に合わない。
課題を解決したらまた次の課題が降ってくる。
「はぁ、だから経営って……めちゃくちゃ楽しくて面白いっ!」
私は根っからの経営者だ。俄然、溢れ出るやる気が胸を強く叩く。状況を事細かに書いた手紙をステークホルダーに宛て、雲一つ無い真っ青な空の下、私達は経営術オリンピアの本選ピッチ大会へと向かった。
このプレゼンで学院から支給される事業資金が決まる。資金の使途はすべて詳細に帳簿付けしなければらない。支給された事業資金以外に調達してはいけないし、自己資金を投下することも禁止されている。
一位の一〇万エウロと二位の五万エウロでは、スタートのビジネス規模が倍違う。これは大きな差であり、今回のプレゼンが、実質の優勝決定戦だと言えなくもない。
予選を通過した順位の低い順にプレゼンテーションが始まる。どれもパッとしないのあ想像していたが、これらの事業プランなら資金ショートしてすぐに脱落するだろう。というくらいレベルがが低い。
勝負は私達とロメオ達の一騎打ちになるだろう。彼らの事業プランは良い。特に商品がずば抜けて良い。それはそうだろう。
あんにゃろうは、私たちの事業プランをパクったんだからなっ!
ロメオのプレゼンが始まると、会場中が注目する。
「我々は、この一週間でこの領地にある、洋服店、雑貨店、大型総合店への営業活動をしました。その結果、店主たちの信頼を獲得し、二〇〇店舗との契約に漕ぎ着けました」
会場から拍手が巻き起こる。
「おお、さすがヴァンドール侯爵家のご令息。領民からの信頼も厚い」
「未来の領主様は有能だ、こりゃ侯爵家も安泰だ」
口々に褒め称える声が聞こえる。
「なにが、店主たちの信頼を獲得し……よ! 賄賂と脅しでしょうに」
シルビアが野次を飛ばす。
「嘘つきバカの自信満々の顔、滑稽で気持ち悪い」
テレサに関しては本当にえづいている。
「……」
ヴェロニカはそもそものプレゼン内容の理解が出来ないようだ。
結局、ロメオのプレゼンは大成功。終始盛り上がりのある持ち時間三〇分だった。
いよいよ次は私達の出番。ロメオ以上に盛り上げて、度肝を抜いてやるわ。
「アニエスカ・グレゴリアス、以下三名。プレゼンテーションを始めます」
先程のロメオのお陰で会場があったまっている。前座ごくろうさま。
「私達の事業プランは御存知の通り、先程のロメオ君とほぼ同じです。販路の開拓も彼らと同じく、洋服店や雑貨店などの小売業を中心に提案をして参りました。しかし……」
販路の開拓が難航したこと、トラブルにより材料の調達に苦戦していること。私は事細かに、丁寧に、そしてまるで悲劇のヒロインのように、感情に訴えかける。
「そこで、私達は戦略を方向転換しました。ここで皆さん!想像してみて下さい。貴方は飲食店を営む店主です」
ここまで静かに語っていたが、一気に声量を上げる。緩急のある声に会場中が私に集中した。
「この日は客足もよくあと一回転すれば! そんなとき、突然、雨が降ってくるのです。冬の冷たい雨が」
実際の飲食店一〇〇店舗を一〇〇%の確率でクロージングしたトークスクリプトだ。
私は、会場の観客相手に、まるで飲食店の店主に営業するように提案する。
「客は帰ってくれて、更に傘の売上の二割が貴方の儲けに! そして店はもう一回転」
おおお、という感心の声が会場を蠢く。
「どうですか! お客さん! 私達のブランド〝アニー・アンブレラ〟を店に置いてみませんか?」
決まった! 完璧に決まった!
この日一番の盛り上がりは暫く続く。立ち上がって拍手する者、指笛を吹き続ける者が更に盛り上げを演出する。
鳴り止まぬ拍手の中、壇上から降りた私達は、花道を威風堂々と歩き会場を後にした。
私達四人は各々ハイタッチをした後、抱き合った。興奮がまだ収まらない。これだからプレゼンはやめられない。
そのとき、ヴェロニカが何かに気づき呟く。
「あの……会場を、出てきちゃったけど、まだ……閉会式……あるよね?」
そうだった、なんであんなにドヤ顔で退場しちゃったのかしら。雰囲気にやられたというか、あれは喝采の中退場する空気だった。
「うわー、今から会場に戻るの恥ずかしっ!」




