第32話 窮地、計画の崩壊
ロザリアとナタリアも期待以上に成長しているが、それでも生産量を試算してみると間に合わない。販売開始前に余裕を持って卸先に納品しないといけないからだ。まるで解けない知恵の輪のように悪い状況がもつれていく感覚を覚える。
「八方塞がりね。今日はもう遅いし、解散しましょう。私も色々考えてみますわ」
屋敷に帰り、両親に事の顛末を話すと、母は青ざめ父は卒倒した。意識を取り戻した父はロベルトに跪き幾度も感謝を述べる。恐縮しているロベルトは無理矢理に父を立たせ、ソファへと連れていいく。
「戦場では私の命を救い、今度は娘の命まで。おお、ロベルト、この恩をどうやって返せば」
「なにをおっしゃいます、旦那様。私は執事、秘書としてアニー様にお仕えできるだけで幸せなのです」
私に仕えるだけで幸せなんて……そう思ってもらえるのは嬉しいけど、目の前で改めて言われると恥ずかしいわね。ロベルトが、あと三十歳若かったらコロッと惚れてるところだわ。くぅ、この戦術兵器的モテイケオジめ。
自室に戻った私は、デスクに座り頭を抱えた。どうやってこの状況を打破すればいいのか。今一度、現状を棚卸ししてみる。
シルビア達はこの一週間で二〇店舗の卸先を開拓する目処が立っているだろう。本選のプレゼンで得た事業資金一〇万エウロ、二位でも五万エウロの資金が得られる事を見越して、三〇〇〇本の雨傘を製造する。
製造原価は二〇エウロだから、原価の合計は六万エウロ。二位の場合は資金ショート。しかし、段階的に発注していくから、資金繰りはクリアできるが、プロモーション費用が捻出できなくなる。
これが当初の事業シミュレーション。ここに来て、材料が無くなってしまうという事態。
さっきリタの家でした試算では、卸先の店舗へ納品するまでの半分も作れない。とはいえ、小売店の力を借りなければ三〇〇〇本の雨傘を売り切ることなんて出来ないし。
ああ、やっぱり八方塞がりだ。戻ったら皆で知恵を出し合ってみるしか無いか。
課題解決が出来ないまま、ヴァンドール領に戻る日がやってきた。
馬車に揺られながらも、ずっと頭の片隅にズシンとのしかかる課題は、窓の外の景色を見る心の余裕さえ押し出す。
先日、賊に襲われるなんてこともあり、ロベルトは常に周囲に気を張り巡らせながら馬を御す。幸い何が起こるわけでも無く、ヴァンドール領へ到着するのだった。
久しぶりの寿司を頬張りながら、資料とにらめっこしていると体に物理的な衝撃を受ける。
「アニー先生♡ 会いたかったです♡」
テレサによる突進からの強力なハグでのお迎えだった。
「おかえりなさい、アニーちゃん。絹の仕入れは完璧かしら。ま、聞くまでもないか」
シルビアの、私に対する信頼度が高い言い回しに、申し訳ない気持ちになる。
「ごめん……実はね」
彼女たちにグレゴリアス領であった事の顛末を説明する。
まさかのトラブルに見舞われ、経営術オリンピアの優勝を逃すかも知れない事実に暗い顔になる彼女たち。
「本当にごめん。私のせいで」
「違うのアニーちゃん。実は私達からも悪いニュースがあるんだ……」
◆ ◆ ◆
雨傘を販売する小売店の開拓を任されたシルビアは張り切っていた。テレサが作成したマーケティング資料と売上予測、ヴェロニカが作成したPOPやポスターも揃え、準備は万端。街のメインストリートから売上、客層を予測し、営業先となるターゲット一〇〇店舗をリストアップした。
「さあ、これから一週間で二〇店舗の卸先を開拓するわよ」
シルビアの営業計画は完璧だった。そして、彼女の営業トークならば商談成立率二〇%なんて、なんのこともない、楽勝な……はずだった。
「いい? 取引ってのはね、まずはアカウントをこじ開けることが必要なの」
「ア、アカ……ウントってなんで……すか?」
「ヴェロニカ。簡単に言うとね、五本でも、いや、一本でもいいから仕入れて貰えばいいってこと」
「一本じゃ……全然儲からな……いんじゃないかな?」
小ロットで仕入れて、即売。なんてことになれば、店としては自分の店でたくさん仕入れて、たくさん売りたい。ましてや雨傘のように場所を取らない商品なら尚更だ。仕入れと販売を高速回転させているより効率的に最大の利益をだすために、大量仕入れに乗り出す。
「だからまずはアカウント。一本でもいいから取引をするってのが大事なのよ」
「シルビアさん、すごい知識……さすが……Bクラスの学院生」
「騙されないで。さっき、私がシルビアに教えた。この女は勉強はできない」
「ちょっと、テレサ! バラさなくてもいいでしょー!」
三人は営業モードに身支度を整えて、リストを片っ端から当たっていく。経営術オリンピアが開催されていることは、この街の人なら誰でも知っている。学院生には全面的に協力してくれるのがこの街の習わしだ。
彼女たちは、目標の二〇店舗ではなく、一〇〇店舗すべて契約できる未来を信じて疑わなかったのだが。
それなのに、一店舗も取引には至らなかったのには理由があった。




