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第31話 亀甲、鬼のロベルトと賊

 馬車を背に囲まれた私達。馬車に取り付けられたガラスのオイルランタンの光が、十人の賊たちを照らす。手にはサーベルのような剣を持っているが、サーベルなんて物、帯刀が禁じられているこの世界では容易に手に入る物ではない。


 今すぐにでも逃げなければならないのに、恐怖が体を支配して動けない。


「皆さん、ゆっくりと奴らに背中を見せずに、馬車の中へ」

 低く落ち着いた声でロベルトが話す。


「ロベルトさん、俺も戦います」

 アルベルトが震える足を押さえながら応戦の意思を口にするが、ロベルトは手で制しした。


 ロベルトは一人で応戦するつもりだ。

 彼がいくら歳の割に力が強くても、いくら昔戦争で活躍した英雄だったとしても、この人数を相手に武器もなしに戦って勝てるはずがない。


 馬車へ籠もり窓からロベルトを見守る。双子たちは小さなナイフを握りしめ震えている。


 ジリ、ジリ、と、にじり寄る賊の足と地面とが擦れる音。ロベルトはステッキの中心を左手に握り、ステッキの持ち手に右手を添えた。


 つい、最悪の事態を想像してしまう。


 賊の一人がロベルトに斬りかかる。薪を割るかのような頭上からの垂直に一閃。

 リアルに刃傷沙汰を目の当たりにすると、テレビや映画では観たモノとは全く違う。速いし、叫び声も上げない。


 ロベルトは攻撃を半身になりながら半歩踏み込む、最低限の動きでひらりと躱した。驚いたことに、次の瞬間斬りかかったはずの賊がうめき声を上げながら崩れるように倒れる。私の位置からはロベルトが何を見えない。いや、見えたとしても何をしたのかわからない、の方が正しいだろう。


 次々と突進しながら斬り掛かってくる賊達、ロベルトは糸で並縫いをするように、次々と攻撃を避ける。すると、通り過ぎた賊が一人、また一人、バタッ――バタッ――と倒れていくのだ。


 残った四人の賊はたじろぎ、狼狽(うろた)える。

 一番奥に居た一人が逃げ出すと、吊られるように残りの三人も逃げ出した。

 

 ロベルトは振り返り馬車へ戻って来る。彼の右手には、刀が握られていた。

 馬車の荷台からロープを取り出しながら、ロベルトが私達に声をかける。


「ご安心ください、皆様。もう大丈夫ですよ」

 いつもの優しい笑顔だ。だが、顔に飛び散った血の飛沫(しぶき)を浴びての微笑みは。


 ものすごい恐ろしい……


 斬られた賊達は、全員生きている。全員もれなく太もも辺りを斬られていた。手当をすれば命には関わらない傷だ。

 ロベルトはロープで斬った賊たちを縛り上げていくのだが、どうみても亀甲縛りだ。


「ロ、ロベルト……その縛り方は一体……」

「これですか? 東方の国の捕縛術だと聞いてます。ちょうど止血も一緒にできますし」

「そ、そう……理にかなってるわけね」


 見た目が凄い卑猥だけど……


 リタの家の庭にある太い木に繋がれた、〝悶える六人の賊〜亀甲縛り仕上げ〜〟は、見れば見るほど珍妙な光景だ。

 ロベルトは衛兵に知らせるために、馬車から馬を放し、荷台から取り出した鞍を馬に取り付けると颯爽と駆け足をさせて行った。


 私達は賊を見張るために、庭にテーブルと椅子を出し座る。


「ねぇ、リタさん。ロベルト、強すぎないですか?」

「本当に化け物よね、もしかしたら若い時より強くなってるんじゃないかしら」

「しかも、なんか凄く格好良かった」

「まあね、昔はこの街の女の半分はロベルトに惚れてる、なんて言われてた程さ」

「なにその戦術兵器的モテ方! もしかしてリタさんも……?」

「バカ言っちゃいけないよ。私がロベルトに惚れるわけ無いじゃないか」


 顔が赤い。これは惚れてたわね。


 それにしても凄かった。最近持っているステッキは仕込み杖だったのね。それを知っていた父が驚いた顔をしていた理由がやっとわかった。鬼のロベルト、か。彼が敵じゃなくてよかったと心底思う。


 「この賊達って何が目的だったのかしら。倉庫の方から現れた気がするけど」

「「まさか!」」


 私とリタは立ち上がり、倉庫へと向かった。

 倉庫の錠は壊され、扉が開いている。庫内をランタンで照らすと、きれいに積まれて居たはずの絹の反物は切り刻まれ散乱していた。


「やられたっ! 一体誰が」


 捕縛された賊の覆面をむしり取り、胸ぐらを掴んで怒鳴る。

 

「一体誰の差し金!? 言いなさい!」


 しかし、賊はニヤニヤと笑うだけでだんまりを決め込んでいる。

 結局、真相がわからぬまま賊たちは、ロベルトが呼んできた衛兵に連行されていった。


 

 リタの家でお茶を飲むと、興奮していた精神が静まっていくのを感じた。


「リタ、この絹は刀の汚れがよく落ちるな」

「それは賊たちに切り刻まれた絹ね……気に入ったのならいくらでも持っていって」

「衣服や傘には使えないが、ハンカチくらいにはなるだろう。少しでも金にするべきさ」


 ロベルトは仕込み杖の刃についた血と脂を拭っている。


「ねぇロベルト、その仕込み杖、よく出来ているわね。刀だと気づかなかったわ」

「ええ、スクラマサクスという形状の片刃を仕込んでいるです。最近、治安が悪いと聞いていたので、持ち歩いていて本当によかったですよ」


 指紋一つ無いほど綺麗に刀を拭き上げたロベルトは、鞘に納刀しテーブルに立て掛ける。


「事の真相は衛兵たちが捜査してくれるでしょう。問題は雨傘の生産に必要な絹です」


 そうだった。経営術オリンピアの本選プレゼンの後は、実際に販売をしなければならない。それまでに間に合うのだろうか。

 


 ここに来てこんなトラブルに巻き込まれるとは、つゆほども思っていなかった。

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