第30話 完遂、すべてのタスク
「お菓子おいひぃでふ」
「かおいがふひひひおあっへ甘いでふー」
「あなたたち、歩きながら食べない! 食べながら喋らない! ナタリアは頬張りすぎ」
双子の食い意地は相変わらずだ。運がいいのか、お菓子くじで一番大きい焼き菓子を当てた。
「お買い物はもう終わりですか?」
「ですかー?」
「あと一箇所、付き合ってもらって良いかしら?」
目的の店が見えてきた。それはこの大きな店を構える木工職人の店で、小さな木工から大きな家具を作る職人を多く抱えている。今回の雨傘の製造はここに依頼しようと考えていた。
ヴァンドール木工職人は主に馬車や船の製造専門がほとんどで、小物を作る工房は規模が小さい。それに、ロメオに情報を漏洩するようなところとは取引をする気にならない。
雨傘の設計図と材料の選定、絹工場との連携による業務フローの確認。そして製造ロットの相談。担当の職人との打ち合わせは一時間以上に及ぶが、双子たちは聞き漏らさないように一生懸命メモを取っている。自分たちも、撚糸職人、機織り職人として、この事業に関係することを理解しているのだろう。
話がまとまったところで、工房見学をする。雨傘を製作する職人は一〇人。一日に一〇〇本の制作態勢が整う予定だ。
以上、街での用事はすべて済んだ。
「アニーお嬢様、ナイフ、ありがとうです」
「大切にするですー」
「いえ、こちらこそ付き合ってくれてありがとう。家まで送っていくわ」
夕食は、料理長がコース仕立てで次々とお皿を運んでくる。
「ちょっと、お父様! 贅沢はダメだとあれだけ口酸っぱく言っているのに」
「おいおい、これは私が育てた野菜やキノコたちだよ」
サラダもソテーもスープも、ほとんどが父の栽培した野菜やキノコを使った料理なんだとか。もはや家庭菜園というレベルではない程の出来だ。
「まさかお父様にこんな才能があったなんて」
「面白いんだよ、野菜たちはね、愛情を注げば注ぐだけよく育ってくれるんだ」
やり始めたばかりなので、すぐに収穫できるものばかりだが、今後は色々な野菜を育てていくと目を輝かせる父を見てると思う。
本当に楽しいんだな。領地経営をやっている時はとても辛そうな顔をしていた。
その気持はわかる。経営難に陥ると辛いんだ。何度計算しても足りない資金、考えて、考えて、どんどん変な方向に行ってしまうあの感覚。追い詰められてホームランを狙いに行ってしまう危険な思考。焼け石に水な資金の調達が目標になってしまう。
ヴァンドール侯爵家との婚約も、そんな精神状態の中で必至だったのだろう。
「お父様、畑仕事……楽しい?」
「ああ! 毎日朝起きるのが楽しみでね。一日中畑にいても飽きないよ」
「そう……じゃぁお父様が経営を放って投げてるワイン農園もなんとかしなくちゃね」
「えー、ぶどうの世話はするから、経営はアニエスカがやっておくれよぉ」
パン屋の経営も建て直さなければならないけど、次はワイン農園に着手しようと思っていた。グレゴリアス産のワインは美味しくない。毎年の努力になるだろうけど、ワインはとにかくカネになる。
フランスのボルドーやブルゴーニュ、アメリカのナパ・バレーのワインはカルト的に値がつく。適切な状態で熟成すれば、売れ残ったワインにプレミアが付く。ヨーロッパなどの保険会社やファンドが挙ってワイン投資をするのは事業として優れているからだ。
そのためには、成功しているワインぶどう農園、醸造所を研究しなければ。私、学院なんて言ってる場合かしら……
「お父様、お母様、次の長い休みはワインの銘醸地に行きましょう!」
「いいねぇ。家族旅行でワイン飲み放題なんて最高じゃないか」
「お父様は、ワイナリーで丁稚奉公よ! 美味しいワインの作り方を学ぶの!」
「そ、そんなぁ、せっかくの家族旅行を……父……消沈」
学院の次の長い休みとなると、11月あたり。ちょうど、ぶどうの収穫時期ね。ちょうどいいわ。
「さて、明日もたくさんやることがあるので、私はそろそろ失礼するわ」
「アニエスカ、明日のティーテイム楽しみにしてるわ」
「ティーテイムで思い出した! お母様、焼き菓子を買ってきましたのでクランペットは作らなくて結構よ!」
次の日、は朝から集中モードで、午前中に一気にプレゼン資料をまとめ終えた。これで完璧。残るタスクは絹の調達だけ、なんとか帰省中に全て完遂できそうだ。
母とのティーテイムを美味しい焼き菓子をお供に楽しみ、清々しい気持ちでリタの絹工場へと向かう。
雨傘の製造に必要な量の絹は、倉庫にある分だけでなんとか間に合うとのことだが、追加で防水加工処理もしてもらい、街の木工職人の工房へと運ぶ段取りにした。ロザリアとナタリアが予めリタに伝えていてくれたため、打ち合わせは予想より早く終わる。
トントン拍子に仕事が片付いていく様に悦を感じる。
「私は明日ヴァンドール領に戻らなきゃならないから、今日は皆の労をねぎらわせて」
馬車に箱詰めになって街で一番高級なレストランへと移動する。
どこから聞きつけたのか、父と母も合流し、この日は大宴会となった。
「さて、宴もたけなわだけど、明日も仕事だろうし、そろそろ解散しましょう」
「そうだな、じゃあリタたちにハンサムキャブを呼んでやろう」
そのとき、なにか胸騒ぎがした。
「いえ、リタさん達は私とロベルトが送っていくわ。お父様たちはハンサムキャブでお戻りになって」
「え? それは非効率じゃないか? 私達は屋敷、リタたちとは別方向なのに」
「うん、でもやっぱり送っていくわ」
ポツポツと雨が降り出した夜道。箱詰めの馬車の中、頬を赤らめたリタが嬉しそうに呟く。
「雨ね。これからは雨の日にも街は人が出歩くようになるんだね。なんか仕事のやり甲斐があるね」
二度と絹は作らないと心に決めていたリタ。さみしく独りで余生を過ごそうと思っていたが、仲間が集まり、また絹づくりに情熱を燃やしている。〝外貨を稼ぐ手段〟という動機で行動した私だけど、結果、リタにとっても双子にとってもアルベルトにとっても〝良し〟になっている事に、心がじんとした。
「さあ、着いたわ。皆、今日はお疲れ様でした。ゆっくり休んでくださいね」
リタたちを工場で下ろしたその時、視界に蠢く数名の人影。
「アンタ達、何者! 野盗!?」
リタの叫び声に、覆面をした黒い人影が一斉に、剣を構え私達を取り囲む。
私の、胸騒ぎは正しかった。悪い予感が的中したのだった。




