第20話 授業、脅威の暗算力
ヴァンドール高等学院の授業内容は多岐にわたる網羅的なものだが、経営学に関する比重は重く全科目のうちの半分を占める。三限目から六限目までは経営学だ。
「えー、であるからして店舗経営における限界売上は、これらの項目で導き出すことができるのあーる」
担任である白髪混じりの初老の教師は、ラファウ主幹教師。学年を取りまとめ、教師の育成もする経営学のスペシャリストだ。
「えー、ではこの乱雑な帳簿を整理して、この店舗の限界売上を求めなさい」
まずは例題を出し解を求める方法を示した後で、実際に問を出す。これがラファウ主幹教諭の授業スタイルだ。
出題された学院生は一斉に資料を仕分けして紙に筆ペンを走らせる。頭を抱える者や効率が悪い計算をしているのが見受けられる者。レベルとして高度なものではないが、そもそも領地経営をしている私の父ですら絶対解けないような問題なのだからしょうがない。
「アニエスカ君、どうしたんだ? 周りを眺めて。早く問題を解きなさい」
「え、ああ。すみません。もう解けてしまって暇だったので」
「「「ええ?」」」
教室にいる二人を除いた全員が驚く。ラファウ主幹教諭とロメオだ。
「アニエスカ、お前見苦しいぞ。解けないなら解けないと正直に言ったらどうだ!」
「えー、ロメオ君の言う通りだ。無知は恥ずかしいことではないのであーる」
ロメオの罵声にラファウ主幹教諭も乗っかる。
わぁ、うざったい。一発カマしておく必要があるわね。
「月間六万と八〇〇〇エウロ。年間八十一万六〇〇〇エウロよ。ちなみに最大の売上総利益は三十四万と四三五二エウロ」
「ヘッ! そんなデタラメを言ってどうするんだ。計算もしないで」
ロメオが私の机に置かれた白紙を指さして言う。
「い、いや……正解であーる……なんとも信じられないのであーる」
ラファウ主幹教諭が震える声で言う。
ざわつく教室、行き場のない怒りで下唇を噛み締めるロメオ。
ざまぁみやがれっていうのよ、クソガキが。こちとら十何年もこの手の計算をしてるのよ。楽勝で暗算できるわ。
「ぐ、偶然だ! 俺は絶対に信じないぞ」
「まったくアンタはどうしょうもない男ね。そんなに信じられないなら……」
キーンコーンカーン――
授業の終わりの鐘が鳴る。
「ふん、アニエスカ。チャイムに救われたな。覚えておけよ」
ロメオが取り巻きを連れて教室を出ていく。
「チャイムに救われたのはアンタでしょーがぁぁぁ」
私の叫びは教室中に響き渡った。
「なんか消化不良……」
「どうしましたアニー様? お腹の調子が優れないのですか?」
迎えに来たロベルトが心配している。物理的な消化不良ではない、ロメオに対する、ざまぁの消化不良なのだ。
馬車の中でぶつぶつと垂れる文句を、ロベルトは馬を御しながら相槌を打つ。
次の休日、私は朝から寿司ジョゼのホールを手伝っている。そろそろ、従業員を雇わなければと思っていた。高等学院の学院生は貴族だらけなので、アルバイトなんてしてくれないだろうし、そもそも変な悪目立ちをしたせいで腫れ物扱いされている私には友達がいない。
落ち着いた雰囲気の夜営業とちがって、ランチ営業は客がごった返す戦場だ。エールの入った樽ジョッキを両手に六個。そのうちゴリラみたいな腕になってしまうかもしれない。
「お前は、アニエスカ……お前、貴族のくせにこんな店でバイトしてるのか?」
「うっ、ロメオ。アンタ、どこにでも涌いて出るわね」
「俺を害虫扱いしてるのかっ! フン、向かいのレストランはマルイル商会の直営なのだ」
この街に始めてきた時に行った大箱のレストラン。向かいのライバル店がまさかヴァンドール侯爵の店だったとは。
「嫌な縁ね」
「この店の経営は俺が父上に任されているのだ。理由のわからん寿司などという物を出してる店のバイトのお前と俺とは月とスッポンだな」
偉そうにオーナー面をして店へと入っていくロメオ。従業員の嫌そうな顔を見ればわかる。どうせ、横暴な態度で無理難題を押し付けているのだろう。
寿司ジョゼのランチ営業は店の前にも大樽を利用したテーブルを出しているため、ホール業務をしていると嫌でも向かいの店が目に入ってしまう。
「おい、料理長。この料理、もっと味を濃くしたほうがいいな」
「は、はい……さすが、ロメオ様。か、改善いたします」
「ふふ、俺は色んな美味いものを食ってるからな。味にはうるさいんだ」
出たー! バカ舌のオーナーの謎の料理に対するアドバイス。引きつった料理長の顔を見てみなさいよ。
ガシャン――
従業員の娘が躓いて運んでいたワインをロメオに浴びせる。
「すいませんですぅ」
「すいませんで済むか! この服、いくらすると思ってるんだ、この庶民が!」
娘はひれ伏して謝るが服が汚れたロメオの怒りは収まらず、平伏した彼女の頭にボトルワインを掛ける。
席を立ち店を出るロメオは、娘にクビを言い放ち去っていった。
頭からエプロンまで赤いワインで染まった娘は、その場に座り込み涙を流していた。




