第2話 交渉、借金取り
「ア、アニエスカ。これが我がグレゴリアス男爵家の会計資料だ。見たところで理解はできんと思うが」
私の剣幕に押され用意した会計資料が、ダイニングテーブルに山積みにされている。
「過去三年分でいいわ。後は年ごとに木箱にでも仕舞っておいてください」
まずは、ざっと資料に目を通しながら経営状態を把握していく。基本の基だ。
「ふーん……チッ。ふむ。……チッ。カスか。チッ……ったく」
「ア、アニエスカ。どうしたんだ舌打ちと下劣な言葉を吐いて」
「うるさい、お父様は紅茶でも入れてきてください」
「あうっ、うるさいって……父、悲しい」
まったくもって酷い資料だった。収入と支出がバラバラの資料だし、財産目録、借用書も纏まっていない。
資金繰りなんて感覚でやってるわね。呆れてしまう。
「こんなもの、資料とは言えないわね。はあ、今日は徹夜ですわ」
まずは財務三表を作らなければ。ただ、この資料でもわかることがあった。
民事再生が入るほどの絶望的に大赤字。あと半年でグレゴリアス男爵家が破産し、没落するということだ。
夕食の時間、テーブルにはそこそこに豪華な料理が並ぶ。最近雇った料理長が腕によりをかけて作ったものだ。ヴァンドール侯爵家からの花嫁代、五百万エウロで気が大きくなった父が雇ったのだ。さらには、侍女、庭師まで雇おうとしている。
この家には、父の仕事を手伝う秘書兼執事を雇っている。何人もの秘書を見てきた私の目から見ても、彼は優秀だから良いとして、この状況で使用人を雇おうとする神経がわからない。
この領地を再建するまでのしばらくは、優秀な秘書兼執事のロベルトだけで十分だ。
彼は今、私の秘書になってもらうことを見越して、すでにいくつか仕事を頼んでいた。
「さあ、エターニア、アニエスカ。食べよう、今日は王都から上等な仔牛の肉を仕入れたのだ」
父は美味しいものに目がない。食と酒が唯一の趣味で、その知識だけは広い。しかし、借りたお金で、分不相応なこの食事。我慢ができない人なのだ。
「よく経済状況で太れるわね、お父様」
「ア、アニエスカ……倒れてからというもの、父に当たりが強くないかい?」
「今までは我慢してきたの。でも、もう我慢しませんわ。これからは言いたいことを言います」
前世の記憶が戻ったことで前世の性格も戻ったのだが、もちろんアニエスカとしての人格もある。アニエスカはお淑やかであったが、調和を乱さないために表に出さないだけで、心に秘める強い意志はあった。そこになんでもズバズバ言う前世の性格、気性の荒さが見事に融合した。
「今の私は十七号と十八号を吸収した、当に完全体なのよ」
「十七……? 一体何を言っている。父……困惑」
「と・に・か・く! お父様、明日からこんな豪華な料理は禁止です」
「そんな、殺生な。せっかく腕の良い料理長を雇ったのに」
料理を運ぶ料理長が気まずそうに父を見る。
「料理長さん! あなたを解雇はしないわ。そのかわり、この領地で生産される安い食材を使うこと。予算は私が管理します。わかったわね」
「は、はい! アニエスカお嬢様」
「それからお父様。これからは私が当家の領地経営をします。お父様は書類にサインだけして下さい」
「いや、それは流石に……素人のお前が領地経営なんて」
「どうせこのままだと半年後に破産よ! 素人はお父様の方ですわ」
「むむ、むむ。父……返す言葉なし」
こうして、領地経営の実権を握った私は、グレゴリアス男爵家の再建に着手することとなった。
まずは資金繰りね。ガソリンがなければ車も動かないわ。
領地の税収、これが入るのは八ヶ月先。ここはまだ触らない方が良さそうね。
経営している農園、これも収穫時期はまだ。あとは、パン屋とレストラン、貿易品の店舗か。
「ほとんど赤字じゃない。あのポンコツ親父め」
よくぞここまで出血を放置してこれたものだ。立て直すのに一体、何年掛かるのかしら。頭を抱えて机に突っ伏していると、父の執務室もとい、今は私の執務室にノックする音が響いた。
「アニエスカ、銀行の人がね、すごい剣幕で押しかけて来たんだけど、同席してくれないかな」
父がおもねるような表情で私に助けを求めている。
「銀行? ちょうどよかったわ。同席します。いや、この部屋にお通ししてください」
「うん、ありがとう。呼んでくるよ」
王都に本店を置くロートシュヴェールト銀行。国内最大のこの銀行はすべての領地に支店がある。保有している金は国庫よりも多いのでは、という噂もあるほど巨大な組織だ。
お金という後ろ盾は強く、銀行の職員は平民であるにもかかわらず貴族相手に高圧的な態度だ。
「年端も行かぬアニエスカお嬢様がグレゴリアス男爵家の領地経営をなされているそうですね」
「ええ。父に負担ばかり掛けられませんので、教わりながら勉強しておりますわ」
「ハッハッハ、貴族令嬢の経営ごっこ遊びにならなければよいのですが」
こいつ……なめてるな。
「さてと。今回、訪問させていただいたのはですね、融資していたものの返済についてです」
「はい、お聞かせ下さい」
「現在、グレゴリアス男爵家への貸付は、残り六〇〇万エウロと、短期貸付で一〇〇万エウロがありまして。毎月の返済は常に滞っております」
「はい、把握しております。続きを」
「男爵家の預金帳簿を確認したところ、ヴァンドール侯爵家から五〇〇万エウロの入金が最近ありましたよねぇ」
「ええ。こちらは侯爵家からの花嫁代です。証文もありますが確認しますか?」
「いえ、それは結構です。当行の評価として、男爵家への信用が無いのが現状でして」
なるほど、さては一括返済の提案をしてくる気だな。
「どうでしょう? 一括返済をしていただけるのならば、返済に足りない残金を免除しようと思いまして」
やはりそう来たか。
今の今まで借りてきた猫のように置物と化していた父が、身を乗り出して答える。
「おお、二〇〇万エウロも免除してくれるのか! それはありがたい申し出だ」
「馬鹿なの? お父様はすっこんでなさい!」
「ひぃっ!」
私の怒号に父と銀行の職員が身をすくみ上がらせた。
昨晩、すべての証文を確認したところ、この世界の銀行は日本と異なり、随分と高利だ。
最初の借入をした五年前からの利息と短期借入の利息で既に、八〇〇万エウロ以上払っている。銀行としては残金の内、三〇〇万エウロを回収できればトントンなのだ。
「当家から五〇〇万エウロ回収しても、御行の利益はざっと二〇〇万エウロでしょう? 銀行業をしているのに、そんな端金でよろしいのかしら?」
「な……け、計算がお速いですね、お嬢様。流石、お勉強なされている」
「お世辞はいらないわ。その提案はお断りよ」
「いや、でもグレゴリアス男爵家の経済状況を鑑みると、一括返済したほうが……」
「くどいわ! 今度は私からの提案よ」
たじろぐ銀行の職員の眼前に人差し指を指す。
「貴方、あと一〇〇〇万エウロ、当家に融資しなさい!」
私の突拍子もない提案に、父も銀行の職員も目を見開いて驚愕した。
――
あとがき
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