第19話 盛況、寿司ジョゼ
寿司ジョゼに戻ると開店前の店には長蛇の列。
開店初日の今日は、地域の客に認知プロモーションをするため、【一人十貫無料。延長なし、酒なし、食べ終わったら退店】の看板を立て、脇には大きくて豪華なフラワースタンドを置いた。
「ジョゼさん! 今戻ったわ。すぐに手伝うから」
「おう! こっちは準備万端だ、用意ができたら言っておくれ」
この日のために誂えた、和服っぽいユニフォームに袖を通す。ジョゼやロベルトも腰帯を襷にし、バッチリ決まっている。
「さあ、暖簾を掛けるわよ」
「おう!」
寿司ジョゼ、いざ開店。
ヴァンドール近海で採れた、マグロ、タイ、スズキ、イワシ、アジ。それぞれ二貫ずつ、次々と客の前にある寿司下駄に乗せられる。海沿いの街では生魚を食べる文化があってよかった。ゲテモノ扱いされたら商売が軌道に乗るのに時間がかかってしまう。
普段この地域の生魚といえば、スライスしてマリネして、柑橘系の果汁と香草、オリーブオイルとペッパーで食べるのが定番だった。イタリア料理で言うところの〝白身魚のクルード〟に似ている。
酢飯に刺し身を乗せ、魚醤とホースラディッシュ。見たことも聞いたこともない組み合わせと、未体験の味である寿司は客に大ウケ。もっと食わせろ、と今にも暴れだしそうな客すらいるほどだ。
「ふう、流石に動きっぱなしで疲れたわね」
閉店後、私は椅子に座りカウンターに突っ伏す。
「すげぇな、大盛況だったぜ、お嬢さん。店にこんなに客が来たのは初めてだよ」
「ロベルト、結局お客様は何名来たかしら」
「えーと……三三〇名ですね」
これは大当たりの予感がする。
フード&レイバー、割ることの、想定客単価×席数×回転数×0.8……
あとはランチ営業と夜営業で……頭の中でそろばんを弾く。
「FL三八%! 驚異的ね。投資回収までに一年かからないわ! 上出来っ」
これだからビジネスはやめられない。脳汁が決壊したダムの様に流れ出るのを感じた。
「今日は興奮して寝られそうにないわ! ジョゼさん、ロベルト、飲むわよ!」
「そうこなくっちゃ!」
「まさか、私がアニー様と酒を酌み交わす日が来るとは。感無量です」
三日間の開店キャペーンを終え、通常営業が始まっても客足は途絶えるどころか増える一方だった。ランチ営業はスタンディングスタイル――立ち食い寿司で庶民をターゲットに、夜は高単価の板前高級寿司のコーススタイルで大商人や貴族をターゲットにした。
営業戦略はドンピシャにハマり、予想以上の利益を生む。最悪、特待生枠が穫れなかったとしても授業料や生活費には困らなそうである。
そして、一週間。ついにヴァンドール高等学院の合格発表の日を迎えた。
合格者が張り出される掲示板には多くの名前が並んでいる。
「フルネームで発表されるのね……プライバシーという概念はないのかしら」
「アニー様、ありましたよ。合格です」
ロベルトが満面の笑みで見つめる先にあるのは、掲示板の左上――特待生枠にあるアニエスカ・グレゴリアスの名前だ。
よし、これでコストゼロで人材とコネクションを確保できるわ。
「ふふふ、待ってなさい、学園生活!」
「楽しみですね、アニー様。ご学友との青春をお楽しみ下さい」
「青春? いらないわ、そんなもの。だって、わたし、お金以外に興味はないものっ!」
九月。高等学院の新学期が始まる。
教壇に立つ教師が口を開くと学院生が口を閉じる。
「えー、学院生諸君、進級、また、このAクラスに選ばれた事おめでとうございます」
背筋がピンと伸びた白髪混じりの初老の教諭は、続けて教室の外で待つ私の紹介をする。
「えー、特待生枠で編入したアニエスカ・グレゴリアス君だ。皆、共に切磋琢磨し学業に精を出すように」
名前を呼ばれてから教室に入ると、後方の席に座る学院生が驚き声を上げる。
「ア、アニエスカだと? き、貴様ぁ!」
声の主に視線をやると、見たことのある赤毛の学院生が立ち上がっている。
「急に声を上げてどうした? ロメオ君。知り合いかね?」
ロメオ・ヴァンドール。元婚約者にして侯爵令息にしてこの高等学院創立者の一族だ。
「はぁ、最悪……あんたと同じクラスなんて」
「何だと貴様! 絶対に認めない! お父様に言ってすぐに退学にしてやる」
予想はしていた。同い年だし、ヴァンドール領主の令息だし。でもまさか同じクラスってのは意外だった。優秀だからAクラスなのか、はたまた親の七光りか。
面倒くさい学院生活にならなければよいのだが。
こうして私の学院生活が始まるのだった。
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