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第18話 開店、そして編入試験

 私は今、ヴァンドール領にあるジョゼ食堂の二階に下宿している。

 ヴァンドール高等学院の編入試験を二週間後に控え、過去問にさっと目を通し対策は完了。あとは当日を迎えるだけだ。そんな些細な事より今、心血を注いでいるのは〝米〟についてだ。


「ジョゼさん、この水でお米を炊いてみて!」

 グレゴリアス領から持ってきた水がたっぷりと入った樽をジョゼ食堂に運び入れる。


 ジョゼはレードルで水をすくうと口に含み味を感じている。


「随分と柔らかい水だな。お嬢さんの地元の水かい?」

「よくわかるわね」

「ふふん、これでも料理人だからな。舌には自信があるんだ」

 

 グレゴリアス領の水で炊きあがった米の香りは、以前より強く感じた。待ち遠しくて、火を止め蒸らす時間が長く感じる。

 鍋の蓋を開け湯気の塊が立ち上ると、米の香りがいっそう強くなった。


 白い米は艶のあり、米が立っている。

 

「おお! 真っ白じゃないか。前はあんなに黄色くくすんでいたのに」

 ジョゼが皿に盛った米をまじまじと観察している。


 久しぶりだ、ご無沙汰しております、お米様。

 お米一粒一粒に感謝しながら、口へ運ぶ。

 

「はぁぁぁぁん♡」

 

 たまらない。まさかこの世界で前世で食べてきたお米がたべられるとは。程よく粘り気のある米、噛む度にほのかな甘みが口内火に染み渡る。感無量が押し寄せて来た。

 ジョゼもお米の美味さに驚いているが。


「たしかに美味い。だが、これが名物になるかという疑問だな」

「ふふふ、ここからが本番よ!」


 炊き立ての米に、穀物酢と塩と砂糖を混ぜて酢飯を作る。一口大に握った酢飯に魚の切り身を乗せると、寿司の完成だ。わさびは西洋わさび――ホースラディッシュ、醤油どころか大豆すら無いので、魚醤で代替した。


「甘酸っぱい米に、辛いわさび、生魚に魚醤だと? まったく味の想像ができないぞ」

「いいから、ジョゼさん。手づかみでパクっと一口で食べてみて」


 ジョゼが恐る恐る口に運ぶ寿司。


「んんんんーっ! なんだ、なんだってんだ。こいつは美味すぎるぞ!」

 大成功。本当は醤油の方が良いし、本わさびの方がいいけれど。予想していた完成度をはるかに超える出来だった。


「アニーお嬢さん。これなら行けそうだな」

「ええ。じゃぁ、あの条件でよろしいかしら」

「ああ、サインしようじゃないか」


 ジョゼとの契約が締結された。


 ――

 一条、ジョゼ・ハミルトンはアニエスカ・グレゴリアスに店の権利とその土地を譲渡する。

 その金額は、金一〇〇万エウロとする。

 二条、ジョゼ・ハミルトンは三年間、アニエスカ・グレゴリアスの運営する店舗の料理人として従事することとし、天災や戦争、健康上の事由が無い限りはいかなる場合もその責任を放棄することは出来ないものとする。

 三条、双方合意の給料の他に一定の期間で算出された利益の二割を、賞与としてジョゼ・ハミルトンは受け取る。

 ――


「ジョゼ食堂ほどの好立地、土地代だけで二〇〇万エウロが相場よ。それでも本当にいいの?」

「ああ、そもそも売っぱらって隠居しようとしてた身だ。死ぬまでに二〇〇万エウロなんて使い切らねぇしな」



 こうしてアニエスカはヴァンドール領の一等地に、高級寿司の店を構えることになった。高級感のある一枚板のカウンター十二席、雰囲気の良い和風な内装にするため、工期二週間の工事が始まる。あとは開店を待つばかりである。


 内装工事は想像以上の出来栄えであった。看板には『寿司(SUSHI)ジョゼ』と、漢字の表記を入れたものにした。


「なんだい? この変な記号は」

 ジョゼは訝しげな表情で看板を眺める。

 

「漢字よ……って言ってもわからないわね。トレードマークだと思ってもらっていいわ」

 


 開店当日、慌ただしく仕込みをするジョゼと、それを手伝うアニエスカとロベルト。


「アニー様、そろそろヴァンドール高等学院の編入試験のお時間です」

 ロベルトがベストから取り出した懐中時計を眺めながら急かす。


「あら、もうそんな時間なのね。では、私は試験を受けに行くので後はジョゼさん、よろしくね」

「おう! がってんでぇ」

 

 編入試験は一般入試と同じ日程で行われる。

 高等学院の校舎には大勢の受験者が集まる。一般入試をする者の年齢は一六歳、一七歳のアニエスカは編入試験となるため、試験会場は一般とは別の場所になる。が、予想以上に編入試験の受験者も多いようだ。


 編入試験を受けるものだけでも五百名ほど居た。ということは全体でいうとかなりの人数が各地から集まっているのだろう。


「さすが名門と名高い高等学院ね。ここを卒業すれば一生食べていけるという噂は本当のようね」


 試験用紙が配れら、開始の合図と同時に一斉に羽ペンで回答を記入するの音が鳴る。

 国語や数学、理科二関しては現代日本の小学生レベル。注意すべきは法規と歴史だが、数年分の過去問でなんとか網羅できる。


 

 一日を通しての編入試験が終わり、受験者達は三々五々に会場を後にする。校門付近で私を待っていたロベルトが心配そうな顔をしていた。


「アニー様、試験はいかがでしたか?」

「ふふふ、楽勝だったわね。左手で解答してやったわ」


 合格発表は一週間後に高等学院の中庭に掲示される。合格する手応えはあった。あとは特待生枠が取れるかが問題だ。


「さあロベルト、試験結果を心配しても意味ないわ。〝寿司(SUSHI)ジョゼ〟の手伝いに行くわよ」

 

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