第14話 悲劇、ジャンナの最後
「私は航海士になるために、この街に来て、見習い時代にジャンナに会いました」
山間の田舎町から出てきたアルベルト。航海士になりたいと思ったのは子供の頃に夢中になった『航海士ジョゼの冒険』。
マルイル海運の見習いが住み込みをする寮の食堂で、同じ小説を読むジャンナと出会ったのだとか。
お互い夢である航海士になるために切磋琢磨する日々を過ごし、二年の月日流れた。航海士試験に先に受かったのはジャンナ。
酷く落ち込み自暴自棄担っていたアルベルトの隣に座り、何も言わずに朝まで一緒にいてくれたジャンナに恋心を寄せていった。
航海士と乗組員として同じ船に乗る日々。二人の距離はどんどん近くなりやがて二人は結ばれた。一年遅れで航海士の試験に受かったアルベルトが乗組員を卒業する日がやってくる。
航海士は一隻の船に一人。アルベルトが航海士になると、同じ船で海に出ることは今後なくなるのだ。
そして、最後の航海で事故は起こった。
天気を読むのが得意だったジャンナは、いつも通り嵐を避ける航路に舵を切るにように船長に進言する。しかし、ベテランの船長は彼女の言うことを聞かず、案の定激しい嵐の中に捕まってしまった。
嵐が来ることを知らない乗組員は、甲板での作業をしている。空気の重さで嵐を察知したジャンナは、船長が独断で航路を決めたことに気づくが、時すでに遅し。
乗組員に指示を出すため、嵐の中、甲板へと出たジャンナは波と突風に飛ばされ、渦巻く海へと飲み込まれたのだった。
「甲板に取り残されていた乗組員の俺が助かって、ジャンナは……ジャンナは……」
息を詰まらせ、嗚咽するアルベルトは、汚い布に巻かれたモノを抱きしめる。
「アルベルトさん、あなたが抱きしめている物って、ジャンナさんの……」
「ああ、彼女の愛用していた羅針盤ですよ」
アルベルトはテーブルの上で、巻いてある布を広げる。
綺麗に磨かれた羅針盤の金属が光っている。
「随分と綺麗な羅針盤ですわね。海に出れば潮風ですぐに錆びそうなものですけど」
「ええ、私はもう船には乗っていません。港で日雇いの荷運びをしています」
「でも、夢だった航海士になったわけでしょう?」
「ダメなんですよ。船に乗ると、あの日の海に落ちるジャンナの最後の顔がちらついて」
フラッシュバックが原因でトラウマになっているのだ。
きっとリタも同じ気持ちで絹づくりをやめてしまったのだろう。
「アルベルトさん、とても頼みにくいお願いなのだけれど、その羅針盤を譲ってくださらないかしら?」
「はぁ? 何を言ってるんですかアンタ。貴族だからってなんでも自分の思い通りになると思うなよ。それに羅針盤なら、この街のどこでも買えるでしょうに」
ああ、私のダメなところだ。ずっと経営者をやっていたから、結果から言うことに慣れすぎてしまっている。
「ごめんなさい。あなたの気持ちに対する配慮が足りなかったわ、謝罪いたします」
「い、いえ。私も貴族の方に不敬な言葉を……」
私がなぜジャンナの遺品を求めているかを、アルベルトに丁寧に説明する。リタの気持ち、リタの現状。
「そうでしたか。そんな事情が……でも、これは絶対に譲れません。ご理解下さい」
他に遺品があればと尋ねたが、この羅針盤以外にはないらしい。
目の前に目当てのものがあるもどかしさ。カネで解決、というわけにはいかないことも理解できる。アルベルトの気持ちを考えると不謹慎だが、イラつきすら湧き上がる。
日本一の経営者だったという、独りよがりな奢りね。人間的にまったく成長ができない自分を改めて認識してしまう。
「おーいアニエスカ。まだ食事をしていたのかい? 私達の買い物はおわったよ」
店に入ってくる父と母は大荷物を抱え、随分と上機嫌だ。二人の時間が楽しかったのか、はたまた無駄遣いの快感によるものなのか。
「では、私はこれで」
アルベルトが父たちと話す私の横を身をかがめ、そそくさと通り過ぎる。
「あら、あの人……」
母が唖然とした顔をした。
「お母様、アルベルトさんの事をご存知なの?」
「いえ、あの人……無銭飲食だわ」
気付いた母も凄いが、気づかなかったジョゼも凄い。
ジョゼは大笑いしながら紅茶を淹れていた。
父たちにアルベルトの話をしながら紅茶を啜る。
「まぁ、リタの娘にそんな事があったのね。二十歳で亡くなるなんて気の毒ね」
「ああ、同じ娘を持つ親の気持ちとしては、いたたまれないねぇ」
父は眉をハの字にして目に涙を浮かべている。
なにはともあれ、今回のミッションは失敗に終わりそうだ。グレゴリアス領が外貨を稼ぐのには欠かせないものだと、期待していただけに残念でならない。
とはいえ、カネの為に人の心を踏みにじるなんていうのもバツが悪い。今回はいい家族旅行が出来たから良しとするか。
「さあ、お父様、お母様。我が家に帰りましょう!」
宿屋へ戻り馬車へ荷を積んだ私達は、街の出口へと向かう。
と、衛兵たちが立つ門の先に一人の男がいる。アルベルトだ。
馬車を止めるとアルベルトは駆け寄り跪く。
「不躾なお願いをお許し下さい。私を、私をジャンナの実家に連れて行って下さい」
想定外の展開に驚くと同時に、リタの復帰への頼みの綱がまだ切れていないことをに胸が踊った。
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