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第13話 泥酔、米と恋人

 男に近寄るにつれて、特有の嫌な酒臭さが鼻を刺激する。

 テーブルに突っ伏して酔いつぶれている彼の向かいの椅子を引き座った。


「失礼いたしますわ」

「……」

「あの、すいません。お話よろしいでしょうか?」

「……」

「返事がないですわね……(しかばね)かっ! 起きなさいっ!」

「ううーん……」


 完全に潰れている。助けを求めるようにジョゼを見ると、やれやれといった顔でため息をついた。


「今日は一段と酷いな。夜勤明けみたいだったからな。まあ、そのうち起きるだろ」

 彼は常連で、港で働いているらしい。今日はマルイル海運の船から夜通し荷下ろし作業をし、店へ来るなりラム酒を煽りこのザマらしい。


「しょうがないわ。彼が起きるまでお食事でもさせていただこうかしら」

「おう、今日は何食べる?」

「あれ? 厨房に置いてあるその袋ってお米かしら」

「ああ、よくわかったな。リゾット用の米だよ」


 袋からこぼれた米が床に散らばっているからわかったのだが、形状を見るとジャポニカ米? っぽい。


「その米の種類は何かしら?」

「種類なんて聞いてわかるのか? 二種類あってな、カルナローリ米とジャポニカ米だ」


 ビンゴ! ヨーロッパの食材が多い中、アジアの品種があるとは。さすが海運が盛んな街なだけある。やっぱり前世が日本人なだけあって、この世界の米には不満があった。


「ジャポニカ米が食べたいわ」

「リゾットに使えるかと思ったんだが、どうも合わなかったんだ。どうやって食べる?」

「水と米を同量にして、ちょっと固めに炊いてくれないかしら」

「炊く? そのままか? 水でか? 変な食べ方だな。米っていうのは煮るもんだぞ」

「いいの!」

 

 ジョゼは首を傾げながら米を炊く用意を始める。計量カップで米を計り、同量の水を入れて火にかける。


「ちょっちょっちょ! まって! お米を洗って!」

「なんだでだ? なんで洗っちまうんだよ。水を吸っちゃうじゃないか」

「いいの!」

「まったく……注文が多い変なお嬢さんだな」


 米を炊く良い香りが店に漂う。ああ、この香り懐かしい、久しぶりだ。これに味噌汁や梅干しなんてあったら最高なのだけれど。


「あいよ。注文通りの米だよ」

 出来上がりを見ると、随分黄色く感じる。


 一口食べてみるのだが。

 

「んー、イマイチね」

 粘り気も無ければ風味も無い。


「ほらな。こんな調理法じゃ美味いわけ無いさ」

「いえ、多分……水の問題じゃないかしら」


 ヴァンドール領の水はグレゴリアス領と違って硬水だ。リタの家の前に流れる川の源流の水で炊いたならば、日本で食べる米のように炊ける気がする。


「ねえジョゼさん。お酢ってどんなのがあるのかしら?」

「ん? この店にあるのはワインビネガーと麦の酢だな」


 穀物酢があるなら()()が出来るかも知れない。


「うっ、ぎもぢわるい……」

 潰れていた男が目を覚ます。顔が土気色をしているところを見ると、酒漬けの毎日であることは容易に想像ができる。


「こんにちは、私はアニエスカと申します。あなたに聞きたいことがあって起きるのを待っていましたの」

「ああ? そうですか……ウップ」

「大丈夫かしら? なにかお腹に入れます?」

「あ、ああ……」


 酔醒ましにはやっぱりアレよね。

 

「厨房を借りてもいいかしら? 食材のお金はお支払いいたしますので」

「ああ、別に構わねぇよ」


 この世界には発酵前の茶葉、いわゆる緑茶も多くある。さっきジョゼが炊いてくれたお米を使って作るのは、お茶漬けだ。ちょうどお誂え向きのサーモンの切り身もあるので、鮭茶漬けが作れる。


「なんだ? リゾットでもねぇし、緑茶をぶっかけるなんて……お嬢さん、俺の分も作ってくれ」

 ジョゼが興味を持ったようだ。さすがは料理人、食への探究心は強いのだろう。


 ジョゼがスープボウルによそった鮭茶漬けを、スプーンですくい一口。


「お、おおぉ? こいつはイけるぞ! 酔醒ましや朝にピッタリじゃぁねえか」

 ふふん、お茶漬けは万能なのよ。このあまり美味しく炊けなかった米でも、それなりに食べられるし。


「さあ、召し上がって! 酔醒ましにちょうどいいわよ」

「あ、ありがとうございます……ウップ」


 男は恐る恐る一口目を食べると目を見開き、スープボウルを持ち上げて胃袋へと搔き込んでいく。

思った以上に吸い込みが良かったのだろう。

 わかる、わかるよ、その気持。私も仕事のストレスから深酒してしまった後はお茶漬けに何度も救ってもらったのだもの。


「ふう。ありがとうございます、ごちそうさまでした。気分が良くなってきました」

「それは良かったわ。じゃぁ、あなたに聞きたかったことを聞いてもいいかしら」

「はい、何でしょう?」

「あなた、ジャンナって人をご存知かしら?」

「……ジャンナ。はい、私の恋人でした……」


 男の表情が曇る。知り合いなんてものではなく、まさか恋人だったとは。傷口を抉ってしまったかしら。


「自己紹介が遅れたわね、私はアニエスカ。アニエスカ・グレゴリアス」

「グレゴリアス……ということはジャンナの故郷の領主様のとこのご令嬢で?」

「ええ。あなたの名前を教えていただけるかしら」

「ああ、すみません、お嬢様。私はアルベルトと申します」


 アルベルトが席を立ち頭を下げる。


「アルベルトさん、あなたジャンナの恋人だったということは、彼女の航海士時代の話も知っているわよね」

「ええ、お聞かせしましょうか」


 アルベルトは席に座ると、汚い布に包まれた物を大事そうに抱えながら静かに語りだす。

 

 

読んでくださりありがとうございます!

『落ちぶれ令嬢の経営術!』 お楽しみいただけましたか?


わぁ面白いわよー! 続き読みたいわよー! と思ってくれましたら

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