第12話 小説、ジョゼの過去
婚約破棄以来のヴァンドール領。あのときの興奮が蘇ってくる。
「侯爵に向かってド下ネタをブチかましたみたいね、アニエスカ。お父様に聞いたわよ」
「息子のムスコの件! お恥ずかしいですわ」
今回も一泊する予定だ。今日は皆でご飯でも食べて、明日海運事業者を当たってジャンナの情報を集めよう。何かしらの手がかりがあれば良いのだけど。
宿屋へ着いて荷物を置いた私達は、外食する為に街へ出る。
どうせ父は例の〝ジョゼ食堂〟に行きたいというだろう。同意だ。私もあそこの店主とはコネクションを強くしておきたいと思っていた。
問題は母だ。
「え? こんなに小汚いお店で食事をするのですか? お腹を壊さないかしら」
そらきた。私以上にズバッと言う薔薇の姫。
「違うんだよエターニア。騙されたと思って食べてみなさい。絶対に満足するはずだよ」
食に関してだけは妙に説得力のある父の言葉が母に響く。
ジョゼ食堂に入ると相変わらず掃除の行き届いていない店内に、母の目尻がひくひくと痙攣を起こしている。気を悪くして出ていかないかが心配だった。
「いらっしゃい。お、貴族の旦那たち。初めて見る夫人は奥さんかな?」
「また来ちゃったよ、ジョゼさん」
まるで常連のようなムーブの父。平民の店主ジョゼがタメ口を聞くさまを目の当たりにした母は訝しげな顔をする。
この店の絶品魚介のワイン蒸しパスタを注文すると、案の定仕込みをしていないジョゼが下処理から手を付ける。
「今日はどうしたんだい? あんたらはこの領の人じゃあないだろ?」
「とある人の情報を求めてきたの。航海士をしていた人なんだけど」
「そうなのかお嬢さん。どういう事情かは知らんが、航海士のことなら港に行くのが一番だよ」
この領の港には漁船、商船、旅客船、遊覧船。様々な海に関する事業者がいる。
航海士が乗る船は大きい船と相場が決まっている。意外と早く情報が集まるかも知れない。
「わぁ、なんて美味しいのかしら! 夜会で食べてきたどの料理より美味しいわ」
注文した魚介のワイン蒸しパスタを食べた母が、その美味さに驚く。
「この街で流行っている料理でね、このジョゼ食堂がこの料理の元祖なんだよ」
自慢げに料理の説明をする父。
「ジョゼって聞くと、昔夢中になって読んだ小説『航海士ジョゼの冒険』を思い出すわ」
「おお、なつかしいね。私も子供の頃夢中で読んだものさ」
あれ? 航海士の小説ってまさかリタがジャンナの誕生日に贈った本じゃなかったかしら。
「なんじゃ、あんた達も読んだことがあるのか。あの小説のモデル、航海士をしてたころの俺なんだぜ」
「「「えええっ」」」
たしかに、ジョゼって名前だけど。
「むかし旅客船の航海士をしていた時にな、この領の貴族の坊っちゃんを助けたのさ」
三十年以上前のこと、旅客船の定期便が急な嵐に巻き込まれた。航海士だったジョゼは身の危険を顧みず甲板に取り残された貴族の令息の命を救った。その褒美としてこのジョゼ食堂が立つ一等地を与えられたのだとか。
貴族の令息は大人になり、海運事業、〝マルイル海運〟を始めた。
乗組員や航海士を集めるプロモーションとして、『航海士ジョゼの冒険』を小説家に書かせたのだとか。
「マルイル海運……マルイルって、まさか」
「おう、その時の貴族の坊っちゃんが、マルイル・ヴァンドール。ここの領主様よ」
ヴァンドール侯爵……ムカつく奴だけどビジネスを心得ているわね。
求人をするのに最も有効な手だ。スタートアップ企業の社長がよく出版するのも、その業種にモチベーションの高い求人が目的であることが多い。かくいう私も出版したことあるわ。
「賃料がないから、こんなに客が少なくても成り立っているのねぇ」
母よ、よく悪気もなくそんなこと言えるわね。店の経営者にとって耳が痛い言葉よ。
「はっはっは。その小説が好きだった航海士たちが常連になって来てくれるし、食えなくなったら、最悪店を売っちまえばいいからな」
航海士達が集まるってことは、ジャンナも来たことがあるかも知れない。
なにせ、彼女も『航海士ジョゼの冒険』に憧れて航海士になった一人だ。
「ジョゼさん! ジャンナっていう女の航海士を知ってるかしら?」
「ジャンナ……たしか、五年くらい前に死んじまった娘のことか?」
「ええ、その人よ! 私達が探していた人」
なんと、こんなところに目的の情報があるなんて。私はとことんツイてるわ。
「遺体が上がらなかったと聞いたけど、彼女の遺品とか、親しい人とか知ってるかしら」
「詳しくはわからんが、もし明日も暇だったら昼時にこの店に来てみな!」
昼に来店する常連が、手がかりとなる人物なのだろう。
明日は港を回ろうと思ったけど、まずはその人物に会ってからね。
次の日の昼時、父と母はショッピングへ行くと腕を組みながらルンルンで出かけた。
無駄遣いしなければよいのだが。些かの心配はあるが、仲睦まじいとは良いことだ。
私は一人、再度ジョゼ食堂へ行く。
「こんにちは、ジョゼさん」
私に気づいたジョゼは腕を組みながら親指で、奥にいる客を指差す。
そこには昼から酒を飲み、汚い布にくるまれた何かを抱えて眠る客がいた。
「あれ? たしかあの人は最初にこの店に来たときにも居た酔っ払いだ」
この男がジャンナの事を知る人物なのだろうか。
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