伝説が揃ったら何をする?
我が国、ウィルヤーク王国は、見渡す限りの広大で肥沃な土地を領有し、国民は贅沢はできずとも、食べるには困らない生活を送っていると聞いております。
わたくしユリヤはこの国を統治するダイタール国王のもとに生まれた、上から数えますと3番目の王女にございます。広く自然豊かで美しいウィルヤーク国の南、海沿いにそびえ建つ、立派なお城ターム城に住まわせていただいておりますが、わたくしの母は愛妾で、王女と言っても、要は正式な後継ではございません。
正妃のもとに生まれた兄や姉には、王位継承権がございますが、下っ端も下っ端なわたくしには、そのようなものとは、まったくもって無関係。降ろしたい肩の荷もございませんので、趣味のお裁縫をしたり貝を拾ったりお庭のバラ園のお手入れをしたり、自由気ままな時間を過ごしておりました。
「ユリヤ、みそっかす姫よ。朝からお前に出会うとはな。今日はツイてない」
「お、お兄様、おはようございます。ご機嫌麗しゅう」
一番目の兄、ルイ様でございます。
「はああ。なんだお前のその格好。またあの海岸に遊びに行くのか?」
わたくしは確かにその時、いつもの煌びやかなドレスではなく、庭師が着るような動きやすい作業着姿でございました。
「はい。あの海岸はとても美味しい貝が獲れるものですから。貝料理が得意の料理長カイガーラに頼んで、貝料理を作ってもらおうと……」
「ははあぁ。貝だと!? お前は呑気で良いな。俺なんか、朝から晩まで父上について帝王学を学ぶ毎日。遊ぶヒマもありやしないのだよ」
「もちろん兄上は王になるお方ですから、大変なご苦労もございますでしょう」
兄上はご自分がどれだけ大変な思いをしているか、父王からのプレッシャーにどれほど耐えているかを切々と話し始めました。
ああ、早朝に出現するという伝説の貝を探しに、そろそろ出発したいのに。兄上は話し出すと、長い。
(今日は伝説の貝を探すのは無理でございますね……いつも通り、貝拾いをしましょう。あそこで拾った貝を使った貝料理は絶品ですもの)
がっくりと肩を落としましたが、そう自分を奮い立たせました。
次にはもう少し早起きし、兄上に見つからないように出立しなければ。
兄上はまだ喋りかけてきています。わたくしは適当に相槌を打ちつつ、収穫した貝をどのように料理するかを考えながら、時間をやり過ごしました。
*
伝説の貝。
伝説というからには、他の貝とはケタ違いのものを想像しております。
『貝殻が大きく貝柱もデカい』『身がぷりぷりでジューシー』『出汁がじゅわっとハンパなく出てきてめっちゃ美味』
わたくしは口の中に唾が溜まるのを感じながら、海岸へと向かいました。
「今までに食べたことのない、素晴らしいお味でしょう。きっと美味しいはずですわ」
ただ、今日の探索は無駄骨でございましょう。兄上のせいで、いつもより遅い時間になってしまいましたから。はあと深いため息を吐いてしまいます。
足早に城の裏門に向かって歩いていると、ふと道の向こうからやってくる、一人の男性の姿が見えました。
この城の料理長、カイガーラです。
『伝説の貝は早朝に現る』
料理長のカイガーラが笑いながらお話しくださいました。
「ユリヤさま、これは私めが幼い頃、近くの海岸へとぶらり散歩しに向かった時のことでございました……」
出た。カイガーラの伝説話もなかなか長くてすぐには終わらない。
「あのね、カイガーラ。わたくし今から海岸に貝を獲りに行くの。頑張って美味しい貝をたくさん獲ってくるから、また美味しいお料理を作ってくださいな。ではまた後ほど」
そう言って振り切り、わたくしは小走りにて、林道を抜け、草原を横切り、そして背丈まであるかないかの草の群れをかき分け、海岸へとやって参りました。
「ふう。ようやく着いたけど……もう太陽が上がってしまっているわ」
こうなったら仕方がありません。わたくしは持ってきた荷物をその場に置き、靴を脱ぐと、海へと向かって歩き出しました。
*
持ってきた熊手で波打ち際をホリホリし、出てきた貝をバケツに入れていた時のことでございます。
なんと、海から人がこちらへ向かって上がってくるではございませんか。
貝を掘るのに夢中になってしまい、気づかなかっただけかもしれませんが、わたくしには海から来た海神のように神々しく見えました。
男性。筋肉隆々の上半身は裸。下はこの辺の漁師が履くような、ゴム製のズボンを履いております。
そして。
右手には三又のモリ。先が尖っていて朝日にキラキラと輝いております。
「やあ、おはよう。ご機嫌はいかがですか?」
笑ったご尊顔は、まさにこの世で見たこともないような、イケメン顔でございます。
「おおおおおはようございます。朝早くからご苦労様でございます。大漁でございますね」
というのも、左手には貝の入った網袋をもっていらっしゃいますので、わたくしと同じ目的のお方かと思いましたものですから。
「ああこれね。あなたも貝を?」
「はい」
あまりのイケメン顔ですから、わたくしは目を背けて答えます。だって、眩し過ぎてとても凝視することはできませんもの。
ですがそこで、網袋に入っているのは、わたくしがいつも獲っている貝ではないということに気がついたのです。
「それは……なんという貝なのですか?」
「ああ。これはね、厳密に言えば貝ではないんだ。名前は知らないけどね、中身が絶品でね。トゲトゲが刺さって痛いからパカッと割るときに気をつけなければならないんだけどね」
ハッとしました。思い出したのです。城の料理長カイガーラのお話を。
『あの海にはね、伝説の漁師が住んでいるんでさ。ヤツは魚のように泳ぐことができ、自由自在に泳ぎまくっては色々な魚や貝を獲る。手足が長く、そして』
「……逆三角形の筋肉」
確かに、肩から腰にかけて逆三の体型をされているのでございます。そして。確かに海の中から現れました。
ということは、このお方がやはり伝説の漁師ということになりますでしょうか。
わたくしがそう考えていますと、「これ君にあげるよ」
そう言って渡してきます。
「え、良いのですか?」
「ああ。海の中にはたくさんあるからね。また獲ってこれば良いことだし。棘には注意してね」
「まあ、こんなにたくさん。ありがとうございます」
「君の名前は?」
「わ、わたくしはユリヤと申します」
なぜか顔が熱く、火照っていくのを感じました。名前を告げただけなのに。この胸の高鳴り、なぜでございましょうか。いただいた網袋がずっしりと重く感じます。
「俺はリョウヤル。君の名前、ユリヤ、良い名前だね。確か貝の種類にもそんな名前があったような……」
わたくしが、そうなのですか? と言おうとしたところで、声が掛かりました。
「そんな名前の貝はありませんよ」
冷ややかなお声が響きました。そちらへと顔を向けると、一人の男性が。右脇にはぶ厚い本を抱え、そして左手には透明なボックスをお持ちでいらっしゃいます。中には薄く水が張っており、何やらの貝や蟹や小さな魚が。
驚きました。何故ならこの海岸で動物はおろか人に出会ったことがないからでございます。
(何年もここに通っているというのに……今日は奇跡の連続だわ)
そう思っていると、伝説の漁師リョウヤルがその男性に話しかけました。
「そうなのか。君はどうやら貝に詳しそうだね」
「ウニ。棘皮 《きょくひ》動物門ウニ綱の海産動物の総称だ。貝ではない」
男性がくいっとあごを打ちました。
どうやらわたくしが先程リョウヤルにいただいた網袋を指したようです。
「まあ、こちらはウニと申すものでございますのね。ひとつ、勉強になりました」
「硬い殻の上に針のような棘がたくさん生えている。貝のように思うかも知れないが、ヒトデとかが仲間に当たる。指に棘が刺さると、悪寒がしたりすることもあるから手袋をしてから包丁で割った方が良い」
そこでまたハッと思い出したのです。
料理長カイガーラが言っていたことを。
海の生物にめちゃくちゃ詳しい、サ・カナ・クンと呼ばれる伝説の海産物賢者がいるということを。
(まさかこのお方が……)
確かに、カイガーラが、そのお方は片時も海産物事典を手離さないと聞く、などと言っておりました。小脇に挟んだ分厚い本。よくよく目を凝らして見れば、本にヒモがかけてあり、まるでカバンのように肩からかけておいででございます。肌身離さずとはまさにこのこと。
(ではやはりこの方が……)
「それにしても……」
男性が呟きます。
「あなたは……その……クリオネやハタタテハゼより……う、美しい」
お顔を真っ赤にして、言ってくださいました。
褒め言葉であろうその言葉に、ドキッとしてしまいます。リョウヤルさまもイケメンですが、サ・カナ・クンさま(未確定)もキリッとした顔立ちの、イケメンでございますから。
わたくしは両手を握りしめて、胸に当てました。胸の鼓動が、この手に伝わってくるようです。
二人のイケメン男性を前にして、ドキドキが止まりません。
すると、後ろからサクサクと砂をはむ足音が聞こえてきました。
「ユリヤさま、貝はたくさん獲れましたか?」
振り返ると、そこには城の料理長カイガーラが。わたくしは足元に置いていたバケツを取り、カイガーラへと向け、「それが、まだこれっぽっちなんです。でもカイガーラ、これを見て」
リョウヤルから貰った網袋を掲げました。
「ウニをいただいてしまいました」
ふふふと笑いましたところ、そんな笑い声を掻き消すような勢いで、背後で声が上がりました。
「「カイガーラ???」」
リョウヤルさまとサ・カナ・クンさま(未確定)の声が揃いました。その声もお顔も、なんだって!! という驚きに包まれ、お互いの顔を見つめ合ったり、カイガーラの方を見たりを繰り返しております。
「どうされましたか? こちらはうちのお城の料理長カイガーラです。いつも美味しいお料理を作ってくださるんですよ」
「ではあなたが、かの有名な料理人カイガーラさん」
「ははあ、ワシのような下っ端でも名は知られているようだ」
「下っ端って! 何を言ってるんですか! あの伝説の貝を見事に捌いたという伝説の料理人とは、あなたのことなのですよ!!」
わたくしはかなり混乱してしまっております。うちの料理長がそんなに凄い人だとは。作るお料理はもちろん美味しいのだけれどと、驚きで胸がいっぱいでございます。
「カイガーラ、あなたがそんなに立派なお人だったとは知りませんでした」
「あまり自分語りはしないタチなのでね。ところで、あなたたち、伝説の漁師に伝説の海産物賢者とお見受けいたしますがね。なぜこんなに伝説級の方が勢揃いしているのですか?」
お互いがお互いの顔を見ます。
そして。
「「「伝説の貝を探しに!!!」」」
もちろん、わたくしも同じ志。声を揃えました。
すると、リョウヤルさんが言います。
「ユリヤさん、先程『うちのお城の料理長』と仰いましたね。あなたはお城に住んでいるんですね……ってことはもしかして」
次に料理長カイガーラが言葉を繋ぎ、
「そうです。こちらの方はダイタール国第3王女のユリヤ様にあらせられます」と。
「やはりそうか!! 名前も同じだし実はお会いして直ぐにそうではなかろうかと思っていましたよ」
そこで、サ・カナ・クンも応じてくださいます。
「俺は海産物以外のことには一切興味ないので、王女のことは全然知りませんでした。こんなにも美しく可愛らしい方だとは……」
リョウヤルが唇の先をくいっと上げ、サ・カナ・クンに向かって言いました。
「ははは。口説くのは後にしてくれよ。君はアレだろ? 勉強ばかりしているから世間に疎いんだよ。まあ俺も人のことは言えないけどな。こっちも魚ばかり獲っているわけだから」
ははは! と高らかに笑います。
「でも俺は新聞を読むからな。君は知らないだろうから教えあげるけど、このユリヤ様はな。自ら獲ってきた貝からウマミ成分を抽出し、それを飲みやすいようにカプセルにしたものを売り出している会社『カイデケンコウ社』のCEOなんだよ。その話は有名だから知ってはいたが……まさかこのように淑やかで可愛らしい女性だとは……って俺も口説いちまってるな」
恐縮してしまいました。
「そんなこと。王位継承権もない、わたくしなどお城ではお荷物であり、つまはじきの存在でございます。お城に……」
つんと鼻の奥に痛み。どうやら涙腺が緩んでしまったようです。
涙が溢れてきました。
「お城のどこにも居る場所はなく、こうして海岸を彷徨い、そして無心になって貝を掘る。それが、わたくしの唯一の楽しみでございます」
しーんと静かな空気が漂ってしまいました。こんな面白くもない身の上話など。
「すみません、場の空気を悪くしてしまいました。でも、わたくしは幸せでございます。なぜならこうして皆さまにお会いすることができ、これは奇跡なのではと思えてならないのです。
ここに伝説の◯◯が集結しているわけでございますから、一緒に伝説の貝を獲ろうではありませんか」
むむむと皆一様に、腕組みをしました。
「漁師の捕獲能力、海産物賢者の知識、貝料理人の包丁捌き、そして中の身からウマミ成分を抽出し商品化できる技術力」
「そして、もちろん最後には美味しい貝料理に舌鼓を打つ」
「うむ。俺らならできるかも知れないな。ここに伝説の貝に関する事典もある」
「我々に不可能という言葉はない。そう。可能でございましょうな」
わたくしは、迂闊にも涙を流してしまった先程とは打って変わって、胸がワクワクしてきました。まるで冒険に出る前夜のような、そんな気持ちでございます。
「では、リョウヤルさま、サ・カナ・クンさま、そしてカイガーラ。これから作戦会議でございますね? 決行は、明日の早朝から!」
そう言って笑いましたところ、
「「「もちろんです!!!」」」
と、皆さんも笑い返してくださいました。
その後、『サ・カナ・クン』さまのお名前が『・』は不要で、ただの『サカナクン』なのだと教えていただきました。
呼びやすくなりました♪♪