第2話:男装の陰陽師は半妖を拾う?2
過保護とケモミミ兄妹とツンデレ。趣味丸出しの式神、揃いました(笑)
叫び声と血飛沫。場が一気にパニックに陥る。
夜刀が剣を抜いて一体を仕留め、僕も符を構えて対抗するけど――
視界の端に、縛られたままの少年に襲いかかる妖魔が映った。
(ヤバい!)
反射的に飛び出して、少年を庇うように抱き込んだ。背中に激痛。牙が食い込む。
「ぐっ……!」
血が狩衣を染めていくのがわかる。
「主!」
夜刀が声を上げるけど、僕は片手で「大丈夫」と合図。
痛みに歯を食いしばりながら、妖魔の額に符を叩きつけた。
「滅!」
閃光と共に妖魔が消える。
目を見開いたままの少年が、ようやく僕を見た。
「……なんで、ボクなんかを……?」
「敵は共通だから、ってとこかな」
精一杯、柔らかく笑ってみせて、術を解除する。
「立てる? 君も、戦えるんだろ?」
「……まあ、借りは返す主義なんでね」
彼は苦無を構え、共闘が始まった。
夜刀の剣がひゅっと風を切り、妖魔の動きが一瞬でピタッと止まる。
僕はすかさず符を放ち、浄化の光で妖魔を消し去る。
その横で、少年が苦無をくるくると操り、敵の背後をとっては翻弄し、次々と隙を作ってくれる。
三人のコンビネーションは即席とは思えないほどスムーズで、あっという間に妖魔の群れを一掃していた。
戦いが終わり、町に静けさが戻る。
呆然と立ち尽くす役人たちと、ホッとした表情の人々。
僕はズキッと痛む背中を押さえながら、少年のほうに向き直った。
「助かったよ。君の名前は?」
少年は苦無を懐にしまい、視線をそらしてぼそり。
「……竜胆丸」
「竜胆丸、か。いい名前だね」
にっこり微笑んで返す。
少しでも彼の気持ちが和らげばと願いながら。
「……別に。親が勝手に付けただけだし」
そっぽを向いたままの彼。
でも、耳がほんのり赤くなってるのを僕は見逃さなかった。
「主、傷の手当てを……っ!」
間髪入れずに夜刀が僕のもとへ飛び込んでくる。
文字通り、“飛び込む”勢いで。
その目はしっかりと僕を見据えてて、さっきまでどこか冷静だった顔が、今は明らかに取り乱してる。
「ご無事でいらっしゃって、本当によかった。どうか、もう無茶はなさらないでください……」
夜刀は胸に体を預けるように促した。
そして、僕を抱きしめるような形で手を背中に回して、そっと傷に手をかざした。
まるで触れるのさえ恐れるような、でも、絶対に離したくないっていう切実なぬくもり。
「ああ、ごめん。また心配かけたね、夜刀」
僕がそう言うと、夜刀は少し震えた声で、
でもあくまで“いつも通り”を装おうとするみたいに――
「ご自覚があるなら、もっと、ご自身を労っていただきたいものです」
言葉はぶっきらぼう。
でもその手のひらからあふれた光は、びっくりするくらい優しかった。
あたたかくて、柔らかくて、包み込まれるみたいな気配。
傷が癒えていくのと一緒に、胸の奥の強がりまでじんわり溶けていくような。
「ふふっ、夜刀の術はほんとにあったかいな。いつもありがとう」
そう言った僕の声に、夜刀の長い銀の髪が、ふわりと揺れた。
その隙間から、ほんのり色づいた耳が覗く。
「……そんなことをおっしゃられても、誤魔化されませんよ、主」
目をそらそうとしても、目元がぴくっと揺れてるの、ちゃんと見えてるよ。
なんなら、そのまま耳まで真っ赤になりそうな勢いだし。
「はいはい。夜刀はいつも真面目だなあ」
「真面目です。主のこととなれば、どこまでも」
その最後の言葉は、小さく、でも確かに届くような声だった。
そのやり取りを、竜胆丸がじっと見ていた。
どこか照れくさそうで、でもちょっと羨ましそうな目つき。
僕たちの主従関係が、いわゆる「式神と陰陽師」の枠とは違って見えたのかもしれない。
僕にとって式神たちは、ただの使い魔なんかじゃなくて、大事な家族なんだ。
背中の痛みはほとんど消えていたけど、裂けた狩衣とにじんだ血は、今回の戦いの激しさを物語っていた。
もしかしたら――竜胆丸は思っていたかもしれない。
この陰陽師は、“ただの偽善者”じゃないのかもって。
そこへ、おそるおそる役人たちが近づいてきた。
まだ、さっきの戦いの余韻から抜け出せていないみたいだ。
「あ、あの、陰陽師様……この半妖は……」
竜胆丸の処遇に困っているらしい。
罪人として捕えるべきか、それとも――。
「彼は、我々と共に戦ってくれました。彼がいなければ、もっと多くの人が傷ついていたでしょう」
はっきりと、迷いなく僕は言った。
「この少年、竜胆丸は、私の式神として迎え入れます。責任はすべて私が持ちますので、今回の件は水に流していただけませんか」
その言葉に、竜胆丸が思わず顔を上げる。
役人たちも、そして普段は動じない夜刀さえ、少しだけ目を見開いた。
「え、この半妖を? 今出会ったばかりなのに?」と、そんな視線。
「し、式神に……?」
ぼそりと呟いた竜胆丸の声には、戸惑いと、ほんの少しの――希望が混じっていた。
「不服かな?」
僕は優しく問いかける。真っすぐに竜胆丸を見つめて。
「……いや、別に。アンタがいいなら……それでも」
うつむき気味に返す彼の声は、どこかぽつりとこぼれた小さな願いみたいだった。
「誰かに必要とされる」――その温もりを、心のどこかで求めていたのかもしれない。
役人たちは僕の提案に頷き、そそくさと立ち去っていった。
盗まれた干し果実の代金はもちろん僕が支払い、店主も納得してくれた。
こうして僕たちは、三人で僕の屋敷へ向かうことになった。
竜胆丸は少しだけ距離をとって、黙ってついてくる。
手には干し果実。ちょっと居心地が悪そうだ。
たぶん、“初めての居場所”に戸惑っているんだろう。
「……なあ」
ふいに、竜胆丸が声をかけてきた。小さくて、ちょっと躊躇いがちな声。
「どうしたの、竜胆丸?」
僕が振り返ると、彼は伏し目がちに口を開いた。
「なんで、ボクなんかを式神に? 半妖だし、役立たずかもしれないし……いつ裏切るかも、わかんないのに」
その言葉には、今までの人生で受けてきた傷が滲んでいた。
僕は歩みを止め、真っ直ぐに彼を見つめた。
「役に立つことはもう証明済みだよ。半妖かどうかも関係ない。裏切るかもしれないなんて、そんな未来のこと、今は考えてない」
竜胆丸は、目を見開いた。きっと、そんな風に言われたのは初めてなんだろう。
「君は、自分の意志で、僕たちと共に戦うって選んだ。それに……」
僕は彼の紫の瞳をじっと見て言った。
「その瞳には、まだ誰かを信じる力が残ってる。そう思った」
竜胆丸の瞳がちょっとだけ見開かれる。もう一押しかな。
「……竜胆丸、君の力が必要なんだ」
まっすぐに、柔らかく、でも芯のある声でそう言うと、竜胆丸は一瞬きょとんとした。
すぐに目をそらして、そわそわと視線を彷徨わせる。あれ、ちょっと顔赤い?
「……ふ、ふん。」
口ではそう言ってるけど、その唇の端、ちょっとだけ上がってるの、バレてるよ?
たぶんあれは――ずっと胸の奥にしまってた感情。
誰かに必要とされる温もり。
「ここが帰る場所かもしれない」と、初めて感じた希望の灯火。
小さいけれど、確かな笑顔だった。
ツンツンしてるけど、あれが彼なりの「ありがとう」なんだろうな。
「竜胆丸。屋敷に着いたら、式神契約を結ぼう」
「……ああ、わかった」
……って、え、意外とあっさり!?
その素直さにちょっと面食らって、思わずからかいたくなっちゃう。
「へぇ〜? ずいぶん聞き分けよくなったじゃない」
「なっ……! う、うるさいな! べ、別にそんなんじゃないし!」
わかりやすっ!!
顔真っ赤にしてバタバタ否定する竜胆丸に、僕はつい吹き出してしまった。
くすくすと笑いながら、心の底からリラックスした、僕だけが知ってる僕の笑顔で。
その様子を、夜刀は黙って見つめていた。
深紅の瞳は相変わらず感情を映さない。
でも、その奥では、何かをじっと観察してる。
この新しい式神が、僕にどんな影響を与えるのか――それを、冷静に見極めようとしてる、そんな感じ。
彼の僕へのスタンスは、他の式神とはちょっと違う。
絶対の忠誠と、深い信頼。
でも、それだけじゃない。
言葉にならない、もっと深くて静かな何かを、彼は隠しているような気がする。
――夕陽が落ちて、僕ら三人の影が、地面に長く伸びていた。
【あとがき】
カオス会議:第2章第2話「男装の陰陽師は半妖を拾う?」編
登場人物
朔夜:男装陰陽師。真面目な苦労人。今回は割と流血担当。
夜刀:式神。心配性。主に甘い。抱きつき担当。
竜胆丸:ツンデレ半妖少年。新入り。警戒心は固いが心は柔い。
真白:本編に出番なくても強制招集な親友陰陽師。言いたい放題担当。
真白:
「……で、なんで毎度、オレがいない話のあとがきに呼ばれてるわけ?」
朔夜:
「いや、作者が“真白がいないとカオス会議回らん”とか言ってて……」
真白:
「便利屋かよオレ!? てか、お前また無茶してんじゃん!」
朔夜:(遠い目)
「うん……つい反射で……」
夜刀:(めっちゃ睨む)
「反射で無茶をするのはやめていただきたい」
朔夜:
「だって竜胆丸が……こう、捨て猫みたいな目してたから……」
竜胆丸:(ムスッ)
「誰が捨て猫だ。ボクは孤独を愛する孤高のにゃんこ様なんだからな!」
真白:
「微妙に反論の方向間違ってるからやめてくんない!?」
夜刀:(じと目)
「そもそも主が庇わねばならなかったのは、お前が不用意に敵を引き寄せたからでは?」
竜胆丸:
「うるさいな、拘束されてなきゃ余裕で逃げられたんだけど!?」
朔夜:(慌てて手を振る)
「ケンカしないで!? ここ、あとがき! あとがきだからね!?」
真白:(にやり)
「……でも朔夜、あの“庇って負傷→癒しの抱きしめ”コンボ、マジで狙ったろ」
朔夜:(耳まで真っ赤)
「ちっ違っ、あ、あれは状況が……そのっ、自然発生的な事故でっ……!」
夜刀:(真顔)
「狙っていたとしても、私は全力で受け止めます」
朔夜:
「ちょ、やめて!? そういう真面目な顔して言うのやめて!?」
竜胆丸:
「……あーあ、なんかバカップルみたいな空気出してんなぁ……」
真白:
「ようこそ!カオスへ!!(ガッツポーズ)」
朔夜:
「いやあの、君たちさ、もっと落ち着こう? ほんと、落ち着こ!?」
夜刀:
「主の心拍が上がっている……これは応急手当が必要です」
朔夜:
「やめてぇぇぇっ!? 公開診断しないでぇぇぇ!!」
竜胆丸:(小声)
「……ほんとに“ただの偽善者”じゃないな、あいつ」
真白:(ニヤニヤ)
「お、素直になってきた~? これは、デレ始まるフラグ~?」
竜胆丸:(真っ赤)
「はっ!? デレないし! ボクそんな安っぽい半妖じゃないし!?」
朔夜:
「(……安っぽい半妖ってなに?)……えー、というわけで、今回も波乱の幕開けでした。新キャラ・竜胆丸くんも加わって、ますますにぎやかに、時にしんみりしつつ、物語が進んでいきます。次回も、どうぞお楽しみに!」
真白:
「ま、オレの出番が増えると信じて、読者のみんなよろしくな☆」
夜刀:
「次回こそ、主に無茶をさせぬよう尽力いたします……」
竜胆丸:
「あ、次回はボクが主役になってあげてもいいよ?」
朔夜&真白&夜刀:
「……何様!?」
◇◇◇
今回、女神さまは神界から呼び出し喰らって不在です(笑)
真白は朔夜へのツッコミ&冷やかし担当なのでマストです。諦めろ。
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