第1話:男装の陰陽師は危険な来訪者に襲われる2
【あとがきカオス会議】あります!
(結界は破られてない……すり抜けてる!?)
僕が張った結界は、普通の妖魔なら触れることすらできないはず。
それを、まるで空気みたいに突破してくるなんて――。
「この気配……常世で感じたものとは違うけど、霊気と妖気が混じってるのは同じだ」
ゾワッと背筋に寒気が走った。
「狗兄、起きて!」
狛が必死に狗を揺さぶる。
「んん……ムニャムニャ、お団子……」
「お団子じゃありません! 起きてくださいっ!」
「うわっ、なんか来てる!ヤバいのが!」
狗が少年の姿に戻って、慌てて木の葉の符を取り出す。
その手、ほんの少し震えてる。
うん、無理ないよね。
だって、この妖気、僕も初めて感じるレベルだもん。
その時だった。
庭の木々がザワザワと音を立てて揺れ、黒い影が三つ――音もなく、屋敷の縁側に降り立った。
見た瞬間、思った。
(……うわ、なんだあれ)
人型っぽいけど、墨をぶちまけたみたいに真っ黒で、輪郭がぐにゃぐにゃしてる。
ぬめぬめした体に、触手がにゅるにゅる。
顔の位置には、赤い単眼が三つ。
気持ち悪さのフルコース……。
「うぇ、なんかキモい奴らだな……」
狗がつぶやいた。
狛も無言でうなずく。
うん、僕もそう思う。
「油断するな。奴ら、ただの妖魔ではない」
夜刀が低い声で告げる。
彼の剣からも、霊気がじわじわと立ち上ってる。
「キィイイイイッ」
一体が、金属をひっかいたような音を立てた。
言葉にはならないけど、そこにあるのは確かな敵意……
いや、それだけじゃない。意思が、ある。
「……意思疎通、してる……?」
僕の背筋が冷たくなる。
こんな人型も取れない低級妖魔が、そんなこと……。
(目的は? なぜここに?)
その時、奴らが一斉に動き出した!
濡れた粘土みたいな体が、ヌルヌルした液体を引きずりながら、縁側からズリズリと這い入ってくる――って、うわ、速っ!?
「させるか!」
夜刀がシュバッと飛び出して、銀の刃で妖魔を真っ二つに――なったかと思ったのに、ぐにゃんと押しのけただけだった。
効いてない!?うそでしょ!
「……チッ」
夜刀が舌打ちする間に、妖魔の触手がビュン!
柱にかすっただけで、そこから腐ったみたいに崩れた。
やばいやばいやばい、腐食系かよ!
「狛、防御お願い! 狗、援護して!」
「はい、朔夜様!」
「おうよ、朔!」
狛の防御障壁がバチッと光って、狗がムキムキ武人フォームに変身!
巨大戦斧でドガーンとぶった斬る!
けど、黒い体液がドロリ……効いてはいる、けど決定打にはまだ遠いっぽい。
妖魔がギィィッと耳障りな叫びを上げ、ぬるりと伸ばした触手で狗をぶっ叩いた。
「ぐえっ⁈」
巨体が吹っ飛んで、障子をバリーンと突き破り、廊下をゴロンゴロンと転がっていく。
「狗兄っ!!」
狛の叫びは、もはや悲鳴。
けれど、今は防御結界の維持で手いっぱい。
助けに行けない……けど、顔にはもう、心配マシマシの感情がダダ漏れだった。
そんな狛の隙を突くように、残っていた妖魔の一体が――
他の二体とは明らかに違う動きで、ズズズッと一直線に僕へ向かってきた。
(……僕だけ狙ってる?)
まるで他の敵とは別行動。
夜刀や狗は無視。
完全に“僕”をターゲットにしてる。
僕は咄嗟に後ろへ跳び退き、符を数枚シュババッと投げる。
炎と氷の術を連続発動!
「滅っ!」
炎がドガァッと燃え上がり、氷がキンキンに冷えて固まる。
けど、それもほんの数秒の話。
妖魔はギギィ……と不快な音を立てながら、ギラッと三つの単眼を光らせ、ぐいっと再び迫ってくる。
赤い目が、ただの殺意じゃない。
何かを“手に入れる”っていう……しつこくて粘っこい意志。
(……拉致りに来てる⁈)
脳裏に、あの“常世”の敵の言葉が蘇る――『貴様を手に入れる』。
(あいつと繋がってる? それとも別の何か?)
考えてる暇もない。触手がまたヌルリと伸びてきて、僕の足を狙う!
「くっ!」
体を捻って避けるけど、狩衣の裾が少し触れただけで、ジリッと焦げる。
飛び散った粘液がピリッと痛い。
「主っ!」
夜刀がスッと前に出て、銀の剣を抜いた。
ヒュン!と閃く斬撃が触手をズババッと切り落とす。
……けど、再生早っ⁈ 切っても切っても生えてくる!
「埒が明かん……!」
夜刀が苦い顔で言い捨てる。
物理も術も、決め手にならない。
(どうすれば……)
そのとき、師匠・安部清晄の言葉が、まるで神託のように鮮明に頭に響く。
『よいか、朔夜。形なきものを滅するには、その根源を断つしかない』
(……根源を、断つ……!)
正直、体は限界。
けど、今この瞬間、出し惜しみしてる場合じゃない。
僕は深く息を吸った。
体の奥の霊力を丹田へギュッと集める。
内なる光を圧縮するイメージ。
「……顕現せよ、破邪……」
言葉と共に視界が澄み、瞳が銀色に輝き始める
体全体からあふれ出した銀の光――
柔らかいけど凶悪な破壊力を秘めた光が、部屋の闇を一気に押しのけていく。
「――破ッ!」
右手から放った光が、一直線に妖魔へ直撃!
「ギィィィィィィッ!」
断末魔の叫びをあげ、妖魔の影がグニャグニャ揺らぎ、輪郭を失っていく。
まるで陽光に焼かれた影のように、赤い目に怯えと驚きが浮かんだその瞬間――
完全に消滅。
残ったのは黒い塵だけ。
ドン引きしたのか、残った二体の妖魔がピタリと動きを止めた。
顔を見合わせた(ように見えた)次の瞬間、スゥッと音もなく後退して、そのまま庭の闇にスーッと消えた。
――シン……
静けさが戻った。
室内はボロボロ。
床には黒い塵。
そして、まだ残る妖気のにおい。
「……行った、か」
僕は肩で息をしながら、自分の手のひらをじっと見つめた。
破邪の術は、いつも体の奥の奥まで根こそぎ力を奪っていく。
このところちょっとオーバーワーク気味だったから、なおさらキツい感じ。
指先まで痺れるみたいに重たくて、全身がじんわり熱い。
たぶん、また限界ちょっと超えた……
(もっと、ちゃんとしなきゃ。強く、ならないと……)
「主……ッ!?」
ばっ!と風を切る勢いで駆け寄ってきた夜刀が、僕の体をしっかりと抱き留めた。
まるで壊れ物を扱うみたいな優しい手つきで、でも絶対に離さないように、腕の力は強くて。
「ありがとう……だいじょ、ぶ……」
そう言いかけた僕の声は、思ったよりかすれていた。
なのに夜刀は、まるでそれを肯定するみたいに、ゆっくりと瞳を細めた。
ほっとしたような、どこか緩んだその表情に、ほんの一瞬、恋人みたいな柔らかい甘さが滲む。
(……え、今の、ちょっとドキッとしたんだけど)
けど、今はそんなこと言ってる場合じゃない。
「……結界、早く強化しないと。もう一度来たら――」
立ち上がろうとしたその瞬間――
「……それ以上、動かれるなら、抱き上げます」
ガッ!って、夜刀が僕をむしろ強くホールド。
ちょっ、抱き上げ⁉︎ しかも本気の顔してるし⁉︎
「で、でも……!」
「“でも”は不要です」
ぴしっと言い切られて、思わず言葉を失う。
僕、主だよ!? 主なんだけど!?
でも夜刀は微動だにせず、逆に僕をじっと見つめる。
「主は、私のすべて。何があろうと、決して傷つけさせはしません」
うそでしょ、そんな真顔でさらっと重い愛情ぶつけてくる⁉︎
しかも僕の頬に、そっと手を添えて――
あの常世での出来事から、夜刀のこういう瞬間が増えた気がする。
「志乃さんのように、あなたも失いたくない」と言わんばかりの必死さがその瞳に宿っている。
「今宵くらい、ご自分を甘やかしてくださってもいいでしょう。私が、傍におりますから」
そんな優しく囁かれたら、もう、逆らえるわけないじゃん……
それに、正直言って、この温もりが欲しかった。
志乃さんの件で自分を責め続けていた心が、少しだけ和らぐ。
式神と主という関係を超えて、夜刀の存在そのものが僕にとって特別になりつつあることに、恐れと期待が入り混じる。
「……うん。じゃあ、ちょっとだけ。お願いする」
僕がそう言うと、夜刀はまるで宝物を抱くように、もう一度僕をそっと引き寄せた。
その腕の中は、驚くほどあったかくて、なんだか、眠くなりそうだった――。
夜刀の腕に素直に身を預ける僕のもとに、少年少女の姿に戻った狗と狛も駆け寄ってきた。
「朔ー! 大丈夫か? 無理すんなよ!」
「朔夜様、お疲れが溜まっているのです……」
二人とも、頭の犬耳がしょぼんと垂れてる。
その姿が愛おしくて、僕はつい、ふわっと笑って、彼らの頭を撫でてあげた。
「平気。ちょっと疲れただけ。ふたりは怪我、ない?」
「オイラはピンピンしてるって! 服ちょっと破れたくらいだし!」
狗は笑ってるけど、着物ボロボロ。
狛が隣で無言の修復呪をかけて、コッソリ直してる。
「しかし、あの妖魔……普通じゃなかった。結界をすり抜けた上に、主を……狙って?」
夜刀が眉をひそめる。
警戒MAXの紅い瞳が鋭く光る。
「うん。あれは……倒しに来たんじゃなくて、攫いに来た」
僕の言葉に、一気に場の空気が引き締まる。
「攫う!? 何で!?」
狗がキョトン顔。
でも、狛も夜刀も、黙って何かを考え込んでいる。
「……常世の者か、それとも別の勢力か」
夜刀が低く呟く。思案の目。
「どちらにせよ、警戒を強める必要がありますね」
狛も落ち着いた声で言ったけど、その手はぎゅっと握られていた。
心配そうな式神たちを安心させたくて、僕は微笑む。
「大丈夫。僕には、君たちがいるから」
その言葉に、夜刀が深く頷き、狗と狛も少し安心したように表情を緩めた。
でも、僕の心は――ざわざわと波打っていた。
(何が……起きてる?)
あの声、志乃さんをさらった妖魔、そして今の妖魔。
全部がバラバラに見えて、どこかで繋がっている気がする。
……そして、その中心には、きっと“僕”がいる。
雲が月を隠し、屋敷は再び深い闇に沈んだ。
――眠れない夜が、また始まる。
【あとがき】
カオス会議:第2章第1話「男装の陰陽師は危険な来訪者に襲われる」編
登場人物
朔夜:男装陰陽師。マジで色々限界。休ませて。
真白:元気と茶化し担当。親友という名の天災。
夜刀:冷静な剣士式神。主への溺愛加速中。顔怖い。
狗:無自覚天然兄式神。寝起き5秒で戦闘突入。
狛:ツッコミ妹式神。特技は防御と兄の世話。
女神:どこにでも出てくるマイペース存在。責任は取らない。
真白:
「さーーて! ついに我らが狗&狛、初登場ですよー! 拍手ー!!(パチパチパチ)」
狛:
「……どちら様です?」
朔夜:
「いや、やめてあげて。真白の存在全否定しないであげて」
狗:(目こすりながら)
「狛がまた夢ん中でバトってる……」
狛:
「これは夢じゃありません!あとがきです!しかも公式です!」
夜刀:(冷静に)
「主が見事な破邪の術を発動した場面、記録しました。五回くらい見返しました」
朔夜:(ぐったり)
「いや、僕もう……半分気絶してたから覚えてないんだけど……録画とかあったの……?」
真白:(肩ポン)
「うん、じゃあそれ、後で全体上映会するね?“可愛い朔夜の超限界突破シーン集2025”ってタイトルで」
朔夜:
「やめろぉぉぉおおっ!!」
狛:(真顔)
「むしろ、私は狗兄の『お団子……』って寝言がピークでした。あれ録音しておくべきでした……」
狗:(しっぽを振りながら)
「へへ、お団子は正義!」
真白:
「意味わからんけど、可愛いから許すっ!!」
朔夜:(手で顔を覆いながら)
「今回こそ真面目に話そうとしてたのに、なにこの空気……」
女神:(唐突に)
「混沌こそ、世界の理――」
夜刀:(剣に手をかけながら)
「貴様……また、どこから湧いた」
真白:
「いや夜刀、怖い顔で刃抜くのやめて!? あとがきで斬首イベントやめて!?」
朔夜:(溜息)
「……はい。第2章、さっそく不穏全開でしたが、狗と狛も加わって、ますます賑やかになってきました」
狛:(真面目顔)
「今後とも、私たち兄妹をよろしくお願いいたします」
狗:(ニコニコ)
「よろしくな~!あと、戦った後は甘味くれ!」
真白:
「マジでブレないなお前。好き」
女神:(片目を輝かせながら)
「次なる混沌の扉は、すでに開かれている――」
全員:
「だから勝手に締めるな!!」
◇◇◇
以上、カオスと溺愛と突っ込みが入り乱れるあとがきでした。
次回も波乱の予感しかしません。
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