第3話:男装の陰陽師は策を練る1
山奥に響き渡っていた槌音は、七日七晩続いた後、ぴたりと止んだ。
工房から現れた宗近さんの顔には深い疲れが刻まれていたけど、その瞳は職人としての誇りと達成感で満ちていた。
彼が恭しく差し出した白木の鞘に収められた一振りの刀。
対アマテラス用の切り札、「月影刀」。
危険を承知で、命がけで打ってくれたその一振りを受け取ると、ずしりとした重みが腕に伝わってきた。
(みんなの想いと、守るべき人たちの命の重みだ……)
気の引き締まる思いでゆっくり鞘から抜き放つと、刃が月光みたいな青白く澄んだ光を放つ。
刀身には、空にたなびく雲みたいな美しい刃文が走っている。
「……すごいな」
刀に意識を集中すると、二つの相反する力が流れ込んでくる。
一つは、全てを薙ぎ払おうと荒々しく猛るスサノオの神力。
そしてもう一つは、全てを包み込んで鎮めるような静かな神力。
僕自身の内に眠る、ツクヨミの力だ。
二つの力を完全に調和させて使いこなせなければ、この刀は僕を飲み込んで暴走してしまう。
完成したからって、それで終わりじゃないんだ。
だから、月影刀の作成中から完成後の数日間にかけて、僕たちはそれぞれの修行に明け暮れた。
僕は里の外れに結界を張って、月影刀との同化トレーニングに全力を注ぐ。
夜、月光を浴びながら刀を握って瞑想していると、刀に宿るスサノオの荒ぶる神力が、僕に牙を剥いてきた。
(落ち着いて……大丈夫……)
激しい力の奔流を、僕の静かな神力で包み込むように。
根気強くスサノオの神力との対話を続けた。
その様子を、夜刀は一瞬も目を離さず見守ってくれている。
万が一の時は、彼が命を懸けて僕を守るつもりなのが、ひしひしと伝わってきた。
真白も、自分の役割を果たすために全力を尽くしていた。
苦手な瞑想で精神力を高め、その合間にものすごい数の霊符を書き上げている。
一枚一枚に強い想いが込められた霊符は、前とは比べ物にならないくらい強力な霊力を帯びていた。
夜刀からの報告によると、都に残った仲間たちも、それぞれできることをして過ごしているらしい。
竜胆丸は陰陽寮に協力しながら都の異変を調査し、狗と狛の双子は連携技の修行に励んでいるそうだ。
みんな、僕たちの「居場所」を守るために戦ってくれているんだ。
僕も、頑張らないとね!
***
月影刀の完成から三日後。
ついに力の制御に成功した僕が、真白と夜刀を連れて屋敷へ帰ると、式神たちが温かく出迎えてくれた。
「朔夜様、お帰りなさいませ!」
「朔~!お帰り~!」
その声に、僕の頬が自然と緩む。
やっぱり、ここが僕の帰る場所だ。
一息ついた後、竜胆丸から報告を受けた。
「……そうか。やはり、上級妖魔が現れたか」
「うん。奴ら、神出鬼没な上に、やけに組織的に動いてやがるんだ」 4
「マジかよ。上級妖魔は知能が高いってのは、本当だったんだな」
真白がぼやく横で、僕は腰に差した月影刀を握りしめた。
「下級妖魔を操って襲撃を繰り返してて、陰陽寮も対処しきれてない。……朔夜様、どうする?」
「とりあえず、後で陰陽寮に顔を出してくる。ありがとう、竜胆丸。助かったよ」
「べ、別に、これくらいどうってことないし……」
耳を赤くしてそっぽを向く竜胆丸。
可愛いなあ……なんて思ってると、ツンツンと袖を引かれた。
「朔~!俺たちも、しぎょう、がんばったんだぞ!」
「狗兄、『修行』です。朔夜様、わたしたちの連携技、見て欲しいです!」
黒いフワフワの尻尾をブンブン振り回す狗と狛。
か、可愛すぎる……。
式神たちに癒されながら、僕は自宅に帰ってきた安心感に包まれていた。
***
翌日、僕の屋敷で作戦会議が開かれた。
いつものメンバーに加えて、今回は紅子さんにも参加してもらっている。
議題は、上級妖魔の討伐と、万が一姉様――アマテラスが顕現した時の対策についてだ。
「忙しい中、集まってくれてすまない。みんなの力が必要なんだ」
「水臭いこと言うなよ、朔夜」
「そうですわ、朔夜様。わたくし、頼っていただけてむしろ光栄ですもの」 4
真白と紅子さんが即答し、他のメンバーも当然とばかりに頷く。
その温かい想いに、胸の奥から力が湧いてくるのを感じた。
まずは上級妖魔の対処について、夜刀が役割分担を提案する。
「基本的に上級妖魔は、主と私。中級程度のものを真白殿と雅殿。下級のものを竜胆丸、狗、狛で対処する、という形でいかがでしょう?」
「ああ、いいんじゃないか。ただ……」
僕は紅子さんに笑顔を向けた。
「今回は、紅子さんにも前線で手伝って欲しいんだ」
そう言うと、紅子さんは「まあ!」と嬉しそうに声を上げた。
「わたくしにできることなら、何でもいたしますわ!」
紅子さん、いつも後方支援ばかりなのを気にしていたからね。
「助かるよ。紅子さんには、この屋敷の僕の仕事部屋で、水鏡を見ながら助言をしてほしいんだ」
「なるほど。それはようございますけれど、霊力のないわたくしに、そのような大役が……?」
「大丈夫。特別な術で、霊力がなくても水鏡が見えるようにしておくから」
「まあ、そんな術が……!」
素直に驚く紅子さんの隣で、真白がニヤニヤしながら茶化してきた。
「それをサラッとできるお前、マジでやべえわ」
僕は軽く睨みつけてから、話を続けた。
「今回は、僕も上級妖魔にかかりきりになる。戦場全体を俯瞰して見る余裕はないだろう」
「そうですね。上級妖魔を相手取りながら、同時にみなの状態を確認して指示を出すのは、主でも難しいでしょう」
さすが夜刀!
僕の言いたいことがよくわかってる。
「そこで、紅子さんの出番ってわけだ」
僕は鳥の形をした霊符を取り出し、その使い方を説明する。
紅子さんが霊符を介して水鏡に映った戦場の様子を把握し、危険があれば思念を飛ばして仲間に知らせる、という作戦だ。
彼女の冷静な観察眼と的確な判断力は、何度も僕たちを助けてくれた。
だから、適役だと思ったんだ。
「わかりましたわ!わたくし、しっかりお役目を果たしましてよ!」
頼もしい紅子さんの言葉に、みんなも納得の表情だった。
そして議題は、対アマテラスへ移る。
「万が一、姉様が顕現したら……いや、ほぼ確実に来ると思うけど」
「でしょうね。この神気の高まり方は尋常ではありません」
夜刀の言葉に、みんなの表情が引き締まる。
「アマテラス様ほどの神が本気を出せば、その余波だけで世界が崩壊しかねません……」
「そこで、アタシの出番ってわけよ」
雅姐さんが提案したのは、特殊な亜空間『幽玄領域』での決戦だった。
「アタシの力で空間に裂け目を作り、その『幽玄領域』にアマテラス様を誘い込む。そして、朔夜ちゃんと夜刀ちゃんごと、一時的に封じ込める。これが最も被害を抑えられる策よ」
「幽玄領域……?」
真白が眉をひそめる。
「ええ。時間も空間も、あらゆる理が歪んだ混沌の場所よ。神の力を持たない者が立ち入れば、一瞬で精神が崩壊し、存在そのものが消滅しかねない。だから、行けるのは神核を宿す朔夜ちゃんと夜刀ちゃん、あなたたち二人だけ」
「幽玄領域……良い案だな」
「でしょ?」
僕もその空間は作れるけど、空間操作は雅姐さんの得意分野だし、何より力は温存したい。
僕が姐さんの提案に乗った、その時だった。
「待ってくれ!オレも行く!」
「真白?お前、何を言って……」
僕の声を遮り、真白が切迫した様子で叫んだ。
「朔夜をそんな危険な場所に行かせられるか!」
「気持ちはわかるけど、無理よ、真白ちゃん」
雅姐さんが静かに首を振る。
「さっきも言ったけど、ただの人間のアンタがあの領域に入るのは自殺行為よ。アンタの力は、地上でこそ最大限に生きる。朔夜ちゃんたちが戦いに集中できるよう、地上を守るのが、アタシたちに残された重要な役目なのよ」
「……くっ……」
悔しそうに唇を噛む真白に、僕は優しく語りかけた。
「気持ちは嬉しいよ、真白。でも、お前には、僕が帰る場所を守っていてほしい」
「……わかった」
僕にそう言われては、真白も頷くしかなかった。
こうして作戦は決まった。
それぞれの戦いが、始まろうとしていた。
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本作は同タイトルの通常版をベースに、文体をライトノベル調にリライトした“別バージョン”です。通常版はカクヨム様とnoteに掲載中。noteは一部有料でSS(キャライメージイラスト付)付いてます。※2話まではSSも無料で読めます!
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