第1話:男装の陰陽師は真の黒幕の存在に気づかされる2
屋敷に戻ると、情報屋でもある雅姐さんが、珍しく真剣な顔で僕たちを迎えてくれた。
「朔夜ちゃん、みんな。アマテラス様の件で、色々とわかったことがあるわ」
彼女が所属する西方の呪術師一族から、超弩級の知らせがもたらされたらしい。
居間に集まった僕たちの間に、ピリッとした緊張が走った。
狛が運んできてくれたお茶を一口飲んで、雅姐さんが重々しく口を開く。
「単刀直入に言うわ。神気を纏った妖魔や金烏による襲撃だけど、かの御方が全ての元凶ってわけじゃなかったみたいなの」
「……どういうことですか、雅姐さん」
思わず身を乗り出して聞き返した。
「まず前提として、アマテラス様が妖魔を操って朔夜ちゃんを襲わせている、これは間違いないわ」
「妖魔が神気を纏っているのは、そのためですね」
冷静に夜刀が口を挟むと、雅姐さんは頷いた。
「そのとおり。ツクヨミ様──つまり朔夜ちゃんへの恨みが原因なんでしょうけど……」
少し言いにくそうに僕の顔色をうかがう雅姐さんに、僕は何とか笑ってみせた。
「……大丈夫です」
隣で真白がきゅっと眉を寄せたのが視界の端に入った。
ホント、みんな優しいんだから──。
雅姐さんも痛ましそうに目を細めてから、話を続ける。
「問題は、どうして金烏が妖気に侵されているのか、ってことなのよ」
「……えっと、どういうことだ?」
狗が不思議そうに首をかしげる。
可愛い……じゃなくて!
「金烏は神様の眷属だろ。本来なら神聖な気しか持ってないはずなのに、妖気を纏ってるのはおかしいってことじゃないか?」
竜胆丸が雅姐さんの言いたいことを察してくれた。
ナイス!
そう、それが一番の謎だったんだ。
太陽神の使いで守り手のはずの金烏がなぜ、って。
最初は玄道の仕業かと思ったけど、そうじゃなかった。
「……玄道以外の誰かが金烏を穢した……? それとも……まさか、姉様に何かあったっていうんですか……?」
そこでハッと息を呑む。
脳裏に、あの暗く陰った姉様の瞳が蘇った。
「うちの一族もそれを疑ったの。それで、ここしばらくの間、太陽を注意深く観測していたらしいのだけど……」
雅姐さんの一族は、イザナギ父様から現世の平穏を守る役目を与えられている。
自然神の状態がその象徴たる自然物に影響を及ぼすことを知って、天体を含む自然の観察を続けてきたんだって。
太陽神の身に何かあれば、必ず太陽そのものにも異変が起きる。
信仰心の低下した現代では、神を降臨させることが難しい。
観測だけが、神の御心を知る唯一の術ってことだ。
かつて、僕──ツクヨミが命を落としたときは月が赤く染まって、現世はしばらく大混乱だったんだって。
月の異変が完全に落ち着いたのは、僕がこの世に生を受けてからだったみたい。
……なんだか申し訳ない気持ちになってきた。
おっと、脱線した。
話を戻そう。
で、その姐さんの一族が動いたってことは──。
「姐さん、まさか姉様は……!」
「ええ。残念だけど、異変は起きていたわ。太陽の表面に、黒い染みがいくつも浮かび上がっているそうよ」
「えっ、あんなに眩しいのに、お天道様の表面なんて見えるんですか?」
狛が驚いて目をぱちくりさせる。
か、可愛い……。
その愛らしい仕草に、雅姐さんも思わず頬を緩めてその頭を撫でた。
柔らかくてツヤツヤの髪の毛と、ピクピク動く犬耳の手触りが、めちゃくちゃ気持ちいいんだよね……。
つい緊張感のないことを考える僕を尻目に、雅姐さんは話を続けた。
「もちろん、普通に見るんじゃないわ。一族に伝わる特別な術があるの」
姐さん曰く、数十年ぶりに行われたという秘術によって判明した太陽の異変に一族は騒然となったんだって。
そりゃそうだよね。
神界を統べる太陽神、アマテラス姉様。
その異変なんて、影響は計り知れない。
「……それでね、その原因なんだけど、どうやら特別な呪いの影響らしいの」
その言葉を聞いて、僕の口から無意識に言葉が漏れた。
「……『大神の呪い』……」
脳裏に、あの祠の夢の一場面がふっと浮かんで消えた。
雅姐さんが目を見開く。
「やっぱり、朔夜ちゃんは知ってたのね」
「うん……」
知っていたのは前世の記憶からなのか、それとも夢の記憶のせいなのか。
よくわからないまま僕は曖昧に頷いた。
「なんかヤバそうな名前だな……」
真白がごくりと喉を鳴らす横で、僕の顔はみるみるうちに青ざめていく。
「神の中の神だけが使える……とても強力な呪いだ」
「そうみたいね。その呪いの影響が、黒い染みとなって太陽の表面に現れているってこと」
「……呪いって……じゃあ、アマテラス様は闇堕ちしたってことか?」
真白のストレートな物言いに、雅姐さんは「まあ、平たく言えばそういうことね」と答えた。
「だから金烏も呪いの影響を受け、妖気を纏っていると……。主である神が邪気に染まれば、眷属もまた変質するということですか」
夜刀の冷静な分析が続く横で、僕は震える声で呟いた。
「呪いには……相応の反動が伴うはずなのに。姉様は、それを承知の上で……」
強い呪いほど、術者にも強烈なダメージが返ってくる。
姉様がそれを知らないはずがない。
(姉様……それほどまでに、僕を……僕を憎んでいたの……?)
僕は沈んだ気持ちで俯いた。
すると、丸まった背中に温かい手がそっと添えられた。
夜刀だ。
言葉はない。
でも、その無言の優しさが、今は何よりも僕の心を支えてくれていた。
夜刀を見上げて小さく微笑む。
そんな僕たちのやり取りを、真白がすごく複雑な顔で見ていた。
宴でキスされそうになったことを不意に思い出して、僕は真白から慌てて目を逸らした。
「話は、それだけじゃないの」
僕が落ち着くのを待って、雅姐さんは更なる爆弾を投下した。
「アマテラス様の嫉妬心が呪いの引き金になったのは事実。でもね、その小さな火種を煽り立てて、神をも殺しうる大いなる呪いへと昇華させた連中がいるのよ」
「……え?」
弾かれたように顔を上げた僕を、雅姐さんは真っ直ぐに見つめて言い放った。
「アマテラス様の失脚を狙う、反体制派の神々。神界を追放された彼らが、この事件の裏で糸を引いていたのよ」
その言葉は、あまりに衝撃的すぎた。
祠の夢の記憶が断片的に蘇り、パニックを起こしそうになる。
(あれは、夢じゃなくて実際の光景だった……?)
事態は解決に向かうどころか、より複雑に、そして巨大になっていく。
想定外すぎる展開に、僕たちは言葉を失った。
「……じゃあ、アマテラス様は……」
真白が低い声で呟くと、雅姐さんは悲痛な顔で答えた。
「ええ。加害者であると同時に、被害者でもある。利用された、ということね」
(……姉様が、利用された……?)
ギリッと唇を噛みしめる。
ずっと感じていた違和感の正体は、これだったのか。
優しかった姉様が、あんな風に変貌してしまうなんて。
いくら何でもおかしいって、ずっと思ってた。
納得した瞬間、腹の底からマグマみたいな激しい怒りがこみ上げてきた。
誰よりも気高くて、慈愛に満ちていたはずの姉様。
その姉様が狂気に堕ちて、僕を殺したという事実。 1
そのおぞましい変貌の裏に、卑劣な神々の悪意があったなんて。
(……なんてことを……!)
許せない。絶対に。
やり場のない怒りと、姉様への思慕の情が、僕の心を嵐みたいにかき乱した。
「金烏京の外れの森に、そいつらが夜な夜な集う祠があるらしいわ」 1
「なんだと!? じゃあ、今すぐそこに乗り込んで、そいつらをブッ飛ばせばいいんだな!?」
真白が勢いよく拳を握る。
でも、僕は静かに首を振った。
「……いや、それはダメだ」
「なんでだよ、朔夜!?」
「敵の規模も力量もわからぬまま踏み込むのは、無謀が過ぎます」
僕の意図を夜刀が代弁してくれる。
もっともな意見に、真白は「ぐっ……」と言葉に詰まった。
その肩を、雅がポンと優しく叩く
「その前向きなところは真白ちゃんの良いところよ。でもね、夜刀ちゃんの言う通り。彼らはすでに“禍津神”──つまり、禍をもたらす悪神に堕ちてるみたいなの」
「ま、禍津神……」
「危ないから、こっちで調べが進むまでもう少し待ってちょうだい。ね?」
「わかったよ、姐さん……」
艶っぽく微笑む姐さんに、真白の耳がほんのり赤くなった。
なんだかちょっとモヤモヤしたけど、すぐに気持ちを切り替えた。
(姉様を陥れた卑劣な奴ら……)
それが神だろうと関係ない。
絶対に許さない。
必ず姉様を呪いから解放して、元凶の奴らに罪を償わせてやる。
何百年も僕が受け続けてきた苦痛を、今度はお前たちが味わう番だ。
そう心に誓い、僕は不敵な笑みを浮かべた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
本作は同タイトルの通常版をベースに、文体をライトノベル調にリライトした“別バージョン”です。通常版はカクヨム様とnoteに掲載中。noteは一部有料でSS(キャライメージイラスト付)付いてます。※2話まではSSも無料で読めます!
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