第1話:男装の陰陽師は金色の追憶に揺れる2
僕と真白が後を追って足を踏み入れると、景色は一瞬で陰陽寮の書庫から、埃っぽい市井の裏路地へと切り替わった。
「やっぱり、ここか……」
「例の西市の裏路地……だな」
まだ夕暮れ前なのに、辺りは不気味なくらい静まり返っている。
壁には、かつて僕が常世に引きずり込まれた時と同じ紋様が、前よりもずっと強い瘴気を放って描かれていた。
僕たちが戸惑っていると、更衣がその紋様にそっと手を触れた。
紋様が一層強く輝き、ぽっかりと黒い穴が口を開ける。
「さあ、こちらへ。"常夜宮"にご案内いたしますわ」
冷たくて暗い風が、穴の奥から吹きつけてくる。
死の匂いを運んでくる、常世の風だ。
「やっぱり、僕を常世に引きずり込んだのは、あなただったんだな……」
僕の問いに、更衣はただ妖艶に微笑むだけだった。
以前、常世で対峙したあの声の主。
口調も纏う雰囲気も違う。
でも、目の前のこの女こそが、あの声の主なんだって、僕の魂が叫んでいた。
前回は、何もできずに負けた。
自分の無力さに、絶望した。
でも、今は違う。
それに、戦うなら常世の方が好都合だ。
現世を巻き込まなくて済むなら、むしろ願ったり叶ったりだ。
(今度こそ、決着をつけてやる……!)
覚悟を決めて、僕は隣の真白をじっと見つめた。
僕のただならぬ気配を感じ取ったのか、真白も真剣な眼差しで僕を見つめ返す。
「真白、ここから先は僕一人で行く。お前はここで、万が一の事態に備えてくれ」
僕がそう言うと、真白がすぐに食ってかかった。
「は!? ふざけんな! 危ない場所に、お前ひとりで行かせるわけないだろ!」
「……だからこそだよ。僕一人なら、たぶん何とかなる。でも、お前を守りながら戦う余裕はない」
「馬鹿にすんな! オレだって自分の身くらい守れる! それに、お前の『何とかなる』ほど信用できない言葉はねえんだよ!」
なおも食い下がる真白に、僕は静かに首を振って、ふう、と息を吐いた。
「……真白。お前は強いよ。でも、常世は生身の人間が耐えられる場所じゃないんだ。言いたくないけど……足手まといになる」
「……で、でも!」
悔しさに肩を震わせる真白の背中を、僕は宥めるようにポンと叩いた。
そして、覚悟を決めて一歩を踏み出す。
その瞬間、僕の意識の中に、留守を預けていた式神たちからの鋭い警告が響き渡った。
『主、お待ちください! お一人では危険です!』
『朔夜様、危ないよ! 考え直して!』
冷静だけど切羽詰まった夜刀の声に、焦りを隠せない竜胆丸の叫びが重なる。
『朔! 行っちゃダメだ!』
『朔夜様が行かれるなら、わたしもっ……』
狗と狛の悲痛な叫びが、胸を締め付ける。
ツクヨミの力が目覚めてから、式神たちとの繋がりもより強くなった。
それに伴って、彼らの察知能力も格段に上がったみたいだ。
今回は、それが裏目に出ちゃったな……。
僕はため息をついて、胸の中で彼らに強く念を送った。
『ごめん。でも、行かなきゃいけない。みんなは留守を頼む』
納得できない、と騒ぐ声をあえて無視して、僕は式神たちとの精神的な繋がりを一時的に断ち切った。
しん、と静寂が戻る。
これ以上、大切な仲間を危険な目に遭わせるわけにはいかない。
この戦いは、僕一人で――。
そう決意した僕の隣に、音もなく漆黒の影が一つ、舞い降りた。
墨色の剣客風装束をまとった、僕の一番の式神、夜刀だった。
深い忠誠心と、誰よりも高い霊力を持つ彼だけは、僕の命令に逆らって行動できるんだ。
「主のお側を離れるわけにはまいりません。私もお供いたします」
夜刀の瞳には、決して揺らぐことのない強い光が宿っていた。
彼は誰よりも僕への想い入れが強い。
どうしてそんなに想ってくれるんだろう……。
でも、だからこそ。
できれば、彼を巻き込みたくはなかった。
正直に言えば、彼がいてくれるならこれほど心強いことはない。
夜刀には、前に常世で僕が窮地に陥った時、助け出してくれた実績があるから。
僕は少し迷って、結局、同行を許した。
「……わかった。頼む、夜刀」
「御意」
更衣は、そんな僕たちを黙って見ていた。
たかが式神一匹、何の脅威にもならないと高を括っているんだろう。
その侮りが、夜刀のプライドを傷つけているのがわかったけど、彼は何も言わなかった。
主を守る機会を得られただけで十分、そう思おうとしているみたいだった。
門の向こうへ歩いていく更衣を追って、僕と夜刀が門をくぐる。
その背中を見送りながら、真白が唇を噛み締めているのが見えた。
朔夜は夜刀を選んだ――そんなふうに、彼の目には映ったのかもしれない。
自分の無力さを恨めしく思ってるような表情。
でも――
拳を握り締め、真白は顔を上げた。
「……やっぱり、納得いかねえ」
そう呟くと、力強い足取りで門に向かってくる。
そうだ。
あいつは誰よりも諦めの悪い男だった。
だけど、運命は時に残酷だ。
門を潜ろうとした真白は、まるで透明な壁にぶつかったかのように、空間ごと弾き返された。
「なっ……!?」
何度も試しているけど、常世の空気に触れた瞬間にバチバチと火花が散って、魂ごと拒絶されているような激しい痛みが走るみたいだ。
「くそっ……朔夜……!」
振り返った僕に、更衣がくすくすと笑いかける。
「残念でしたわね。常世は、招かれざる者を受け入れませんの。とりわけ、生命力に満ち溢れた若者など、ね」
つまり、どうやっても、真白はこの先へは進めないってことか。
更衣が真白の同行を止めなかったのは、こうなることがわかっていたからなんだ。
(最初から……“僕だけ”を、狙っていたってことか……)
僕の背中に、ぞわりと嫌な寒気が這い上がった。
「くっ……! ここまで、か……!」
気持ちのやり場をなくして、真白は拳を強く握りしめる。
その目には、悔しさと、僕を心配する涙が滲んでいた。
「朔夜、必ず戻ってこい! オレはここで待ってるからな! 夜刀、朔夜を頼むぞ!」
魂の底から絞り出すような、悲痛な叫びだった。
その声に背中を押されるように、僕は夜刀と共に、暗く冷たい穴の中へと消えていった。
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本作は同タイトルの通常版をベースに、文体をライトノベル調にリライトした“別バージョン”です。通常版はカクヨム様とnoteに掲載中。noteは一部有料でSS(キャライメージイラスト付)付いてます。※2話まではSSも無料で読めます!
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