第1話:男装の陰陽師は金色の追憶に揺れる1
ボス戦その1に突入します!
陰陽寮の書庫は、墨と古紙の匂いがツンと鼻をつく。
ちょっと埃っぽいけど、この時間の流れから切り離されたみたいな静かな空間は、考え事をするのにぴったりだ。
僕は、うず高く積まれた文献の山に埋もれるようにして、都で次々と起こっている妖魔変異体の記録を睨んでいた。
今朝、僕の式神たちが集めてきてくれた調査結果に、どうにも引っかかる点があったからだ。
僕が自分の正体――月神ツクヨミの力をその身に宿していることを告白してから、仲間たちはそれぞれ、すごく精力的に動いてくれていた。
雅姐さんからは、帝の寵姫である萩壺更衣や、僕たちの上司である陰陽頭・藤原玄道の怪しい動きについて、次々と報告が上がってきている。
紅子さんからは、僕の身体の中で暴走しがちなツクヨミの神力を、どうすれば安定させられるか、役立ちそうな情報をたくさんもらった。
みんなのお陰で、僕の修行もかなり進んだ。
最近じゃ、短い時間なら自分の意思で神力をコントロールできるようになったんだ。
あと一歩。
事前に妖魔の動きを予測できれば、被害をもっと減らせるかもしれない。
そんな思いで、僕は朝からこの書庫に籠もりっきりになっている。
(……変異体の出没箇所には、何か法則がありそうなんだけど……うーん、わからない)
頭を抱えて唸っていると、背後からひょいっと明るい茶髪が覗き込んできた。
「朔夜、また根を詰めてるのか。少しは休めよ」
呆れたような声色だけど、その奥に心配が滲んでいるのがわかる。
「真白……」
顔を上げると、彼はやれやれって感じで肩をすくめてみせた。
「変異体の出現パターンに、何か規則性があるんじゃないかって睨んでるんだ。これ以上被害が広がる前に、何とか突き止めたい」
「お前は真面目すぎんだよ」
真白は小さく息を吐いた。
(だから、放っておけないんだよな……)
とでも思ってそうな顔してる。
いつも手のかかるワンコなくせに、急に見守りポジ感出すのやめて欲しい。
気恥ずかしくて、再び目の前の書物に視線を落とす。
***
その時だった。
書庫の入り口に、ふわりと甘い香りが漂った。
白檀を基調とした、とろけるように甘くて極上の、《《あの》》香り。
振り返った先に立っていたのは――帝の寵愛を一身に受ける萩壺更衣。
息を呑むほど美しい人だけど、その身に纏う空気は、やっぱり前に感じたのと同じ。
妖気とも霊気ともつかない、底知れない何かを感じさせる。
僕たちを見めて、彼女はただ妖艶に微笑んでいた。
(どうして、こんなところに……?)
高貴な人が、お付きの者も連れずに後宮を抜け出して、男ばかりの陰陽寮に現れるなんて。
どう考えたって普通じゃない。
緊張が、ビリビリと肌を刺す。
彼女は常世事件を始めとする、一連の事件の黒幕である可能性が高い。
しかも、あの藤原玄道とも繋がりがあるかもしれない、要注意人物。
雅姐さんの集めてきた証拠で、それも確信に変わりつつあったんだけど。
だからって、今ここで帝の寵姫相手に下手に動くのはまずい。
ここは陰陽寮のど真ん中。
いざとなれば、同僚たちに助けを求めることだってできるはずだ。
僕と真白は、無言で視線を交わす。
どうやら考えていることは同じみたいだ。
僕たちは警戒心を隠したまま、恭しく頭を下げた。
「……更衣様。このような場所に、何用でしょうか?」
声が震えないように、努めて冷静に問いかける。
「ふふ。そう警戒なさらないで」
更衣は可笑しそうに笑うと、その瞳にゾッとするほど冷たい光を宿らせて、こう言った。
「ああ、そうそう。他のみなさまは、眠っていただきましたわ」
心臓が、氷水でギュッと掴まれたみたいに冷たくなった。
(眠ってもらった……? 嘘……!)
退路を、ひとつ断たれた。
額にじっとりと冷たい汗が滲む。
「あなたに用があってまいりました」
唇には優雅な笑みを浮かべたまま、更衣の瞳はまっすぐに僕だけを射抜いていた。
ねっとりとした、獲物を品定めするような視線。
思わず顔がこわばる。
「お連れしたいところがございますの。ついていらっしゃい」
有無を言わせない物言いに、真白が弾かれたように顔を上げた。
「更衣様、お待ちください! 朔夜をどこへ連れていくつもりですか!」
言葉遣いは丁寧だけど、その声には剥き出しの警戒が込められている。
でも、更衣はそんな真白の態度なんて、まったく気にも留めない。
「更衣様、お答えください!」
「真白、落ち着いて。声が大きい」
「でもよ……!」
僕たちのやり取りなんてまるで聞こえていないかのように、更衣は書庫の壁の一点を見つめると、すっと優雅に指を滑らせた。
何もないはずの壁に、禍々しい紫色の紋様が、光と共にじわりと浮かび上がる。
次の瞬間、空間がぐにゃりと歪んだ。
その向こうに見えるのは、見覚えのある西市の、薄暗い裏路地。
ごくり、と僕と真白が同時に喉を鳴らしたのがわかった。
普通の人間ができることじゃない。
しかも、連れて行こうとしている先が、《《あの》》場所だなんて。
彼女は、もう隠す気がないんだ。
自分が、事件の黒幕だってことを。
「さあ」
更衣が、僕を手招きする。
これは、罠だ。
脳が、魂が、けたたましく警報を鳴らしている。
でも、行かなきゃいけない。
この先に、僕がずっと追い求めてきた答えがある。
僕の直感が、そう告げていた。
僕が決意を固めて、一歩を踏み出そうとした、その時。
「待て、朔夜!」
力強い声と一緒に、真白が僕の隣に並び立った。
「真白……」
「お前一人で、危険な場所に行かせるかよ!」
不意に見せた真剣な横顔に、思わずドキッとする。
いざという時に見せる、彼のこういう頼もしさに、僕は昔から弱いんだ。
胸のドキドキを誤魔化すように、僕は再び歪んだ空間の向こうに意識を向けた。
更衣は、そんな真白をちらりと見たけど、すぐに興味を失ったように視線を逸らし、先に歪んだ空間の中へと姿を消した。
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本作は同タイトルの通常版をベースに、文体をライトノベル調にリライトした“別バージョン”です。通常版はカクヨム様とnoteに掲載中。noteは一部有料でSS(キャライメージイラスト付)付いてます。※2話まではSSも無料で読めます!
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