男装の月神は哀歌とともに露と消える
ツクヨミとアマテラスの間に何があったのか。
解明編です。
密儀が終わり、神々のざわめきが去った輝耀殿に、私はひとり、ぽつんと佇んでいた。
——女神の姿のままで。
「今後も密儀があるのなら、その姿でいた方がよい」
姉様――アマテラスの、その一言は、命令というか、宣告というか。
とにかく、絶対だった。
男装を解いた体は、確かに軽かった。
でも、心の奥底には、鉛みたいな塊がずっと沈んでいた。
(……こんなはずじゃなかったのに)
あんなにも優しかった姉様の眼差しは、今や氷みたいに冷たくて。
時折その奥に、チラッと見えるのは……憎しみ?
いや、そんなはず……ない。
そう思いたいけれど、言葉も態度も、あの頃の姉様とはまるで別人だった。
私がいても、見えていないかのように振る舞う姉様。
隣にいるはずなのに、遠い。
(どうして……?)
気づけば、夜の草原に足を向けていた。
月の光が草原を白く染めていく。
昔なら、それだけで心が穏やかになったのに、今は何も感じない。
「私は……ただ、貴女のお役に立ちたかっただけなのに」
その一言すら、空に溶けて、どこにも届かなかった。
***
満月が来るたび、密儀は繰り返された。
私は感情をそっと閉じて、ただ舞い、ただ歌う。
世界の平安のために。
そして、姉様の力になるために。
その願いは、確かに叶っていった。
アマテラス姉様の神力は日増しに高まり、太陽神としての威光は再び満ちた。
……だけど皮肉なことに、密儀を重ねれば重ねるほど、月神ツクヨミとしての私もまた、神々の間で目立ち始めてしまった。
密儀を見届ける神楽の神たちは、最初こそ沈黙を守っていたけれど、それも長くは続かなかった。
「……あの月神様って、女神……ですよね?」
誰かの何気ない一言が、火種になった。
噂は噂を呼び、私の名は「月の女神」として神界中に広まっていった。
それは、現世にまで届いて——
「美しき女神ツクヨミ様」
「月の舞姫」
「夜に咲く光の化身」
……そんなふうに称えられても、ちっとも嬉しくなかった。
その声が姉様の耳に届いたとき、彼女の黄金の瞳には、冷たい嫉妬と恐怖が渦巻いていた。
***
そして、変化は突然訪れた。
きっかけは、現世の人間たちが建てたという小さな祠だった。
「妾を差し置いて……妾の信徒を奪い……」
玉座の間で、誰に向けるでもなくつぶやいた姉様のその声。
それはもはや神のものではなく、呪詛に染まった妖魔のようだった。
「愛しき妹よ。愛しく、憎き者よ」
矛盾してる。
……でも、それが本音だったのかもしれない。
姉様の体が、眩しい太陽の光と、呪いの黒炎に包まれていく。
「ツクヨミ……ツグナエ。ソノ死ヲモッテ」
その言葉とともに——
「大神の呪い」は、放たれた。
***
その夜も、私は草原で祈っていた。
姉様と、また笑い合える日が来ますように、と。
けれど、その祈りが届くよりも早く、災いは背後からやってきた。
燃えるような熱。
黒炎に包まれた金烏――姉様の呪いの化身。
「えっ——」
反応する間もなかった。
鋭い爪が、私の背を貫く。
「……かはっ……!」
鮮血が、白銀の装束を染める。
目の前が滲んで、膝が崩れた。
(……姉様……)
最後に浮かんだのは、あの、昔の優しい笑顔だった。
「……ね、姉……さ……」
私の声は風に流れ、誰にも届くことなく——
静かに、瞳から光が消えていった。
***
……そのころ、タカマガハラの片隅では。
反天照派の神々が、満足げに笑っていたという。
「成功したな、『大神の呪い』」
「スサノオは封印され、ツクヨミは消え、アマテラスは狂った」
「我らの時代だ。さあ、神代を終わらせよう」
……そんな高笑いが、月の光を無くした夜空を震わせたのだと、後に私は知った。
そして、古い神々による支配の終わりを告げる暗い夜が、静かに幕を開けた——。
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本作は同タイトルの通常版をベースに、文体をライトノベル調にリライトした“別バージョン”です。通常版はカクヨム様とnoteに掲載中。noteは一部有料でSS(キャライメージイラスト付)付いてます。※2話まではSSも無料で読めます!
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