第3話:男装の陰陽師は東離宮の罠にはまる1
みんなで決意を固めたのに、計画はあっさり崩された。
翌朝早く、宮中からの急使が僕の屋敷に飛び込んできたんだ。
「朔夜様、緊急事態でございます!」
息を切らした官吏が、慌てふためいて叫ぶ。
「東の離宮に強大な妖魔が出現し、居合わせた者たちが襲われております!陰陽頭・藤原玄道様のご命令により、至急出動していただきたく……」
(……来たよ)
玄道様…‥いや、もう敬称をつける必要はないか。
玄道からの、直接の指令。
このタイミングで?
どう考えたって罠だ。
僕のツクヨミの力を使わせようとしてるんだ。
傍にいた夜刀が静かに告げる。
「妖しいですね。罠の可能性が高いかと」
「僕もそう思う。でも、人が危険に晒されているのなら、放っておくわけにはいかない」
僕は覚悟を決めた。
「みんな、予定変更。一緒に来てもらえるか?」
「「「おう!/はい!」」」
式神たちが力強く頷いてくれる。
「主は私がお守りいたします」
夜刀が剣の柄に手をかけながら、僕に微笑んだ。
その視線に、僕は頷き返す。
東の離宮に急行すると、そこには……
「ほう、予想以上に早い到着だな」
薄い霧に包まれた中庭に、藤原玄道が一人で立っていた。
周りには異形の妖魔たちがうようよと蠢いている。
「玄道様……まさか、これは……」
僕の声が震える。
まさか、この人がこの妖魔を?
玄道は僕をねっとりと見つめたまま、呪文を唱えた。
「――火炎招来、急々如律令!」
霊符が燃え上がり、妖魔たちは一瞬で炎に飲まれて消滅した。
(これが、陰陽頭の実力……)
あまりの力に、僕は息を呑む。
「何を驚いている」
「いえ……まさか玄道様が直々にいらっしゃるとは思わず……」
「陰陽師失踪事件で手が足りぬのでな。私が来たまでだ」
そう言われたら、もう何も言えない。
「離宮にいる人たちは、ご無事なのでしょうか?」
「あらかた救出した。だが、まだこの先にある茶屋の確認ができておらぬ。付いてまいれ」
「……承知いたしました」
警戒しながらも、僕は玄道の後について歩きだした。
目的の茶屋に着くと、辺りはシンと静まり返っていた。
「玄道様、こちらは大丈夫です……」
そう言って振り返った瞬間、ハッとした。
そこに玄道の姿はなかった。
「いつの間に……やはり罠か!」
夜刀が忌々しげに吐き捨てる。
「朔夜様、どうしましょう!?」
「朔~……」
狗と狛が不安そうに僕のそばに寄ってくる。
僕は二人の頭を優しく撫でた。
「大丈夫だよ。慎重に妖魔の気配を探ってみよう」
僕が微笑むと、二人は少し安心したのか、尻尾を揺らした。
「待って、朔夜様!……何か……来る!」
竜胆丸が叫んだ直後、背後から巨大な妖魔が現れた。
気配からして、霊気混じりの妖魔だ。
「な、何だよアイツ!?」
「人間の……塊!?」
狗と狛が叫ぶ。
それは、何人もの人間を黒い粘土で固めて団子にしたような、おぞましい姿だった。
もがいて伸ばされる手足が宙を掻き、苦悶の表情を浮かべた顔が怨嗟の声を上げている。
悪夢みたいな光景に、僕は凍りついた。
「これは……まさか!」
よく見ると、中には見知った顔がいくつかあった。
行方不明になっていた陰陽師たちだ。
「なんてことを……!」
怒りで、身体の奥が燃えるように熱い。
これが玄道の仕業なら、絶対に許さない。
「主、どうされますか?」
夜刀の冷静な声に、僕は我に返る。
「人の部分を避けて攻撃する!まだ助けられるかもしれない!」
「御意!」
みんなが一斉に妖魔へ斬りかかる。
でも、どんな攻撃も決定打にならない。
「ちっ……これではこちらが消耗するだけだ」
夜刀が苛立たしげに呟く。
(やるしかないのか……!)
僕は静かに印を組む。
自分の内なる力の源泉を探り、慎重に気を練り上げた。
胸の奥で、あの月の光がうずきはじめる。
(ダメだ、抑えきれない!でも、ここで暴走したら、みんなを巻き込んでしまう……!)
必死にコントロールを試みながら、溢れ出た光のほんの一部だけを取り込むように、気を練り上げていく。
そして、極限まで圧縮したそれを、一気に解放した。
「――破邪、顕現せよ!」
僕の身体を眩い光が包み、瞳が月光色に輝く。
静かで温かな光が、妖魔を包み込んだ。
「ギャアアアアアアッ」
妖魔が苦悶の叫びを上げ、わずかに崩壊する。
でも、消滅させる前に、僕の方が限界になった。
「……くっ!」
内臓が引き裂かれるような激痛に、僕はその場に膝をついた。
「主! 無茶をなさらないでください!」
夜刀が駆け寄り、倒れそうな僕の体を抱きとめてくれた。
「あとは我らにお任せを」
「……すまない。頼む」
弱った妖魔は、もう夜刀たちの敵ではなかった。
狗が斧を振るい、竜胆丸が苦無を飛ばし、最後は夜刀がとどめを刺した。
黒い巨体が霧となって消え、地面には息絶えた人、かろうじて息のある人たちが横たわっていた。
「……すぐに治癒を……っ」
僕がよろめきながら助けに向かおうとすると、夜刀がそれを制した。
「まだお休みください。後は我々で」
夜刀は僕を抱きかかえたまま、額の汗をそっと指で拭ってくれる。
(近い……夜刀の匂いがする……)
その優しい仕草に、僕の心臓が大きく跳ねた。
夜刀の指示を受けて、狛たちが被害者の対処に当たってくれた。
ホント、良くできた式神だちだ。
「……ありがとう、夜刀。情けないな、この程度で……」
「何をおっしゃいますか。先ほどの術、見事に神気を引き出されておりました」
「でも、倒しきれなかった……」
悔しくて唇を噛みしめると、夜刀がその唇にそっと指を触れさせた。
「や、夜刀……!」
不意に触れた指の熱さに、心臓がもっと速く鳴る。
「あまり強く噛むと、綺麗な唇に傷がついてしまいます」
夜刀は優しい顔のまま、僕の乱れた前髪を手で優しく梳いた。
そんな甘やかすような仕草に、耳まで熱くなるのがわかる。
「も、もう大丈夫だから……!」
慌てて彼の胸を押し返すと、夜刀は名残惜しそうに身を離した。
そこへ、玄道が何食わぬ顔で戻ってきた。
「……これは、何があった」
僕の消耗した様子を一瞥し、その瞳の奥に異様な光が宿るのを、僕は見逃さなかった。
「何やら大きな力を感じたが……そなたか、朔夜」
どう答えればいいか、僕は迷った。
例え玄道がすべて見ていたとしても、素直に答えたくはない。
むしろ問いただしたいのはこちらの方だ。
そんな言葉が口を突いて出そうになる。
飄々とした玄道の顔を直視すれば、そのまま睨みつけてしまいそうだった。
すると、夜刀が僕を庇うように一歩前に出た。
「玄道殿、主は疲れております。申し訳ございませんが、今はご容赦を」
その鋭い視線に、玄道は一瞬だけ表情を歪め、ふっと息を吐いた。
「式神風情が」って聞こえた気がしたけど、気のせいかな。
「よかろう。そなたは休め。ここは後続の者に任せる」
「……はっ。ありがとうございます」
そう答えて、僕は被害者たちを振り返った。
(もっと、強くならなくちゃ……)
夜刀に支えられながらその場を後にする僕の背中に、玄道の刺すような視線が突き刺ささっていた……
ここまで読んでくださってありがとうございます!
本作は同タイトルの通常版をベースに、文体をライトノベル調にリライトした“別バージョン”です。通常版はカクヨム様とnoteに掲載中。noteは一部有料でSS(キャライメージイラスト付)付いてます。※2話まではSSも無料で読めます!
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