男装の月神は陰る陽光に戦慄する3
断章はいったんここまで。次回は新章・第4章です。
静寂が輝耀殿を支配した。
力を使い果たした私は、その場にひざまずいていた。
息は荒く、汗が額を伝う。でも、顔には満足の表情が浮かんでいるはず。
(姉神のために、自分の力のすべてを捧げることができた……)
一方、アマテラス姉様は今や神々しい輝きに包まれていた。
まるで太陽そのものが神界に降り立ったかのような眩さだ。
姉様はゆっくりと高座から立ち上がり、私に近づいてきた。
「ツクヨミ」
姉様の声は今や以前よりも力強く、神域全体に響き渡る。
「はい、姉様」
顔を上げて応えた。
「そなたの献身に感謝する。妾は今、かつてないほどの力を得た」
姉様は微笑みながら手を差し伸べ、私を立ち上がらせた。
表面上は優しい仕草なのに……
(姉様の瞳の奥に潜むもの……あれは嫉妬?それとも恐れ?)
「これも姉様と世界のためです」
疲労で震える声で、応えた。
イザナギ父様が私たちに近づいてきた。
「見事な儀式であった。神界の調和は保たれるだろう」
父様の表情には満足の色が浮かんでいたけど、その目は鋭く私たちの様子を観察していた。
「今後も定期的に密儀を行うことになるだろう。次回の満月の夜も準備をしておくように」
その言葉に、心が沈んだ。
(また女神の姿を晒すことへの不安……)
そして今度は、姉様の目に映った危険な感情への恐れも加わって。
「父様、私はもう男装に戻ってもよろしいでしょうか」
静かに尋ねた。
答える前に、アマテラス姉様が口を開いた。
「いや、ツクヨミ。今後も密儀があるのなら、女神の姿でいた方がよかろう。力を十分に引き出すためにも」
その言葉には命令の響きがあった。
(え……?)
驚いて姉様を見つめた。
姉様は優しく微笑んでいるけど、その目は冷たく光っている。
「しかし、姉様……」
「妾の言うことが分からぬか」
一瞬、姉様の周りの光が強く明滅した。
神力の脅威的な示威だ。
(こんな姉様、初めて見る……)
言葉を飲み込み、小さく頷くしかなかった。
「はい、姉様。ご命令のままに」
イザナギ父様は私たちの様子を見つめたけど、何も言わなかった。
ただ静かに頷くと、輝耀殿を後にした。
残された私たち姉妹神は、互いに向き合ったまま立っていた。
姉様の体からは相変わらず強い光が放たれ、私の銀色の光を押しつぶさんばかりだ。
「ツクヨミ、そなたは美しい」
唐突に姉様が言った。
(どういう意味……?)
「姉様こそ、神々しいお姿です」
「いや、月の光は特別じゃ。人々を魅了する不思議な力がある」
姉様は私の頬に手を添えた。
温かいようで冷たい感触。
「だからこそ、妾はそなたを守らねばならぬ。そなたの光が消えぬよう、妾が支えよう」
その言葉に込められた意味が、理解できなかった。
(でもこれは……警告?)
姉様の目に宿る異様な輝きに、背筋に冷たいものが走った。
「ありがとうございます、姉様」
震える声でそう答えると、姉様は満足げに微笑んだ。
「さあ、休むがよい。次の満月までに力を蓄えておくのじゃ」
姉様はそう言い残すと、輝耀殿を後にした。
その後ろ姿は、かつてないほどに強く輝いていた。
一人残された私は、疲れ果てた体を支えるように柱にもたれかかった。
姉への変わらぬ愛情と、新たな恐れとが胸の内で交錯する。
(姉様、あなたの瞳に宿るものは何なのでしょう……)
神界の片隅では、反天照派の神々が密かに集っていた。
彼らには感じられていた——この夜、太陽神の力が異常なまでに高まったことが。
そして、それが意味するものを。
「時は近づいている。例のものが発動する日も……」
暗い囁きが、神界の闇に消えていった。
月光の密儀は終わったけれど、それは私たち姉妹神の運命の歯車を、取り返しのつかぬ方向へと回し始めていた。
(私の選択は、正しかったのだろうか……)
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